2018年1月25日木曜日
下山の極意を会得した天覚山
昨日から厳しい寒気が入ると予報されていた関東平野は、一昨日の雪が残り、高いところから見下ろすと白一色、モノクロームの晴天。道に残る雪と除雪あとの凍りついた路面を恐々と踏んで、朝、駅へ急ぐ。相変わらずの通勤ラッシュ。申し訳ないが私はリュックを担ぎ、山行スタイル。ま、後期高齢者だから、縮こまる必要はない。降り立った西武秩父線の吾野駅は、昨日の高い気温に溶けた雪の部分と、それでもまだ残る部分とが混ざり合って、でも、全体に雪景色であった。あとで聞いたが、この町で予定されていた「ウォーキング大会」は中止になったらしい。今日の山歩きに参加の方々が顔をそろえる。
9時に駅を出発する。西端の線路の下をくぐり、山の斜面にしつらえられた大きな墓地の脇に出る。その南端の道路わきに「大高山・天覚山→」の手書きの標識があり、雪かきされた急な舗装斜面を墓地の上の方へと向かう。上端に行き着いてから登山口を通り過ぎたことに気づく。去年の10月にここを通っているのに、雪景色に目を奪われ、おしゃべりに気をとられ、入口を見損なったようだ。下へ下ろうとして私は、凍てついた舗装路面に脚をとられ、大きく後ろへひっくり返って、しりもちをついてしまった。リュックを背負っていたから頭も背中も打たなかったからいいようなものの、頭を打っていれば、救急車を呼ばなければならなかったに違いない。
すぐにスギ林の間の急登になる。森が深いせいであろう、平地ほど雪は降り積もっていないように見える。それでも少なくなり雪が、なぜか人の歩く幅ほどに薄くなっている。その上にはっきりと靴跡がついている。脚の向きは下山したようだから、昨日の好天に柔らかい雪を踏んで、このルートを(向こうから)下って来たのであろう。皆さんはあとで(この足跡を)「雪男」と呼んでいたが、「雪女」かもしれないと想いうかべて、ずいぶんなイメージの違いに思わず、独り笑ってしまった。この「雪男」の足跡が私たちの歩く行程の道しるべとなった。先頭を行くkwrさんは後のペースをみながらゆっくりとすすむ。汗ばむ感触に立ち止まって上着を脱ぐ。雪で足が滑ることもない。重心移動に少し心配りするくらいか。ストックをついているのが、バランスを保つのに資して身が軽い、とkwrさんはいう。四輪駆動だと私は思う。
去年10月に子の権現へ向かったときの分岐点、前坂に50分ほどで来ている。去年秋には42分だったから、雪を踏むので8分ほどの時間をとった計算になる。まずまず順調な歩みだ。そこから休まず左の大高山への踏路をとる。次第に雪が厚くなる。軽アイゼンをつける。「独りでつけられたわよ」とmrさんが起ちあがって歩きはじめたのは、10時を過ぎていた。結局このアイゼンは、下山駅手前の舗装林道に降りたつまで外すことがなかった。
じつはこのコース、当初月例に予定していた山ではなかった。もとは前日光の、地蔵岳。先週下見に行ったとき、「(スギの)伐倒作業中」の林道が荒れて、とても遠路やってきて歩くほどのルートではなくなっていたので、急きょ変更したのだった。私は歩いたことがない。西武秩父線沿線に沿うように伊豆が岳から南へ下る山嶺が子の権現を経て大高山、天覚山を通って、多峯主山と天覧山を南端において飯能の町へ下るロングトレイルがある。飯能のマニアックな山好きは「飯能アルプス」と名づけて大事にしているらしい。私は『中後年向きの山100コース』というガイドブックをみて、吾野駅から大高山・天覚山を経て東吾野駅に下るルートを採用した。3時間50分のコース。そこに変更する旨のメールを送ったらすぐにsさんから電話が入り、「カマド山を経て武蔵横手駅に下るコースにできないか」と言う。彼女は「日和見山歩」をつないで、飯能駅まで歩くコースを「完成」させたいらしい。カマド山のルートは地理院地図には記載されていない。「いいですよ。でも、私は歩いたことがないから、天覚山から先は案内してくださいね」とお願いし、彼女は快諾していた。okdさんも歩いたことがあるらしく、「アップダウン・アップダウンの繰り返しで、なかなかなコース!」とメールがあったが、地図を見る限り、最高標高も498m、駅が180mほどあるから、せいぜい300m。アップダウンはあるが、50mくらいを上ったり下りたりする程度、たいしたことはないと読んでいた。ところが2日前にsさんから「風を引いていけない」と電話。さらにそのあとに雪が降った。皆さんには「ストックと軽アイゼンをご用意ください」と連絡をして、今日を迎えたわけだ。街中の積雪もなかなかのもので、暖かかったとはいえ、昨日1日ではそれほど溶けない。まして山だから、コースタイム以上に時間もかかるから、東吾野駅に下るルートにしようと算段していた。
歩きながら話を聞いていると、okdさんばかりかmrさんも歩いたことがあるようだ。mrさんの持っていた地図(のコピー)にはカマド山のルートも破線で記載され、「入口がわかりにくい」と小さな字で記載されて、コースタイムも書き込まれている。「ここは、トレーニングコースなんです」とokdさん。そうか、ならば案内役を彼女たちに任せて今日は連れて行ってもらおうと、お気楽を決め込んだわけ。あとは、雪のせいでどれくらい時間がかかるかだ。
