2021年4月8日木曜日

変化に富んだお花盛りのコース――秩父御岳山

 空は晴れ、気温も高くない。秩父三峰口はさわやかな空気に包まれ、ツバメが舞う。平地の浦和では終わっているシダレザクラが、今満開の気配を湛えて咲き誇る。今日歩くコースが朝日に輝いている。

 秩父御岳山1081m。参照した学習研究社発行のガイドブックでは「木曾御嶽山の弟分」と記されている。三峰口駅から歩き始める。9時10分。 140号線を少し秩父市方面へ戻り贄川宿への分岐をすすむとすぐに登山口に出会う。「かかしの里」と銘打っているせいか、あちらにもこちらにもかかしが立つ。なかの、リュックを背負った後ろ姿などは、まるで人がいるみたい。人が出ていくたびにひとつずつかかしをつくって畑や道筋においたみたい。

 登る道筋の両側に墓への分岐がいくつもある。「齢を取るとお墓参りが大変」と、今日同行してくれるysdさん。《「即道の墓」奇形の墓石》と記した卒塔婆様の立て札が添えられた墓石群がある。古い形の墓だが、河原から拾って来た甌穴のある大きな石をそのまま置いてあるのもある。なんだろう。

 白いサクラが今まさに満開の花をつけている。オオシマザクラ? ヤマザクラ? ま、いいや、名前は。おや、色鮮やかなミツバツツジが朝日を浴び、その向こうに三峰口駅を西端においた白久の集落が熊倉山などを背景に、荒川に沿って東へ広がる。

 ルートが二つに分かれている。「どちら?」とysdさん。「どちらでも」と私。ysdさんは急な上りのルートをとった。たぶん、もう一つのルートは、巻道。途中で折り返して合流するにちがいない。だが、パッと急峻な方を採ったのを私は、好ましく思っている。だがルートに落ち葉が降り積もって滑る。歩きにくい。歩き始めて35分ほどで「二番高岩」と木に吊るしてある表示。(たかや)とふりかなをつけている。地元の古名か。頭上のサクラが嬉しそうだ。

 杉林に入る。枝打ちもされず、葉が生い茂る。道は平坦となり、この山が地元林業者の杉山だと思う。樹齢は5,60年経っているだろうか。ysdさんがマムシグサを見つけた(と思った)。マムシグサの仲間のミミガタテンナンショウというのだそうだ。なるほど、花にかぶさるような覆いの曲がったところがくいっと盛り上がって耳のように見える。何株も集まっているのは、あまり見ない。

 スミレが枯れ落ちたスギの葉の間から白い花を咲かせている。フモトスミレというらしい(と後で聞いた)。ysdさんはこのルートにカタクリとエイザンスミレが咲いているはずとどこかで調べてきていた。「エイザンスミレを教わってきなさい」と私の師匠からも言われていた。ysdさんは、まず、葉を見つけた。なるほど、キクザキイチゲの葉のように、葉が細裂している。すぐ先で、中央部は赤紫がかった白い花をつけたエイザンスミレをみることとなった。見る箇所によって花の向きと開き具合が異なり、見つけるごとにカメラのシャッターを押した。黄色のミヤマキケマンが並んでいる。

 ysdさんがカタクリの葉を見つけた。花も付けて点在している。スギやホウノキや落葉広葉樹の枯れ落ち葉の間から楚々とした花をつけて下を向いている。北側に向いた急峻な斜面に、何輪ものカタクリが花を咲かせている。カタクリは花をつけるのに7年くらいかかるとどこかで聞いたことがある。アリが広げるとも耳にした。滑り落ちるように広がるのだろうか。三毳山などのように保護栽培しているのとは一味も二味も違う野性味を残した自生地だ。

「タツミチ」とガイドブックが記している地点に着く。北の「猪狩山・古池」からのルートとの合流点。歩き始めてから2時間弱。ほぼコースタイムだ。木々の間から北西方面に両神山が独特の山容をみせている。お、ルートの右上斜面にカタクリが花をつけている。撮って! と言っているようだ。なだらかにつづく細い稜線部を辿る。木の根が張り出し、岩がごつごつと剥き出しになって長年削られて残った傷跡のようにみえる。

