2019年6月21日金曜日
探鳥の奥行きの深さ(1)動態視力と目の付け所
さて、モンゴルへは鳥を観に行ったのでした。門前の小僧の私にとっては、鳥を観るよりも地誌的な関心が強く、前2回のモンゴルの南ゴビと東北部と違う、モンゴル東部の特徴をみてくるということに傾いていました。そういうわけで、今回の記述もそちらの方が先んじてしまいました。ですが、鳥を観る方にも大きな収穫がありました。鳥を観る奥行きの深さを感じたことです。
今回の旅の参加者は12人。埼玉からの6人は、何度か一緒に旅をしたこともある顔見知りです。そのほかの6人は、石川県の方々と愛媛県からの方。どなたも、今回の旅をコーディネートしてくれたngsさんの知り合い。旅に際してngsさんは、参加する方々の「自己紹介」をまとめてくれました。送信されたそれを読んだとき、私はngsさんに「錚々たるメンバーですね」とメール。ngsさんも「緊張します」と返信。それほど、石川県などでの活動歴を重ねてきている方々。その予断にたがわず、ある種の達人わざとその佇まいをみせていただきました。と同時に、野鳥をめぐる保護活動の奥行きの深さを垣間見ることになりました。
探鳥の初日(6/4)、宿の周辺の朝探で、埼玉とほかからの参加者の、探鳥に関するギャップを埋めようとするngsさんの尽力がはじまりました。「鳥を観たら、声を上げてください。間違っているかどうかは、とりあえずどうでもいいから、皆さんの目で見て、のちに同定するようにしましょう」といつもの声がかかりました。これは、「間違えたら……」という怯懦を退け、わが身をさらす行為でもあります。でも、そういう「壁」をこえてこそ、ともに探鳥しているという土台が生まれると、考えているのですね。たいていの探鳥家は、控えめですし、慎重です。でもngsさんの呼びかけに応えて、「あっ、あそこに……」と声を上げ指さします。双眼鏡やスコープで観ているところが違いますから、「ねえねえどこ?」と聞かれてもすぐには応えられません。ngsさんは「アムールファルコン」と空を見上げて声を出します。誰かが「アカアシチョウゲンボウ」と応じます。(洋名と和名だな)と、やはり2年前の朝の空にみた鳥のことを思い出して、私は翻訳しています。達人のngsさんにしてすぐに鳥の名が出ないこともあるのでしょうか。「ちかごろ錆びついていましてね…」と語るngsさんのスタンスが、門前の小僧である私には好ましい。
現地鳥ガイドのツグソーさんのことは、このシリーズの3回目にも記しました。驚いたのは、ツグソーさんの眼力。視力が良いということにかけては、較べようがありません。旅ガイドのバヤラさんにいわせると、視力5.0。裸眼で、まるで双眼鏡で観ているような見分けをします。嘴が短いとか、羽の白い筋が二本あるとかないとか、即座にみてとり、これというところを双眼鏡で覗き、傍らにいる参加者のスコープを引き寄せて鳥を入れ、みせてくれます。ただ単に視力がいいだけではありません。動いているものを見定める、動体視力が抜群にいいのです。ぱっと傍らから飛び出して飛び去る鳥も、群れを成して飛来する鳥も見分けることが出来るようです。
一日目の宿を出発して少しばかりウランバートルのミドリ池で何種ものアジサシなどをみたときがそうでした。アジサシ、クロハラアジサシ、ハジロクロハラアジサシ、ハシグロクロハラアジサシが、水面に降り立つことなく飛び交うのですが、それを一つひとつ見極めています。
誰かが「あっ、何か飛んだ」としか言えない鳥も、コウテンシとかサバクヒタキとかイナバヒタキと教えてくれます。草原にぽつんと佇むワシタカの類も、クロハゲワシがいる! と誰かが声を上げると、いやあれはソウゲンワシだ、オオノスリだと訂正してくれる。車を止め、降りて双眼鏡やスコープで確認する。ツグソーさんは図鑑をみせ、その特徴のどこが見えているかを指で示す。バヤラさんが間に入って日本語に通訳してくれる。再び双眼鏡を覗くと、たしかにツグソーさんの言う通りだったりします。
一日目は、宿周辺の朝の探鳥で23種、バガノール村のグンガルートへ移動しながらヘルレン川周辺のコンガトット湖などを探鳥して、63種のニューバードをみせてくれました。一日目で86種。これが多いのかどうかはひと口には言えないのですが、夜の鳥合わせのときにngsさんは150種は見せてほしいとバヤラさんに言い、バヤラさんはツグソーさんにそれを伝え、ツグソーさんは苦笑いをしながら、「がんばります」と応じていました。
しかしこれでツグソーさんは、この日本人バーダーたちは、ニューバードの数を第一目標にしていると受け取ったようでした。以後、ニューバードの名を口にしてはそばにいる人に伝え、指さし、しかしその方が見てとることが出来ず、「参考記録」となるものがいくつかありました。ツグソーさんもハトやスズメやカラスなど、一度出てからのちは、それ自体何種かあるものには目もくれず、ニューバードをみせようとする「おもてなし」に尽力。最終日までに131種。渡り鳥はこちらにやってきて繁殖する時期ということもあって、縄張りを張って育雛していました。ツグソーさんは、どこに何がいることを熟知していますが、逆に日本人探鳥家の見たいものとはズレがあるように感じました。
参加しているバーダーたちの鋭い目にも、際立つものがあります。
どこであったか、あれはヨーロッパトウネンだろうかミユビシギだろうかと誰かと誰かが話していました。初列風切が尾羽根より長いとか嘴が少し下に向いていると、ことばが繰り出されています。私はかたわらで、えっ、そんなところがみえるの? と、ただただその目の付け所に驚嘆していました。
同じ車で全日程を一緒に過ごし、同じゲルと宿の部屋も一緒にした、石川県から参加のsshさんの探鳥スタイルにも、静かな闘志を感じました。耳の良さ、聞き分けとその方向性の確実さ。動体視力と鳥の見極めの確かさは、日を追うごとに信頼を寄せるものになりました。シジュウカラの腹が黄色いか白いか。ヒタキ類の見立て、猛禽の見分け、同定の着実さが際立っていました。学生のころから野鳥観察にのめり込んでいるというから、まだ門前の小僧からみると、達人というよりも雲上人にみえたものです。ウランバートルに戻ってきて、宿周辺をもう一度探鳥したとき、ルリガラをみつけて教えてくれたのは彼です。鳴き声で方向を定め、当たりをつけてそちらへ目をやり、木の洞を出入りしているルリガラ2羽を拾い出します。ちょうど繁殖時期ということもあって、いろいろな鳥のヒナもみました。あるいは、縄張りに近づくのを退けようとするバトルもあります。sshさんは「埼玉の人たちは、近寄らないんだね」と話して、野鳥観察に関する(行儀が良いことを皮肉っているのか?)流儀の違いがあることを教えてくれました。野鳥の保護に関する見立ての違いもあるように感じました。これは後に、野鳥に向ける視線の奥行きの深さと関係していることなのだと、考えさせられることなりました。(つづく)
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