2020年2月8日土曜日
江戸を想う
「新型コロナ」騒ぎで、横浜の港に豪華客船が足止めされています。医薬品や食料を補給しているのを見ていて、ふと、江戸末期に来航して、薪と水の補給を許可してくれと頼みこんでいた、アメリカの捕鯨船やオロシアの舟のことを思い出しました。国際的な交通が頻繁になると、このような事態になる。規模こそ違えど、国民国家の国境管理というのは、こういうことだと思い知らせるような事態ですね。
もっとも江戸末期は、国際関係の交通がはじまった初期段階だから、閉じてしまえばそれでコトは半ば片づいたわけだが、今は逆。グローバル化といって部品生産も完成品の生産などの経済関係も世界各国に相互依存してるから、単に中国の悲劇ではすまない。日常的に国際交通が保たれてこそ、国内社会も成り立っている。閉じればそれはそれで、国内経済や諸関係に影響が出てくる。世界的な不況が襲ってきているとみることもできる。
グローバル化が、資本家社会の論理に従って運ばれたために、生産コストの安いところで作った部品を調達し、消費地に近いところで組み立て販売するということが、文字通り地球規模で行われるようになった結果、国民国家の壁で「防疫」をしようと出入り禁止にすることと衝突している。もしこれが資源国の出入り禁止だったりしたら、今度は違った国々との衝突になるが、国民国家と経済規模の関係範囲が大きくずれるために生じているモンダイである。経済の都合を優先すると「防疫」に不都合が生じる。14世紀のヨーロッパで発生した黒死病(ペスト)の大流行になぞらえていいかどうかわからないが、ヨーロッパの人口の3分の1が死亡したという疫病の大流行も、百年戦争というイギリス王家とフランス王家の対立が絡む戦争という盛んな交通があった時代だ。それがいきなり、地球規模に広がって展開している事態ともいえる。
歴史家に言わせると、黒死病は、百年戦争や百姓一揆の頻発とも相俟って、ヨーロッパの封建制度の大転換を迫る出来事であったそうだ。そういう目で見てみると、中国の「新型コロナ」に関する情報統制を意図した国家権力の隠蔽工作が、中国の一党独裁という共産党支配の仕組みを、見直すきっかけになるのかもしれない。中国の大陸権力にとては香港どころではないし、台湾などにかまっていられない。また機を見て敏なる謀略家たちのなかには、地政学的な視点ではかりごとを巡らすものいることだろう。もちろん、それの逆の動きも、蠢いてくるかもしれない。
とすると、私たち庶民は、どう考えたらいいだろうか。防疫の専門家たちの話を聞いていると、もうすでに今度の「新型コロナ」を外国から入ってくる感染症ととらえるのではなく、国内の感染源が入っているものとして「防疫体制」を作る必要があると考えて、構えを作りつつあるそうだ。また、中国人とか湖北省人という出自による感染源ではなく、社会全体の感染症として考えて取り組む段階に来ているとみている。ここでも、ナショナリズムにとらわれることなく、社会全体として防疫対策を施すことを考えなければならない。不安をあおることではなく、基本的な感染症を防ぐ挙措動作とともに、ほかの人に移さない振る舞いをこころえなければならない。
それにしても国内に発生した感染症と考えると、日本の人口12600万人の規模で一斉に対応するのは、多すぎると思う。地方分権ではないが、都道府県規模での細かい大作を考えなければならないと思うが、今日のTVで専門家が話しているのを聞くと、大阪府だけが「新型コロナ」の発見を視野に入れた保健所への通告対応をとっているそうだ。ほかの都道府県では「規定にない」として、受け付けていないという。厚生労働省が特段の指示をしていないと、動かないという「お役所仕事」だ。
こういう緊急事態になると、その社会の「弱いところ」へモンダイが噴き出る。よくそういうことをかみしめて、見ていたい。どうせ自分の「防疫」くらいしかできない傍観者なのだ。しっかりと「傍観」することだけはやっておきたいと思う。
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