 山頂の手前で「御嶽山登山コース」と標題した「秩父市」の地図付きの掲示がビニールに包まれて木に貼り付けてあった。それをみると「……普寛トンネルから落合登山口までは林道を歩いてください」と書いてある。今日のコースを通るなということだ。地図には落合への庵野沢沿いコースの下山口と登り口の入口付近に赤く×印がつけられ、沢の中ほどに○印をつけて、「大規模な山崩れが発生したことから落合コースは閉鎖となっています。危険ですので絶対に立ち入らないでください」と書いてある。これは、参ったなあ。林道のコースを歩くと2時間ほどかかる。今日の約4時間ほどのコースが5時間余のコースになる。ま、下山口へ行って様子をみてからにしようかと、とりあえず山頂へ向かう。このところいくつかの山で、2019年秋の台風19号による被害で崩れて通れないという「警告表示」を目にしてきた。たしかに崩れていたが、すでに2年を経過して通過する人は多く、踏み跡がついていた。慎重に通れば、通過できないワケではない。だが、立ち木も流され、つかむところがないとなると行き止まりになる。そう思ったから、少しばかりのザイルを用意してきた。近づいてから考えよう。

 山頂に着く。不動明王の祠の先に狛犬が鎮座し、その奥に「御嶽山開闢・普寛霊神」の御社が置かれている。「あら、狼じゃないんですね」とysdさん。三峰神社のコマイヌが狼なのを思い出したのだろう。「木曾御嶽山の弟分」というのが頭に浮かんだ。11時47分。出発してから2時間半。お昼にする。北西方面は両神山から左へつづく奥秩父の山並みがよく見える。右の遠方には浅間山と思しき山容が雪を部分的に残して高い。そのずうっと右の遠方には苗場や谷川連峰と思われる雪をかぶった山々が後背を埋める。ぽっかり浮かんだ雲が、春の穏やかな気候を象徴するようだ。

 12時10分、出発する。いきなり急峻な下り。ロープが張ってあり、途中からクサリに変わる。10分ほどでワラビ平。ここから急斜面を下るジグザグのルートに入る。「落合に至る→」の標識が倒れているのが、「落合コース閉鎖」を思い出させて不気味であった。急斜面の崖とミツバツツジといろいろなトーンの緑が映える下りは、なかなか味わい深かった。20分ほどで林道に出る。林道は普寛トンネルに通じている。林道に入る手前に沢の方へ下る踏み跡がしっかりとついている。「通過禁止」という「警告表示」もない。踏み跡のたしかさに導かれて、庵野沢沿いのコースをたどることにする。いざとなれば、ザイルを出してよじ登るとか降るとかすれば、何とかなるだろう。急峻なルートをさっと選び取るysdさんの力量からすれば、心配はない、と考えた。

 最初に見て驚いたのは、沢に掛けられた何本ものスチールの橋。手すりも添えて、右岸から左岸へ、左岸から右岸へと渡るように設えられている。まだ新しい。長い階段もある。これが修復後だとすると、山頂手前の「警告表示」は、もう取り払ってもいいんじゃないか。たぶん、この修復工事が終了した段階で、沢入口の「警告表示」は取り払ったが、山頂のそれまでは気が回らなかったのであろう。やはり現地まで足を運んでみるべきだ。だが、と違う考えも頭をもたげた。もしこれらの橋や階段がなかったら、このルートの下山は、いろいろと手間取ることになったかな。ラッキーであった。

 下山途中の中ほどで、登ってくる若い学生らしき単独行者に出逢った。今日初めての登山者だ。彼は「上へ抜けられるか」と訊ねる。もちろん、もちろん。気を付けてと見送る。でも、午後1時に近い。これから私たちのルートを逆にたどるとすると、5時ころ下山になる。

 ここにもエイザンスミレがあった。ニリンソウもある。ヒトリシズカが何輪も群れを成している。ヒトリシズカがニギヤカだなと思う。ギボウシの仲間らしい葉っぱが、岩から突き出ている。ysdさんがイワタバコの葉がたくさんあるを見つけた。初々しい緑色がみずみずしい。ヤマブキが岩からしだれ掛かるように花を吊り下げている。

 ロープを辿り岩を巻き右へ左へ沢を渡り、渡り返して下って行くのは、なかなか変化に富んで面白い。疲れを感じるより先に下山口に着いてしまった。13時45分。歩き始めてから4時間35分。お昼の時間を除くと4時間10分ほどの行程であった。

 下山地の普寛神社の脇に車を置いておいた。朝ここに車をおいて自転車で出発地の三峰口駅へ行った。こちらの方が標高差で30mほど高いから楽だろうと読んだ。若干の上り下りはあったが、おおむね平坦な走行の行程。トラックがやや怖かったかな。ysdさんを三峰口駅に送り、自転車を積み込んで帰宅した。ysdさんがいてくれたおかげで、上々のお花見山行になった。

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