2017年8月19日土曜日
消えた中動態の痕跡
国分功一郎『中動態の世界――意志と責任の考古学』(医学書院、2017年)を読む。図書館で借りて、他の本を読んでいるうちに返却日が近づいてから、手に取った。面白い。私の胸中にぼんやりと棚上げされていたコトゴトの、向こうの方に薄明かりがともるような、そんな気がして読みすすめた。
中動態というのは、能動態、受動態という言語学の「する」「される」関係の中に、そのどこにも位置しない、ときにはどちらにも位置する動詞の名称である。インド=ヨーロッパ語族に属するギリシャ語の文法解読を通じて、その中動態の意味するところをとらえ、副題の「意志と責任」の現在的ありように迫る力作と直感する。
今日は前半の、ギリシャ語における中動態の意味づけを、文法的解析を軸に推し進めたフランスの言語学者・エミール・バンヴェニストの所論を参照した後、バンヴェニストに批判的に参入したフランスの哲学者・デリダに言及したところに触れる。
国分は、能動態と中動態の関係が原初のものであったのに、能動態ー受動態という(世界を見る)関係が主たるものになったために、中動態の意味合いが変化し、そのうち消失してしまったとみている。その過程において中動態を読み取る緒論を、ギリシャ時代のトラアクスの『テクネー』からアリストテレス、スピノザ、ウィトゲンシュタイン、カント、アランまで、浩瀚な所論に目を通して、「誤読」なのか「例外」なのかを、一つ一つ丁寧に踏み台にしていく。そのとき彼は、なぜ「誤読」とみたのか、なぜ「例外」としたのかを、その文脈に置き直し、そこに影を落とす能動態ー受動態という関係のドグマを抜け出ているかどうかにも目を配っている。たとえば、
《すでに述べたとおり、中動態を定義するためには、われわれがそのなかに浸かってしまっている能動対受動というパースペクティヴを一度括弧に入れたうえで、かつて中動態が置かれていたパースペクティヴを復元しなければならないのだった。より具体的に言えば、その作業は、中動態をそれ単独としてではなくて、能動態との対立において定義することを意味する。》
と、中動態を定義するためには超越論的である必要があることを、自らの視界に収めようとしている。そうしてバンヴェニストの定義、
《能動では、動詞は主語から出発して、主語の外で完遂する過程を指し示している。これに対立する態である中動では、動詞は主語がその座となるような過程を表している。つまり主語は過程の内部にある》
を梃子にして、「一言でいうとこういうことだ」と見極める。
《能動と受動の対立においては、するかされるかが問題になるのだった。それに対し、能動と中動の対立においては、主語が過程の外にあるか内にあるかが問題となる》
これを読みながら私は、「主体subject」が「be subject to ~」という受動態で表現されることの、精妙さというか、不可思議さを想いうかべていた。そうして、中動態という言語的な発生の歴史を持っていたのだと思うと、言語の変遷の中に、意志や責任や主体という関係の哲学的な洞察も埋め込まれているのだと受け止めることができる。これはむろん、国分が言語の文法的な解析だけではなく、そもそもそこへ至るモチーフに哲学的な関心(すべての行為を能動と受動のどちらかに振り分けることができるのか)を起点にしていることがもたらした、当然の功績である。
こうして国分は、能動態と中動態の対立(ある過程の外にあるか内にあるか)から発生して、後に中動態から受動態が派生する過程をおいて、こう続ける。
《われわれはいま、中動態の歴史と意味に迫りつつある。それゆえに、最初の問題へと戻ることができる。能動態と受動態の対立は「する」と「される」の対立であり、意志の概念を強く想起させるものであった。われわれは中動態に注目することで、この対立の相対化を試みている。かつて存在した能動態と中動態の対立は、「する」と「される」の対立とは異なった位相にあるからだ。/そこでは主語が過程の外にあるか内にあるかが問われるのであって、意志は問題とならない。すなわち、能動態と中動態を対立させる言語では、意志が前景化しない。》
おやおや、丸山真男が『日本の思想』で論じていた「であること」と「すること」を、まるまるかかえこんで、「主体性の問題」から外してしまうような展開になるかもしれません。国分のモチーフを全面展開すると、現行の近代法の基本にかかわる大幅な改正にまで及ぶ影響を招くことになります。ますます引きこまれて読みすすめるのですが、残念ながら時間切れで、しばらく棚上げしなくてはなりません。じつは、孫二人がやってくるのです。明日から23日まで、仕事で出かける親に代わって、爺婆がお世話をすることになりました。そういうわけで、この続きもまた、棚上げです。ではでは、ごめん。
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