2017年8月6日日曜日
変化に富む薬師岳の縦走ルート(2)稜線の眺望と面白いアップダウン
2日目に宿泊した五色ヶ原山荘の部屋は6畳間に4人。シーズン中の山小屋としては割とゆったりした方であった。一人は還暦前の大阪の方。ロッジくろよんから7時間半ほどかけて登ってきた。この地域のいろんなルートを歩き回っているようで、立山の方へ抜け、剣山や大日岳を経めぐって4日に下山する予定という。話す口調は軽々としているが、なかなか深い奥行きを感じさせる。雨に降られて全身ぐっしょり。幸い山荘には乾燥室もあって着替えた衣服は早い段階で乾かすことができた。あとの二人連れは、川崎のアラカンと大阪のアラフィフ。アラカンの方が山慣れた先輩で、アラフィフの方は、装備服装は今風のヤマボーイという感じに若作り。私と同じ室堂からのルートをとって、同じ行程を歩く予定。そのため、最後まで山小屋が同じだが、歩き方にも違いが出て、それなりに面白いことに気づかされた。また部屋は別だったが、登り口の室堂で私に話しかけてきた60代半ばの二人連れに「早かったですね。黄色いザックカバーが後ろからよく見えましたよ」と声をかけられ、最終日まで同じコースを歩くのだとわかった。
3日目、快晴。早朝の空は青く、東と南の両側に窓のあった部屋から槍ヶ岳や笠ヶ岳などがくっきりと見える。東にみえるのは針の木岳かと思ったがわからない。寒くもなく、長袖にポケットのたくさんついた網のベストをつけて汗をかくほどであった。標高2488mの小屋を出発したのは、朝5時45分。同じ部屋の二人連れは5時半に出ている。広い五色ヶ原の木道を歩く。前方の山体に白く残る雪渓が大きい。振り返ると、緑に覆われところどころに白い雪渓を残す五色ヶ原の中央に、泊まった山荘が逆光にまばゆく見える。登りはじめると背中から陽が差し、雪渓を吹き抜けるやわらかい風が心地よい。岩伝いを過ぎてハイマツ帯に入り込むあたりで、ライチョウに出逢った。草地のあいだから首を出して周りを見回している。私に気づいて、そそくさと草の中に身を隠す。通り過ぎて振り返ると、先ほどのところに首を出している。カメラのシャッターを押した。頭の上の方で声がする。少し上がると、昨夜同室の二人連れが休んでいる。小声でライチョウがいるよと言うと、近寄ってきた。だがライチョウはすでに草の中に身を隠してしまっていた。ここで二人を追いこして先行する。
今日の前半は大きな山体の上りと稜線歩き。後半は大きなアップダウンと、はっきり分かれている。鳶山2616mの山頂はハイマツ帯であった。6時25分、コースタイム50分のところを40分で来ている。いいペースだ。西には雲海が広がり、水平線ならぬ雲平線が日本海の上空にかぶさる。ぽっかりと雲の上に浮かぶ山は白山だ。南の槍ヶ岳も笠ヶ岳も薬師岳も朝日を浴びてくっきりと姿を見せている。じつはそれ以外の北アルプスの山並みが見えるのだが、どれがどれと同定できない。鳶山から標高差で250mほどを降り、越中沢乗越2356mから再び上り返す。ハクサンフウロやコオニユリ、シャクナゲやリンドウの仲間がお花畑をつくる。その向こう、稜線のすぐ脇に雪田が顔をのぞかせている。正面の越中沢岳の向こうに、明日登る薬師岳が姿を見せている。越中沢岳2591mは岩のごろごろしているハイマツ帯の山頂、8時ちょうど着。だいたいコースタイムの八割程度のペースで歩いている。「近くて遠いはスゴの小屋 アップダウンが続くよ!」と標識に書き込んである。そういわれてみると、遠望する薬師岳への稜線上の緑の樹林の中に、赤い屋根の小屋が小さく見える。その手前にあるスゴの頭2431mまで大きく標高差で270m降り、大きく約100m上がるルートが一望できる。下るところの地図には「急坂」と記してある。岩をつかみ、滑る砂利を踏み、大きな段差を歩一歩と降りてゆく。ふと前方のスゴの頭をみると一人、人がいる。上り斜面をもう一人の人が上っている。昨日ライチョウを一緒にみた若者二人連れのようだ。彼らは朝食に顔を見せていなかったようだから、弁当にしてもらって早発ちしたのかもしれない。
このルートの最低点に着いたのは9時3分、そこから上りに登ってスゴの頭に着いたのは9時38分、ほぼコースタイムで歩いている。だんだん疲れが出てきたということか。気分は良い。振り返ると越中沢岳が単独峰のように形の良い姿を見せている。風が心地よい。ここで手持ちのアンパンと野菜のジュースを口にする。スポーツドリンクもきちんと飲んでいるが、ボチボチ口に粘りつく感じがするので、お茶をあける。眼前の薬師岳に雲がかかりはじめる。スゴの頭とスゴ小屋のあいだの最低点、スゴ乗越2146mのあたりを富山側から吹き込む雲が通り過ぎる。岩を降るようにしてスゴ乗越に差し掛かる。ここまで40分ほど。ここからの上りが、先ほど山頂からみた小屋の感触と違って、ずいぶんと時間がかかった。「近くて遠い」とはこの感触のことかと思いながら、すっかり雲のかかった樹林の中を上りに登る。小屋に着いたのは11時。おおよそコースタイムと同じだ。あとで三人の人から聞いたが、後ろから歩いている人には、私のザックにつけたカバーの柿色が山の樹林の中にくっきりと見え、「もうあんなところに行ってる。早いなあと思った」とみられていたらしい。大きな標高差の上りと下りは、北アルプスの縦走にはつきものだ。あといくらと考えはじめると、じつは疲れが出始めていると思ったほうがよい。坦々と歩きに歩く。気がついたらついていたというのが、一番いい歩き方だ。今日は前半三分の二がそういう状態であった。だが、最後のスゴの頭からスゴ小屋までのあいだの上りになったときに、(おやっ、小屋までこんなにかかるのか)という思いが脳裏をかすった。しかも、それまでの8割ペースではなくコースタイムかかっている。つまり私の歩く力量が、8割ペースで行けるのは4~5時間まで。それ以降は、がくんと歩行力が落ちるとみた方がいいのかもしれない。
