2019年6月28日金曜日

社会的孤立と独立不羈の狭間


 図書館で週刊誌に目を通し、月刊誌をパラパラと読み散らして何日か経つと、どこで何を読んだかわからなくなるが、忘れられないモノゴトが、ぼんやりしている時にふと、思い浮かぶ。


 TVをみていたら、しばらく前に登校のバス待ちの児童生徒に斬りかかって自らも首を切って自裁した「ひきこもり男」に、何年も言葉を交わさなかった伯父が「そろそろ自立したら」と手紙を書いたのが引き金になったのではないかと報道していた。55歳にもなって伯父からそのような「最後通牒」を突き付けられた「ひきこもり男」は、(とうとうその日が来たか)と肚を括ったのかもしれない。

 思い浮かんだモノゴトというのは、40代の女性の「孤独死」を扱った記事であった。その記事の中で話をしていたのは「特殊清掃業者」。自殺や死後何日も経って発見された部屋を清掃する業者なのだろう。孤独死したその女性は、しかし、引きこもりでもなく貧困でもなく、一千万円を超える預貯金をもち、自立して仕事をしていたという。家を事業所としてネットで仕事を引き受け、着実に稼いでいた有能な方だったとらしい。

 ところが死亡して発見されて清掃業者が入って分かったことは、インスタント食品の器が部屋中に散乱して、足の踏み場もなかったこと。満足に食事らしい食事もせず、ただただ仕事に熱中して稼ぎに稼ぎ、マンションの風呂場で倒れた。水が抜けていたために遺体が溶け崩れて、その臭いが排水パイプを通って下階の住人に異変を知らせ、発見に至ったというもの(であったか、正確なことは忘れてしまったが、この後の記述に触りはない)。

 その記事を読んだとき、ああこれは、いつだったか朝日新聞が二度にわたって掲載した「ある研究者の死」と同じだと思った。二度の記事というのは、「(4/18)の朝日新聞社会面の記事」とその続報(5/21の夕刊)ともいうべき「ある研究者の死・その後 彼女は役に立ちたがっていた」である。記者は東京科学医療部の肩書を持つ小宮山亮磨氏の記名がある。上記二つの記事については、本欄4/19の「生きていくということ」と5/22「「役に立ちたい」は浮ついた自尊感情である」で取り上げているので、そちらを参照してもらいたい。

 同じというのは、孤独死の女性も、自分の熱中する仕事にかまけて、自らの身体の面倒をみなかった。研究者の女性も、優れた研究に舞い上がってか(親が世話をするに任せていたからか)、自分が経済的に独り立ちすることを失念して暮らしてきた結果、極まったのではなかったか。とすると、この二人は、冒頭に掲げた「ひきこもり男」と同じく、「そろそろ自立したら」という声が聞こえてきたときには、もう八方塞がりだった。

 つまり彼らの行き詰まりは、社会的孤立というよりは、社会的な依存が極まった地点で発生している。豊かな社会が生み出した人生モデルが、生み出した生き方を、三つのパターンで示している。極まるのは、自分の身を自分で賄う地平だ。

 「ひきこもり男」は仕事をしないで、55歳まで生きてくることができた。ここへきて「自立したら」と最後通牒を突き付けられ、そのこと自体に反抗しなかったのは、突きつけた相手が伯父であり、当人は世話になって来たことを忸怩たるものと受け止めていたのであろう。
 自死した研究者は、経済的に自立(依存?)しようとして結婚を考え、夫の世話をしなければならない現実に直面して離婚し、行き詰った。親の世話になるまいという自立への思いはあったのであろうが、経済的なよりどころとだけ考えて結婚されたのでは、ご亭主も敵わない。
 そして孤独死の女性。個人事業主としてネットワーキングをこなしていたとなれば、仕事については時代の寵児的存在であったろう。だが、自分の身体のことを気遣うという最低限のケアをロスしたために、死ぬ破目になった。孤立していたからといえば、状況的にはそうだが、根源的には、わが身を自ら世話するということを失念していたからだ。

 つまり、上記の三人は、豊かになった社会日本だからこそ存在することのできた生き方であった。それは、社会的孤立というよりも、どんな時代にも通じる人が生きる基本形を、身に着けなかったがためである。優秀な才能とか、優れた業績とか、驚くほどの稼ぎといって、社会的なおだてに乗って、資本家社会の交換経済にすっかりおんぶにだっこだったのではないか。
 独立不羈の生き方が基本的に備えなければならない、身を保つ業や技を、子に伝えることを親の世代が交換経済の中で忘れてしまったとも言い換えることができる。社会的孤立というのなら、親の世代は、子ども世代に何を伝えているのかを、あらためて検討し直し、その伝える軸のなかに、わが身を自ら保つ以外にだれも面倒を見てはくれないと「独立不羈」の精神を書き込むほかないのではないか。そう思った。

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