2018年9月7日金曜日
わがコトとして受け止める現実
先月下旬、「ささらほうさら」の夏合宿がありました。現役の(管理職)仕事をしている若手が、日ごろ向き合っている事象を、すでに退職した年寄り向きに組み立て直して話して、「それってどういうこと?」と質問が相次ぎ、そこへもう一人の現役(管理職)仕事をしている若手が、そちらの現場の話とそれに対する感懐を投げ込むものですから、論題は錯綜しながら展開して、収まりがつかない広がりを見せる、面白いものでした。
2018年9月6日木曜日
良心は自死し、救済への道は閉ざされている
テンギズ・アブラゼ監督『懺悔』(グルジア、1984年)を観た。人間が群れをつくって生きていくことの中に、さまざまなことが呼び寄せられ、どちらともつかないことが善悪に裁断され、習わしや制度や統治の枠組みにとらわれて人びとの心は揺り動かされ、熱狂しあるいは平安を手に入れ、ご当人はそのことに気づかないままに、善悪に手を貸して過ごしている。
2018年9月5日水曜日
「隠れ疲労」だって?
五日間もつづけて、合宿や山歩きで遊び歩いた帰宅したら、やらねばならないことが溜まっていた。山行記録を書くよりも、メールの返信をし、そちらの「会議資料」をつくり、帰宅三日目の午前中いっぱいの「会議」をこなす。先々の日程を読みこんで、ひと月分の「お役目」を見落とすことなく采配し、滞りなく済ませる。
やれやれ、ひとまず乗り越えたという安堵もあろう。お昼を食べながらTVを観て、ボーっとしていると、張っていた気がほぐれて身の裡に溶け込んでいく気配を感じる。心地が良い。三日遅れの山の疲れも一緒になって、どんよりとわが身によどむ。それに身を任せている佇まいが心地よいのかもしれない。
2018年9月4日火曜日
素敵な雲中の3000m峰――立山連峰縦走(3)
第三日目、室堂は相変わらず雲の中。朝食のとき小学生に説明するリーダーは「何時でも声が掛かったら出発できる態勢にして、待機していてください」という。朝食は5時半。私たちは6時に出発するように準備をしている。雨着上下も着て完全装備。昨日、風もあって冷え込みを感じたので、私は長袖のシャツに羽毛のベストを一枚着こんだ。
2018年9月3日月曜日
雨と風の浄土山――立山連峰縦走(2)
二日目の朝食は6時から。バイキング形式。雨模様の深い霧。今日の宿泊所は、室堂山荘。一応荷物を全部持って室堂山荘に行き、荷物を預けてハイキングに出発することにした。乾燥室の衣類はきれいに乾いている。靴も登山靴に履き替えて、万全の装備をして表に出る。みくりが池の東側を回り、室堂山荘へ行く。20mも離れていない池の水面も霧に閉ざされて見えない。
2018年9月2日日曜日
天空の楽園は雲の中だった……立山連峰縦走(1)
山の会の月例登山で、立山へ行って来た。当初は1泊2日を立案したが、参加者が「せっかく室堂まで行くのだから、もう1泊しませんか」と要望があり、2泊3日とした。だが宿を予約した一月前、室堂の温泉宿は「二段ベッドの部屋2室に別れますが、いいですか」と返答があり、お盆過ぎとは言え、盛況なんだと思った。結局今回は違う宿に1泊ずつすることになったが、室堂の山荘がずいぶんと顧客に心遣いをし、山歩きをしている人たち向けにも行き届いたサービスをしていると、半世紀以上も前に室堂で登山訓練を受けたころのことを思い出していた。もう、いわゆる山小屋ではない。観光客が押し寄せるリゾート地の宿に近い心遣いがある。室堂がそうなってしまったということか。
2018年9月1日土曜日
はや九月、秋風の吹く私たちの暮らし
もう九月。暑さは酷暑のまんま、昨日の夕方は激烈な雷雨。駐車場に車を置いて家に戻るまでの間に、傘を差していたのにすっかりびしょぬれになった。土砂降りである。今朝方も雨が落ち、地上の雲気が抜けないで絡まりついてくる感じだ。
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