2019年6月19日水曜日
飛び込みの、面白い山――赤久縄山
当初6/19に予定していたのは袈裟丸山。5時半に家を出て、8時にわたらせ渓谷鉄道の沢入駅で待ち合わせて登山口へ向かうというものだが、行程のコースタイムが7時間45分とあって、参加者は3人しかいなかった。当日の天気予報が良くなかったので前日実施に変更したが、三日前になってkwmさんが体調を崩したと報せがあった。鬼の霍乱だ。
この方、山の会では一番しっかり歩いている。ことをおろそかに運ばない。聞くと(私がモンゴルへ行っている間も)、毎週の山歩きトレーニングをつづけていたそうだ。でもたぶん、寄る年波には勝てないのではないか(と、勝手に私は推察している)。この方は刺し子の創作作家。山にのめり込む前は毎年個展をしていた。つまり根を詰めて、ものごとに取り組む(いい加減な私は、その気性が災いしているのではないかと、他人事ながら思っている)。私より一回り近く若いのだが、60歳代になれば、ガウス記号的に体調・体力が衰えていく。筋力やバランスはトレーニングで保つことが出来ても、疲れはその人の弱いところへ噴き出してくる。私などはまず、歯がやられた。気管支に来た。いまは疲れを疲れと感じることさえおぼろになり、何もやる気がなくなって何日かを過ごすことが多くなった。
さてまあそういうわけであるから、kwrさんと二人だけでいくとなると、あまり遠方に足を延ばすわけにはいかない。ふと、昔、登ろうと思って地図まで打ち出していたがそのまんまになっている近場の山、赤久縄山のことを思い出し、そこへ行くことにした。昨日(6/18)のことであった。
「どこでこの山のことを知ったの?」とkwrさん。彼は行き先変更を知って、調べてくれていた。私はたぶん何かの雑誌でみて、コースとコースタイムをメモしただけ、どんな山かわからない。しかもかつて打ち出した地理院地図では、そのルートが記載されていなかった(今回行くことになってkwrさんのために打ち出したら、ルートが記載されていた。地理院も、そこそこ手直ししているんだね)。関越道の本庄・児玉ICを出て、西へ向かう。秩父の山並みが東へ流れて平野部と出逢う鬼石とか万場という群馬県側の奥深くへ入り込んでいく。「上野→」と表示がある。あの、日航機が墜落した上野村だとkwrさんが助手席で話す。「佐久穂→」と街道の表示がある。長野県へ抜ける間道のひとつかもしれない。鬼石も、万場も、大きな町、集落だ。古い「万場宿」という看板もかかっている。車の通りもけっこう多い。道路整備も行われている。
8時半過ぎに塩沢ダムの先、栗木平の登山口に着く。登山口に「赤久縄山登山道のご案内」と題した大きなイラストマップがある。あまりよく見ないでカメラに収めて8時40分に歩きはじめる。あとで見てみると、ここに表示されているコースタイムを全部合計すると(途中の表示されていない一部を除いて)440分の行程。表示されていないところは、じつは林道を歩いた部分だ。ここで40分歩いているから、全行程では480分。8時間の行程だ。私のメモにあったのは、4時間45分。登る前にダウンロードしたヤマケイの地図では5時間15分。ま、その程度とみていたのが、大違いであった。後の祭り。
急峻な上り。踏み跡はしっかりしている。シカのものらしい大きな骨と毛皮が散らばっている。冬に死亡し、捕食・分解されたのであろうか。
先を歩くkwrさんが、ビクッと立ち止まる。
「どうしたの?」
「いや、何か獣が動いたようだね」
と話していたら、kwrさんの進む先の登山道を右から左へ横切って何かが走り下りた。
「イノシシみたいだったね」
とkwrさん。クマよりも扱いに困る獣だと、私は思う。
はじめほんの少しばかりのスギの樹林、大半は落葉樹におおわれている。秋にいい山かもしれない。樹林は陽ざしがあっても直に当たらないから、涼しい。帽子はとったまま、快適に歩く。「かんなMOUNTAIN RUN&WALK→」の表示が木にくくり付けられている。「かんな」というのは神流町のこと。群馬藤岡市と隣り合うところに、この赤久縄山を含む御荷鉾山の連稜がつらなり、この連稜の最高峰が赤久縄山だと、どこかに書いてあった。藤岡市はもっぱら御荷鉾山を売り出し、この地に「みかぼ森林公園」も設けている。神流町も赤久縄山を軸にして力を入れているのだ。
