2018年8月23日木曜日

屹立する外輪山


 富士山の西側にある毛無山に上った。富士山を大きく取り囲む御坂山塊の山脈続きにある。静岡県と山梨県の県境。富士宮市の麓に車を置き、山頂へ向かう。1946m、標高差1100mほどの登降だ。振り返って思うと、大きな岩山である。そこに土がつき木が生い茂り、高さ1700~1900mの外輪山をなしている。その山並みの西側は山梨県が大きく南へ割り込んでいて、南北に富士川が流れ、5月に登った七面山のある身延町や早川町と南アルプスが峰を連ねる。
 

 6時に家を出る。中央高速を走り河口湖ICを出て、富士山をぐるりと回り込むように西側へ向かう。良く晴れている。富士山が雲をまといもせず、くっきりと姿を見せている。ところが西側に向かい合う外輪山は雲が取り付いて姿が見えない。台風が明日には近づいてくるとあって、南の風が吹き込んでいるのか、平地の気温は高い。じっとりと汗ばむ湿度も尋常ではない。8時半には登山口の駐車場につく。すでに7,8台の車が止まっている。皆さん毛無山に向かった人たちだろう。

 身体が重い。先週は、カミサンに御嶽山の植物を教わりながらゆっくりと歩いたから、あまりトレーニングになっていない。暑さにのんべんだらりとしている日頃のだらけようが、いま、負荷になって感じられる。ひとつ沢を渡ったところで、沢沿いの地蔵峠へ向かう道を分け、稜線へ直登するルートへ踏み込む。これが結構な急登だ。しかも、縄を張り巡らした岩場が何カ所もある。落葉樹の樹林だから陽ざしは当たらないが、風も抜けない。すぐに汗が身体を流れ、帽子は取ったものの、バンダナもすっかり汗に濡れて頬を汗が伝う。標高100m上がるごとに「合目」の標識が立ててある。一合を15分のペースで上るのが、上へあがるにつれてだんだんきつくなる。5合目の手前で、上から人が降りてくる。今朝駐車場で顔を合わせた女の方だ。「おや、早いですね」というと、「みょうがを買わなくちゃならないから、今日はこれで帰る。五合目まで行って来た。富士山が見えたよ」という。5月に登ったときにはミツバツツジとムラサキヤシオが満開だったと毛無山のことに詳しい。聞かれて応えるうちに山の会の話になる。彼女も勤労者山岳会に属していて、幌尻岳にこれまで三回挑戦し、三回、台風や大雨やらに見舞われて登れなかった、あなたは登ったかと。こちらは一回の挑戦で、登頂したよと、半時間近く話し込んでしまった。身体が重いから、休む方に動いてしまったんだね。

 そこでストックを出し、四輪駆動にする。これでかなり楽になる。いわばは相変わらずだが、道はしっかり踏まれて安定している。急登ではあるが、危ないところはない。八合目を過ぎたあたりで、70年配の単独行者が降りてくる。この先に富士山がよく見えるところがある、ついておいでというようにルートを外れて苔生した樹林へ踏み込む。その先の岩場にのぼると、なるほど、木々が切れて、東側が児ら気ている。だが上空は雲が覆う。下の方は向こうの尾根筋と谷間が見事に下へと深い緑の衣を広げ、一番下に登ってきた登山口辺りの広場と建物が綺麗に見える。この70年配は「私は藪漕ぎ専門」といい、毛無山の主のように歩いているようだ。この山が、元は金山であったこと、私が下山地点にしようと考えている地蔵峠のあたりには遊郭もあって繁盛していたこと、この山の持ち主がいま90歳、山を相続しても意味がないからとキャンプ場を開いたら、これが当たって、夏場は盛況だということなど、おしゃべりが止まらない。私の方も、ふんふんと耳を傾けて、体を休めている。

 富士山展望台という標識があり、たしかに岩場の一部が東へ開かれているが、見えるのは雲ばかりだった。そこからほどなく毛無山の主稜線に登り、地蔵峠への分岐が現れ、その先に「アルプス展望台」。先ほどの70年配が尾根の西側は雲がなく眺望が利くと言っていたので、ごつごつした岩を5メートルほど登り覗き込む。だが今は雲がすっかり上がってきて、遠方に北岳のバットレスだろうか大きな丸い山頂がちょっぴり雲間に見えただけだった。

 そこからほんの5分ほどで毛無山の山頂についた。11時45分、コースタイムより25分余計にかかっている。すこし広く木々が途絶えた山頂部に「毛無山」と書いた「山梨百名山」の標識と「1846m毛無山――富士宮市」と記した凸凹の立看板が3メートルくらい離れて二本建てられている。県、市境のようだ。周囲はすっかり木立に覆われ、眺望はまったくない。お昼にする。汗をかいているせいか、少し冷えるように思った。ウィンドブレーカーを羽織る。私のやって来た方向から、トレイルランナーだろうか、軽装の外国人が走ってくる。「コンニチワ」と挨拶をして、雨が岳の方へ走り去った。どこから来てどこへ行くのだろう。

 今度は、話し声と一緒に3人の若い男女が雨が岳の方からやってきた。「えっ! 雨が岳から?」と聞くと、「いえいえ、毛無山の最高峰に行って来たんです。でも雲の中、何も見えなかったし、山名も違っていました」とアラフォーの女性リーダーらしい人が話す。「山梨百名山」の標識が静岡側と逆の位置に立っているんじゃないかと、疑問を呈して、「この山を山梨に上げてもいいから、富士山頂戴っての、どうよ」と笑う。ああ、静岡の人なんだ。「そうです。この山も静岡の人の所有ですよ」と、やはりこの山に詳しい。私にどちらから下るかと訊ね、地蔵峠からと応えると、「標識がたくさんついているけど、登り返すところが二カ所あって、おしゃべりしていると見落として下っちゃうから気を付けてね。一人だとそういうこともないか」と解説してくれる。あなた方は? 登ったところから下るわ。道がしっかりしているからと、分かれた。

 この若い人たちの言い分通りだった。地蔵峠の道は、歩きにくい。上部はばら石を敷き詰めて土が崩れないようにしている。下るとトラバースが多くなる。渡渉も何カ所かある。毛無山が岩の山だというのがよくわかるほど、岩場を上り降る。ロープが適宜ついているから危なくはないが、岩は滑りやすい。渡渉も、水が多いと靴にまで水が入る。地蔵峠から1時間5分とあった登山口近くの分岐まで1時間半かかった。私自身がくたびれていたからだろうか。沢の下部に来て、にぎやかな子どもの声が響いてくる。50名くらいの子どもたちが沢水に浸かり、遊んでいる。引率の大人も何人もいて、夏のキャンプ生活を楽しんでいるのだとみえる。その真ん中を、ハイごめんよと渡渉して対岸に渡り、登山口へ向かう。2時45分着。全体で6時間15分の行動時間。おしゃべりや休憩を挟んでいるとは言え、コースタイムより45分もかかっている。

 帰りは来るときのように順調には運ばなかった。ものすごい渋滞。お勤め帰りの車だろうか。やはり予定より45分余計にかかって帰宅した。岩山である外輪山の屹立する感触が、身体に残った。

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