2023年3月30日木曜日

ふらっと遍路の旅(3)体調

 歩くときいつも体調を気にしていた。国道や県道沿いを歩いたことも関係していようが、ああ、これは危ないかもと思ったのは、気管支が傷んだことだ。咳き込む。疲れを感じる感官が鈍っていて、オールアウトになるまで歩いてしまう。去年がそうであった。お遍路から帰ってきて二、三日は何もする気にならず、ボーとして過ごした。年をとるってことは、そんなにも全体的に劣化するのだと肝に銘じている。それが何日目に出てきたか、もうすっかり忘れたが、二度ほどあった。

 歩きながら感じていたのは、胃腸が丈夫なこと。宿で出される食べものはいつも完食した。美味しかったこともある。これはちょっと量が多いなと思ったこともある。だが、こいつを消化できなくなったら歩くのは無理だと自分に言い聞かせて、全部食べるように心がけた。

 何より毎日宿に到着して少し休むと、すっかり脚が草臥れていることがわかる。足裏はヒリヒリし、腰掛けていたら、次に起ち上がるとき、ふらついて仕舞う。腰に来ては大変と思っていたから、腰痛ベルトをいつも締めていた。たぶんそれに扶けられたのだと思う。そうそう、ズボン下のようなつもりで筋肉補助スパッツをいつも履いて歩いたのも、大いに扶けになった。それでも、それを取ると身体を真っ直ぐ立てていることが覚束なくなり、用心して歩くようにしていた。

 幸いにも殆どの宿では、着くとすぐに風呂を立ててくれた。汗を流し、脚を伸ばし、足裏を手でほぐしてやると、強張りが解けてくる。足裏の三箇所が堅くなり、これで翌日歩けるだろうかと心配したことは、毎日のようであった。にもかかわらず翌日朝には、それをすっかり忘れるほど脚の疲れは回復していた。これは有難かった。

 遍路のお接待をしている人が明日のルートを聞いて、えっ? あの峠を越えるの! と驚きの声を上げる。でも三原村の民宿に予約しているから(そこを通るしかない)というと、前夜どこで泊まるかと聞く。ルート沿いの民宿はほとんど「おかけになった電話番号は使われていません」というアナウンスで拒まれ、お遍路地図上のホテルも「風呂が壊れてねえ」といわれ、近くのもう一軒の海沿いのホテルを紹介してくれた。そのことを話すと、それじゃあ4㌔も外れるから往復8㌔もよけに歩かなくちゃならないと心配してくれた。峠というのは、今ノ山864mの肩を越える立派な車道。クネクネと山肌を縫うように高度を上げ、標高670mの峠を越える。山を歩くとき、高度百メートルは平地の1㌔と換算していたから、その日の行程29kmに6㌔くらい加えた歩行距離になったと思う。足摺岬の東、竜串の海を望むホテルから峠を越え、標高150mくらいの三原村に入ったのだが、天気は快晴、暑いというほどでなく、今みると時速4.9km/hで歩いている。山には強いのだと思った。

 そうだ、3/11、41㌔歩いた日のことだ。宇和島の街中のホテルに泊まり風呂に入って汗を流していて、鏡に映るわが身体の鳩尾の辺りに横に長く赤い斑点があるのに気づいた。痛くも痒くもないが、発疹だ。思い出したのは25年も前の帯状疱疹。その時は熱も出て痛みがひどく、近所のクリニックに一晩入院して点滴をする羽目になった。えっ、歩いていてあんな痛みが起こったらどうしたらいいんだろう。看護師をしている知り合いにメールを打ち相談したら、こんな発疹かと、写真が送られてきた。そうそう、それよりももう少し横幅が広く繋がっていると応答したら、帯状疱疹かもしれない、疲れが出ると発症するからねと悠長な応答。じゃあ、熱や痛みが始まったら救急車を呼ぶわと返事をしたら、「帯状疱疹で救急車を呼んだりするもんじゃない。今、救急車はそれどころではないのだから」と叱られた。幸い発疹はそれ以上大きくならず、たしかに疲れが軽いとやや小さく凋んでいくようにみえた。やれやれ、であった。

 疲れの恢復に睡眠が大いに役立っていると感じた。宿に着き風呂に入り、洗濯などをして、夕食は6時頃から。それが終わると後は寝るだけ。終わりの方にはWBCをやっていたが、観る元気はない。結局7時半くらいから5時、6時までぐっすりと眠った。一度のトイレに起きないこともあれば、二度ほど起きたこともある。水分摂取が足りなくて便秘になるんじゃないかと心配したが、朝夕にせっせと水分を補ってなんとかクリアした。毎日10時間は眠ったろうか。山小屋やテントでの寝泊まりに慣れていたこともあろうが、正体なく寝る技が身についているんだとわが身を発見した。

 普段家に居るときには、起きている間の殆どをパソコンの前にいてタイプしているか、本を読んで過ごしている。何もしないで過ごせるだろうかと、行く前には心配して、小さなタブレットをもって歩いて日々の記録でも書き残そうかと思わないでもなかったが、荷物になるので、持っていかなかった。それが正解であった。もちろんいろんなことを忘れちゃ困るからスマホで自分宛のメールを打った。夜中に目を覚まして2時間くらいそうして過ごしたこともあったから、10時間全部を睡眠に使ったわけでもない。何も書かなくてもちっとも退屈しないことも判った。案外ワタシはシンプルにできている。ボーッとしていてちっとも退屈しない。これって、年寄りの特権なのだろうか。

 そう考えてみると、去年「飽きちゃった」と感じたのは、なんだったのだろう。ワタシの欲望というか幻想がつきまとい、それが満たされないことが「飽きちゃった」という表現をとったのだろうか。そんな気もするし、そうじゃないのかもしれないとも思う。ともかく今年は「飽きも」せず、坦々と歩けたわけだ。

 そうだ、帰って後に計った体重だが、僅か1㌔減っただけであった。ところが、体重計が表示する「体内年齢」は相変わらず「65歳」のままであったが、「足腰年齢」は5歳若返っていた。体脂肪を良く絞って筋肉に代えたってことか。よく食べ、よく寝て、良く歩いた。お大師さんに感謝しなくちゃならない。

0 件のコメント:

コメントを投稿