2018年5月21日月曜日
シルクロードの旅(5)幻の湖・平山湖
張棭の街から車で1時間半ほどの平山湖大峡谷へ向かう。道路がまだ建設中とあって、作業中。舗装していないところや、片側だけ出来ていて、右や左へ車線を変えながら走る。着いたところも目下建設中。広い広い、ガラガラの駐車場の突き当りに高さ6メートルほどの凸凹で赤茶色の大岩が立ちふさがる。じつはこれが模造品。まるで撮影所のセットのようだ。その正面に「大峡谷」「平山湖地質公園」と大書してある。ガイドが私たちのパスポートをもっていって手続きをする。有料だが、「70歳以上は無料」とある。子どもや軍人、障碍者も無料だ。
そこからバスに乗り、何と山奥へ17kmも入る。時刻は14時。バスが上るにつれ、山肌は赤くなる。乾燥地に生える草(ラクダソウというらしい)がポツリポツリとあり、階段状に人が踏んだ後のような筋がついている。あとで分かったが、野生山羊の足跡らしい。上の方へ行くと、岩山が長年の風化で脇を横筋状に削り取られ、まるで大きさの違う平たい板を積み重ねたように階段状に聳え立つ。その脇をくねくねと縫って歩く木道と階段が設えられ、広い「観望台」がところどころに設けられている。Oさんがゴンドワナ大陸時代の古い大地だからと話す。もちろん地震もない。それにしても雨によって浸食を受けたのではなく、風によって風化が進んだとすると、やわらかい土が少しずつ風に吹き飛ばされ、残った硬い岩がまるで積み上げた塔のように残っている。しかも未だに下の方の柔らかい部分が剥がれ落ち、大きな岩があったところにぽっかりと下向きの穴が開いたようになっている。ところどころに「小心落石」とあるのは、「落石注意」ということのようだ。最近崩れて近寄れないようにしているところもあった。
着いたところは標高で2280m。大峡谷の一番高いところに近い。「PingShan lake grand canyon seenic spot」と案内表示板の英文は記している。テントのマークもあるから、キャンプもできるのであろう。「越野塞東道」と名づけられたハイキング道が一番遠くまで回り込むルートのようだ。まずこの岩山の先端へすすんで、その向こうの平原を観望する。けなげに黄色い小さな花をつけた草が生えている。棘があるのは、乾燥地帯の植物の特徴のようだ。向こうの尾根に何やら白いものが動いている。双眼鏡を出してみると、山羊だ。立派な長い毛を備え髭を伸ばした雄の外に、少し小さいのが3頭いて、崖の端に足をかけてまばらに生えている細い草を食んでいる。こんな厳しい岩山を住処にしているが、彼らにとっては、かえって他の動物に脅かされないで暮らしていける極楽なのかもしれない。適応しているのだ。
私たちは聳えたつ岩山の間を縫う「大峡谷」の谷間に降り、ぐるりと回り込む道へとすすむ。3.5kmの距離。4時間ほどのルートと話していた56歳のガイドが私たちの古稀を過ぎる年齢を気遣って、先頭を歩きながら「大丈夫ですか」と声をかける。大丈夫どころか、こんな簡単な散歩だとは思わなかった。標高差(たぶん)250mほどを降り、谷間に降りる。岩山の間は山の道だが、すすむごとに景観が変わる。カメラのシャッターをぱちぱちと押す。途中でルートが二つに分かれている。一つはショートカットの道、岩山をよじ登るように梯子が掛けられている、という。もう一つはぐるりと経めぐるから景色がいい、と。まあ、ここまで来て近道をすることはないから、遠回りのルートを選んだが、でも、近道の厳しいところを覗いて行こうと、狭い狭い岩の間に踏み込む。とうとう荷物がつっかえてキビシイネというところから引き返した。ナキウサギの死骸を見た。まだ形をとどめているのは、死後間もないからか、乾燥地帯なのでそうなっているのかはわからない。私は一昨年、モンゴルの南ゴビの岩山でナキウサギをみたから即座にそうだと思ったが、厳密には断定できない。
結局4時間かかるというところを2時間ほどでのんびりと歩き、バス乗り場に着いた。観望台のあるバス乗り場は、降りたところから少し離れていたが、そこでも大きな岩のセットをいままさに作成中。セメントだろうか、岩に模した塊にとり付け、足場を組んで色を塗っている。まるでUSJのようで、中国人の自然観は、案外アメリカ人のそれと近いのかもしれない。ガイドはひざを痛めたようだ。歩き方がぎくしゃくしている。聞くと彼は体重93kg、見かけはそうでもないが、腹がでっぷりと出ている。気の毒に彼はその後、上り下りがあるところに来ると、何時にここに集合と声をかけて待っているようになった。
それはそうとして私が不思議でならないのは、「平山湖」と銘打っていながら湖がどこにも見当たらない。ガイドに聞いても、「いやここは平山湖ですよ」というばかり。同行していた一人が「平山湖」をgoogle地図でチェックしたら、張棭の近くではあるが、まるで違う方向にポイントが落とされたという。そう言えば私も、似たような思いをした。google-mapには「表示させない」とでもいうように、周辺の地図はおろか、鉄道も表示に出てこない。「張棭站」を検索すると、一本の国道が右から左へ走る中央にポイントマークが落ちるが、それ以外の表示はまったくと言っていいほど無記入だ。ガイドが「googleは不公正な表示をして政府から罰を受け、締め出された。これまで二度、中国での展開を願い出たが却下されたままだ」と、説明する。私が「それは違うよ。googleへの政府介入を認める条件を呑まなかったために、政府が締め出したと(私は)きいているよ。今でもgoogleはその姿勢を曲げていないってことじゃないの」と話して、彼は驚いていた。中国のスマホでは、地図は中国のサービスサイトが提供して、遜色なく作動しているそうだ。そうだ、平山湖の話しだ。どうもこの地域全体の呼称であるようだ。私は「幻の湖ロプノール」のことを想いうかべて、昔あった平山湖がどこかへ引っ越していってしまったんじゃないかと思ったりして、愉快がっていた。
ふたたびバスに乗り、64km先の張棭の街に引き返す。張棭の街は人口80万人というが、市全体では350万人という。高層ビルも新幹線も、街の近くを流れる、水をたっぷりとたたえた黒水河も、建設途上の勢いを孕ませている。勃興期のブルジョワジーのような気配が、1960年代の日本を思い出させて、少しわが身と重なるように感じた。(つづく。が、明日は七面山に一泊で出かける。久々の山。お会いするのは明々後日になりますかね。)
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