2018年5月21日月曜日

シルクロードの旅(4)恵みの雨、雪景色


 翌朝(5/10)、6時起床、7時の朝食を済ませ、7時半には蘭州のホテルを出発する。蘭州駅8時20分発のウルムチ行新幹線「車廂号」に乗る。これは2600km先まで行くが、私たちは約600km先の張棭で降りる。切符に名前が記載されており、ホームへ入るのに飛行機に乗るのと同じようなパスポートの提示と荷物のチェックがあった。中国人は一人一人に発行されるIDカードを持っている。日本の新幹線に較べると車幅が少し狭い。昨年、大連から瀋陽へ乗ったときは、座っていた客が(指定席券を持った)ほかの客が来ると席を立ち、また別の空いた席に座るという何だか自由席風の振る舞いをする人がたくさん見られたが、今回はそういうことはなかった。土地柄なのか、完全に指定席ばかりなのか、わからない。まるで飛行機のキャビンアテンダントのようなやわらかい制服を着て首にスカーフを巻いた乗務員が回ってきて検札し、下車時刻を一枚一枚に書き入れて、そして下車時刻が近くなると、やってきて声をかける。なんとも丁寧。座席はほぼ満席。ところがEさんが後ろの方の車両を見に行くと、ガラガラの車両もあったとのこと。車輛を一つひとつ満席にしていく切符の売り方をしているようだ。


 中国の人たちは、人前でも、話し相手との間に見ず知らずの人たちが何人いても、大声で言葉を交わし合う。私の頭越しに言葉がピョンピョン跳ねる。うるさい。喧嘩を売っているようにも聞こえる。ところが博物館や観光地など、他のところで耳にする案内の中国語は、かならずしもうるさくない。やわらかく、落ち着いた響きを湛えている。なんだろう、この違いは。団体の添乗員らしい人が大声で叫んでいる。まるでいうことを聞かない中学生を怒鳴りつけているみたいだった。私たちも、1950年代はそうだったかなあと、60年程前を振り返る。

 じつはこの日、天気が良くなかった。気になるほどではないが、パラパラと雨が落ちる。ガイドが前日、降水量は年間330mmといっていたから、「干天の慈雨」に見舞われているのだろうか。となると「雨男」というのは誉め言葉じゃないか。新幹線の窓にかかる雨粒はけっこう大粒、驟雨という気配。「渭城朝雨浥輕塵」ってこういうことかと、高校のころ覚えた漢詩を思い起こしながら窓の外をみる。北側は、畑かただの草地がわからないが坦々と同じような平地。畑は灌漑が行き届き、作物が青々としている。ガイドの話ではすぐ近くを流れる黄河の水を使っているという。ところどころ緑の林がつづき、かと思うとビニールをかけた畑や水溜りが見える。少し遠くに山並みが連なる。その向こうはゴビ砂漠だそうだ。その北側の山から線路を挟んで3キロほど南に、祁連山脈が迫る。ところどころの平地に工場地帯という風情の街がぽつぽつと出現する。高層ビルも立ち並ぶ大きな街、モスクと思われる丸い屋根に尖塔を備えた建物が三つあった。開発途上の感が強い。出発して1時間半ほどのちに西𡧃站という駅に止まる。たくさんの人が下車し、たくさんの人が乗車してくる。人の往来は盛んなようだ。

 山肌は相変わらず赤茶けた禿山だ。長いトンネルに入る。そしてトンネルと抜けたとき、車内からワアという歓声が上がる。一面真っ白の雪国であった。出発して2時間余、門源站という駅に止まる。Oさんが標高は3000mを超えたよという。気圧が660hpcになっている。ひょっとすると4000mに近いかもしれない、と。そういえば、蘭州の標高は1500mほどだと誰かが言っていた。それにしても、雪とはなあと「乾燥地帯」の高山帯に思いをはせる。雪原にいるヤクの黒い群れが目につく。またトンネルに入りそれを抜けた11時10分、雪はすっかり消えている。アカシアの樹林がつづき、周りの畑は広く青々としている。南遠方に雪をまとった祁連山脈がくっきりと見える。

 張棭西站に11時35分に着いた。3時間余。あとでガイドの説明を聞いて知ったのだが、蘭州から甘粛省ばかりを走って張棭に至る路線と別に、一度南の青海省へ入って張棭に至る路線があり、今日は後者を走った。通過する最高標点も3100mを超え、雪を観たのだ、と。下車して新幹線をカメラに収めていたが、いま観ると車体に「新疆華源号」と書いてある。「車廂号」とどこで入れ替わったのだろう。いまだにわからない。

 張棭市は大きな町だ。シルクロードのいくつかの中心都市のひとつ。高層ビルが林立し、片側三車線の車道が車で埋まっている。道路も建物も建設途中の気配は、これまでと変わらない。
 歩道に敷物を敷き工具を置いて靴なおしをしている人がいる。女性客がパンプスを脱いで渡し、直すのを見ている。こんな風景に身を置いたことがあるという思いが蘇る。その脇に、軽トラの荷台を箱にしたような(昔の)ミゼット様のおんぼろ三輪車が止まっている。車体をみるとこれが電気自動車だ。まさかこれも政府が半額補助しているのか。その後街中でこのタイプの車をたくさん見かけた。ガイドは50ccだと話していたが、電気自動車で50ccはないだろう。

 その前のレストランでお昼をとる。TVが「李克強出席日本首相挙行的歓迎儀式」と(簡体字の)字幕を付けて、(日本の)迎賓館の模様を報じている。そう言えば、その前の日のTVで金正恩と習近平がどこか海の見える街で散歩しながら会見していることも報じていた。世界は勝手に動いている。「爆竹麺」を食べる。うどんの麺が細かく砕けているから爆竹だそうだ。箸でつかみにくく食べにくい。ニンニクの酢漬け、豚肉のチャーシューと三つ葉などの和えもの、ハスとピーマンを軽く炒めたもの、さやえんどうとイワタケの煮ものなど、わりとさっぱり系のおかずが別々の皿に盛り合わせて出てくる。ガイドはそれらを爆竹麺にのせてかき混ぜて食べているが、なんとも妙な感じがする。「爆竹面の汁」と言って出されたものは、色は薄く黄色っぽいが、塩味も何もないただのお湯。あれは「爆竹面」を湯掻いた、いわばそば湯のようなものだろうと話をした。日本食は、一つひとつの素材の味を味わうという調理法だ。それに対して中華料理は、全部混ぜ合わせて醍醐味を味わうとでも言おうか。と思った。こうして腹ごしらえをして、午後の「平山湖大峡谷」へ向かった。(つづく)

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