樹々の途絶えたところから赤久縄山が見える。すっかり緑に覆われたなだらかな山の形が好ましく誘う。標高が1000mを超えたあたりで、対生の大ぶりの葉をもつ小さな白い花が、まとまって咲いている。やあ綺麗だなとkwrさん。クサタチバナという花だとあとでわかる。足元の踏路もしっかりとしていて心地よい。「かんなMOUNTAIN RUN&WALK→」と表示ある分岐を通り越して、下のイラストマップに「鉄塔」とあったところに出た。その先の踏み跡が消えている。分岐のところまで戻り、斜面の東側をトラバースするように上り詰めると、御荷鉾山からくる踏み跡と合流する稜線に出た。「熊出没注意」の看板が半分削られて立っている。「クマが、うるせえって齧ったみたい」と言葉を交わす。バイケイソウが群落をつくっているところを上ると、ひっそりとクワガタソウが花を開いている。しきりにハルゼミが鳴く。梅雨時の晴れ間の大合奏だ。午後に空を雲が覆うとピタリと鳴きやんだ。ゲンキンなものだ。
赤久縄山の山頂1522m到着、10時40分。2時間で到着した。この調子だと1時半には下山となるかとみて、ここで早いがお昼にする。東の方が開けていて、御荷鉾山らしき二つの峰が見える。ベンチの前には、クサタチバナが咲き乱れている。20分ほどで片づけ、出発した。20分ほどで林道に出る。四阿がある。その脇に、「持倉分岐・安取峠60分→」という表示がある。kwrさんは、こちらではないかというが、スマホののヤマケイ・マップは白髪山を経ていく行程になっている。あとで分かるが、そこが西登山口。4時間15分と私が考えていたコースは、kwrさんのいうショートカットの道だった。私はそこから大きく西の峰を回り込む8時間のコースをとったのだった。
しばらく林道を歩いた。舗装されているところと未舗装の部分とがくっきり分かれている。「神流町」と表示があるところから向こうは舗装されている。その裏側は「藤岡市」、こちらは未舗装だ。何度か市町の結界表示があったが、舗装と未舗装の違いがいつもつきまとっていた。「スーパー林道」と銘打っていたのも、何か謂れがあるのかもしれない。林道の崖側にみえる山々は、この地が秩父から北へ続く奥深い山であることを示している。上る途中にも見えて、「あれは二子山だね。その右のは、え~っと」と言葉が出てこなかった山名を「そうだ、両神山だ」と思い出したのは、2時間も経ってからであった。
道端の草むらに「白髪山登山口」と記された小さな青い表示板。それにしたがってすすむと、ゆるやかに林道からそれて進路が南へ向かう。白髪山1521mは三角点の標石があるだけの見晴らしの利かない山頂。赤久縄山を出てから1時間5分経っている。kwrさんは止まらず先を急ぐ。15分ほどで南小太郎山との分岐の表示がある。明るい樹林をどんどん下る。「登りに較べたら、下りは緩やかだね」とkwrさんは快調だ。1時間で舗装林道に出た。ユンボを使って材木の伐り出しをしている若い人とkwrさんは何か言葉を交わしている。一抱えもありそうな4mほどの長さの丸太を積んだトラックが脇に止まっている。「なんだ、これで山道は終わりか」と私は思う。あとの1時間半ほどがこの舗装林道では、ちょっと思いやられる。
標高は950m。しっかりとしたつくりの民家がある。崖下には畑もあり、庭には花々が咲き広がる。道端にはムシトリスミレがたくさん咲いている。タタビの葉が半分白くなっているが、花はまだ咲いていない。少し先で舗装林道は下りにかかり、「かんなMOUNTAIN RUN&WALK→」の表示が上の道を指す。スマホをみると、上の道らしい。そちらはしかし、石ころが転がり草が生えて、広いだけの、使われていない山道だ。標高差で150mも上っているのが、あとで分かる。5時間を過ぎたあたりで、私の左の大殿筋と左脚の付け根が痛みはじめる。ちょっと止まってもらい、スプレーをかける。5月末の山でも、5時間くらいのところで左脚の大腿部が引き攣り、スプレーをかけた。私にとっては、5時間の壁が生まれ始めているようだ。
14時少し過ぎ「←安取峠20分」の表示に導かれて広い林道と別れ、登山道を下る。たしかに20分で「←栗木平20分(旧峠道経由)」の表示に出逢う。すぐ先に広い林道のガードレールが見える。旧峠道の方が面白そうと踏み込む。ところが、その道はあまり使われていないようで、踏み跡も消えかかっている。沢に降りたつ地点に来ると、わずかにつけられた赤いテープを頼りにしなければならなかった。それがしかし、なぜか沢の右岸、左岸と行き来している。でもほかに道らしきものがわからないから、何度か徒渉してそれに従う。ルートファインディングとしては、面白い道であった。そうして、広い舗装林道に出逢い、300mほど進むと柿色の車が見えた。標高820m、到着14時50分。出発してから6時間10分の行動時間であった。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