五色ヶ原山荘は6畳間で仕切られていたが、スゴ小屋は二階全体が上下二段の居室になっている。翌日泊まる太郎平小屋は45畳ほどの大広間に布団を敷き詰めていた。初日の天狗平山荘はツウィンルームであった。山小屋がいろいろな形をとっているが、これだけパターンの違う山小屋に、ひと縦走で泊まれたのは、ラッキーであった。協定料金があるわけではなさそうで、9500円~16500円と幅があった。北アルプスは人気のルートであるし、夏シーズンでもあるから、それなりの料金設定になるのはよくわかるが、他の山の小屋料金や昔と比べると、やはり高くなったなあと思う。
スゴ小屋は薬師岳を縦走する人の交差する山小屋である。おおよそ一日6~7時間程度の歩行時間を設定すると、ここに泊まらざるを得ない。互いにルートの情報交換をしている。スゴ小屋から五色ヶ原へのルートは厳しいと、閉口した下りを上る人のことを気遣って口にする人がいる。でもそうかなあと、私は思っている。むしろ上りの方が安全で、このルートを下りに使うのはよりむつかしいんじゃないだろうか。夕食のときのおしゃべりは(交代時間が来て催促されるまで)つづいた。ストックの使い方、膝に負担のかからない歩き方、岩場の通過の仕方などなど、多岐にわたる。あちこちから声が飛び出すから、ひとつのことが完結しないままに次の話題に移る。でも、それが、それぞれの人の山への向かい方を映し出して、なかなか興味深い。
4日目、遠方上空に雲はかかるが晴れている。樹林のあいだに赤牛岳が荘重な姿を見せている。5時半に出発。今日は薬師岳山頂まではひたすらな上り、山頂を越えるとひたすらな下りと単純明快な行程。スゴ小屋から30分ほど歩くと樹林を抜ける。振り返ると剣岳と立山三山の特徴のある姿が北に聳えている。それに連なる山並みは、一昨日から歩いてきた山だ。6時40分、間山に到着。室堂の出発辺りで言葉を交わした60代半ばの二人連れに追いつく。彼らは朝食をお弁当にしてもらって5時に出たという。槍ヶ岳が秀麗な姿を見せている。薬師岳はときおり湧き出る雲にうっすらとみえたり隠れたりしている。ここで弁当の朝食にする二人を置いて先行する。
大きな山体の尾根筋をたどる。前方の北薬師岳までの踏路が、大きくカーブしてよく見える。東側に雪がたくさんついている。前方を一人先行している。前から一人やって来た。薬師岳山荘から五色ヶ原に向かっているという。若い。北薬師岳の肩にとりついたところで先行する単独行者に追いつく。70歳手前というところか。大きな岩が重なるところで先行する。声をかけるが返事がない。へばっているのかもしれない。ここから北薬師の山頂までは連続する岩場だ。北薬師岳の山頂2900mでスゴ小屋に泊まっていた若い女性の二人パーティに追いついた。8時10分。彼女たちは折立まで行くために早発ちしたそうだ。軽快に歩く。しかも一人がどんどん先行し、もう一人は二眼レフを構えて、マイペースで進む。ポイントポイントで一緒になり、また、勝手勝手に歩く。なかなか好ましい山友だ。追いこさない。
薬師岳方面からやってくる人が多くなった。聞いてみると、スゴ小屋方面へ行くのではなく、北薬師岳まで行って引き返す人たちが多くなる。中に、韓国から来た6人パーティがいた。一人は日本人ガイドのようであった。なんと、上高地から入って剣岳に抜ける十日間の縦走だそうだ。英語も日本語も達者。「気を付けて」というと、「カムサハムニダ」と返事が来た。中ほどを歩いていた中年の女性は日本語で「もうへろへろ」と言って笑わせてくれた。山行中に覚えたに違いない。
薬師岳の山頂2926mには9時10分着。おや、コースタイムより20分もかかっている。先ほどの若い女性の二人連れもいる。記念写真を撮ろうとしている。いいよ、シャッター押してあげるよと声をかける。青空をバックに、と言って標柱につかまり、手足を大きく広げてポーズをとる。若い人というのは、面白い。一眼レフがずっしりと重い。それを持ち続けて歩くというのも、なかなかできないことだ。雲が張り出して来て、青空も見えなくなる。あんパンを出し味噌汁をつくり、軽くお昼にする。南の方からやってくる人たちがいる。広い山頂なのに、なぜか、私のすぐ脇に座って、おしゃべりを始める。なんだ、この人たちは、いやだなあ。お昼を仕舞って出発する。それでも20分ほど山頂にいた。(つづく)
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