なるほどアップダウンがたくさんある。でも、アイゼンをつけてからは調子よく歩く。アイゼンの爪が雪をとらえているというよりは地面をつかんでいるという感じだ。国道299号線を超えて、また山道に入る。ようやく日が当たる稜線に出る。岩の細い尾根をたどる。「ここだけですよ」とokdさん。大高山493mの山頂に着く。10時45分。石柱の表示がある。樹林が途切れ、西の方の山並みが見える。棒の折れから川苔山へつづく峰々が前景をなし、その向こうに背の高い山がある。大岳山のようだ。ガイドブックにはその右側に富士山が見えるとあったが、今は雲が湧きたって姿を見せない。陽ざしは明るいが木立の陰に覆われてサングラスが必要なほどではない。天覚山まで1時間10分と聞いて、そこまでお昼を先送りすることにして、少しばかり食べ物を腹に入れる。
また、降り、登る。20分ほどで大岩。岩の上に蛍光色の「←」が記されている。そろそろ天覚山じゃないの、と声が上がる。上りにかかる。上がりきってみると、また道は下りになり、大きい山体は正面の樹林の向こうに見える。あれだ、あれだと行き着いてみると、まだ先がある。こうして、天覚山の山頂445mに着いたのは、12時10分。。南側が開け、関東平野の平地が一望できる。スカイツリーがくっきりと立ち、東京の高層建築が林立する。その向こうに「島のようなのが見える」というので、双眼鏡で覗いてみると、房総半島のようだ。川崎、横浜から西の方へもポツンポツンと高層ビル群が並び、「江の島かい? あれは」と言うが、きっと大島が見えていたのであろう。丹沢山塊とその東端の大山がはっきりみてとれる。富士山は、相変わらず雲の中。陽あたりがよく、丸太を並べただけのベンチが適当にあって、お昼にする。
ここから40分くらいで東吾野駅に下る、当初のルートへ行くと説明する。mrさんが「えっ、武蔵横手に行かないんですか」とジョークを飛ばす。それを真に受けて私が「行きますか?」と聞くと、「私、リーダーに従います」と潔い。「どう、kwrさんは?」と尋ねると「せっかくここまで来たんだから、武蔵横手へ行こうよ。夏はもっと歩かなくちゃならないんだから」と(利尻岳のことを考えていて)元気がいい。「じゃあokdさん、案内、お願いできますか」と頼むと、「(昔歩いたのと)逆コースをたどっているから自信はないが、いいですよ」と先導してくれる。瓢箪から駒。お昼で元気がでたのと、明るい陽ざしに誘われて、さらに2時間を歩くことになった。「雪男」の足跡も、そちらの方へつづいている。
アップダウンを降りながら、mrさんが「なんだか、アイゼンつけてると、降るときの脚のおき方がわかったような気がする」と話す。爪を噛ませるように踵をつけて脚をおくと、踵と膝と体の重心がしっかり腰に座り、これまでのようにおっかなびっくりで腰が引けて滑りやすくなり、いっそうびくびくと降るようなことがない。「奥義を極めたような感じ」とうれしそうな声を出す。「夏だって使えるアイゼンをつくってくれないかしら」とアイゼンが気に入ったようだ。「いっそのこと自分で作って、高齢者向けに商品販売すれば」と混ぜ返す。
okdさんはときどき立ち止まり、こちらの方でいいですかと、目で問いかけてくる。私はスマホのGPSをみて、ルートを外れていないことを確認する。分岐がある。okdさんは、踏み跡がついている左へ踏み込む。スマホの地図には右へのルートはない。なんとなく、東吾野駅に向かっているんじゃないかと、私は思う。谷あいに降りて行き、沢沿いの道を降る。とうとう林道に降り立った。そこに「←東吾野1.2km 東峠」とある。okdさんは左へすすみ、ほんの200mほどで「東峠」の看板と「←多峯主山」にみちびかれて舗装林道と別れる。天覚山から35分ほど経っている。
そこから20分ほどで高圧鉄塔に出くわす。最近の地理院地図は高圧線を記載しなくなったから、こんな鉄塔も目印にならなくなった。尾根上には雪がない。アイゼンを外そうかとkwrさんはいうが、少し様子をみようと先へすすむと、また雪がついている。天覚山を出て1時間25分で、標高303m地点に着く。「入口がわかりにくい」と記されていたところに、「釜戸山入口」と手書きの四角い板がつるされている。「雪男」の踏み跡もそちらの方へ向かっている。直進して久須美峠へ向かう道の雪の上には、足跡がない。ここから50分くらいかなと歩きはじめる。
「カマド山へ行くと、また引き返してくるようになるよ」とmrさんが声を上げる。「そんなことはない。あなたの持っていた地図のコピーには経路が記されているよ。出してみて」というと、「めんどくさい」と応じる。くたびれてきたのであろう。下りはじめると、また登るのに何で降るのよとつぶやく。「おっ、いつもの調子が戻ってきた」と茶化す。地図上では破線であったが、雪が積もり踏み跡があると、実践になるような気がした。15分ほどでカマド山の山頂に立つ。「里山・白子地区、武蔵横手駅→」の表示板にしたがって、ここからは下りに下る。いつのまにか斜面が終わり、沢に沿った渓の道。倒木が多く、道がふさがれるようになっている。林道が廃道になったような、広いが草ぼうぼうの道に出る。すぐに林道は終わり、入口のフェンスにぶつかる。網戸を開けて通過するとすぐに、舗装路面に出逢い、雪もまたそこで終わっていた。
こうして国道に出て武蔵横手駅に着いたのは15時10分。電車が来るまでに10分と都合がよい。東飯能駅で川越に向かう人たちと別れ、飯能駅から池袋行きに乗り換えて、さかさかと帰ってきたのでした。全行動時間は約6時間。そのうち40分は、昼食タイム。コースタイム4時間50分のところを、5時間20分。まずまずの歩き方であった。kwrさんは「いや快適だった。「天覚山から足を延ばしてよかったねえ」と自信を深めたようであった。
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