2019年7月17日水曜日

曇りって、こういうことだったのね


 昨日今日と、泊りで奥日光の山を歩いてきた。このところしっかり梅雨らしい日々がつづいて、山歩きが遠ざかる。曇りならばいいじゃないと、降水確率が低いところを探した。だいぶ移り変わりが激しくて、晴れ間も見えて降水確率が80%というのもある。降水確率が30%の降水量が0mmならば、文句言うことないじゃないかと、中禅寺湖南岸の黒檜岳と社山を縦走するコースを考えた。昭文社の地図では「難路」とか「上級者向」と記され、ルートは破線で示されている。千手が浜から歌が浜までのコースタイムも、8時間余。kwrさんは「黒檜岳から社山への稜線のコースは、どうしてこんなに3時間もかかるんだ?」と訊ねてきた。私は2011年の秋にこのルートを歩いているが、笹原とは記しているが、迷うとは書いていない。昭文社の地図でも、広い稜線沿いを外さないように辿れば、紆余曲折はあるが、社山へ行き着く、と思っていた。


 赤沼から出る始発の低公害バスに乗ったのは、私たち3人だけ。休日なので混むかもという心配は、朝からの雨の予報ですっかり消し飛んでいた。それどころか、赤沼のバス発着所では朝の陽ざしが差し、「こいつあ、端から縁起がいいや」って気分だった。バスの前を親子のシカが横切る。いつしか陽ざしは消え、霧が出てきた。千手が浜のバス停を降りて「気をつけて」という運転手に見送られて、黒檜岳の登山口に向かう。中禅寺湖畔は今年になって整備されたらしく、ベンチとテーブルが四脚も設えられ、木の香りが初々しい。だが男体山は雲の中。中禅寺湖にも雲がかかり見通しは利かない。流れ込む川を渡る橋も新しい。登山口そばの「千手堂跡」には、立派なお堂がつくられ、由緒を記した立て札が建てられてある。日光市なのか栃木県なのか知らないが、いよいよ観光整備に力を入れ始めたのかもしれない。おや、クリンソウの咲き残りか、三輪花をつけている。

 千手堂の50mほど先へ行ったところに「←歌が浜・黒檜岳→」の表示看板があって、登山口を示す。そこから20分ほどは小沢の音を聞きながら、右岸に沿ったゆるやかな上りになる。その沢を越えた先からいきなりの急登になり、これが標高差500mくらい続く。そこのところで、上から降りてくる単独行者とすれ違う。「早いですね」と声をかけると「3時半に(半月峠駐車場を)出たから」と応じる。すると彼はここまで6時間かかっている。あと40分ほどとみると、私が胸算用していたコースタイムだ。昭文社地図の8時間余にちょっと気おされていたが、私も「読み」に自信回復。

 ルートはよく踏まれていて、「迷」マークがつく「難路」「上級者」というのが、わからない。雲の中に入ったのか、霧の中を歩いているようだ。白い花が散っている。シロヤシオかと思ったが、そうではなく、シャクナゲ。標高が高くなると、まだシャクナゲが咲いている。社山の山頂にも、シャクナゲが満開の様子であった。ツツジやナナカマドの葉の緑が美しい。

 登山口近くで私たちを追い越していった二人連れが降りてくる。「山頂はもうすぐですよ」と男の方は言う。黒檜岳を往復しているそうだ。「山頂にシカの親子がいました。あまり寄ってくるので、グラニュー糖をやった」と女の方。日光のシカもだんだん奈良のシカに似てきているのかな。でも彼らはすごいスピード登山だ。中禅寺湖畔から標高差700m、コースタイム2:30のところへ行って戻ってきている。いま11時。1:30くらいで到達している。

 平らな広い山体の黒檜岳山頂1976mは樹林の中。雲がなくても眺望はまったくないであろう。11時15分。2時間10分ほどで着いた。いいペースだ。お昼にする。kwrさんたちは朝4時に家を出てきたという。自宅から合流地点まで4時間かかるとネットのnaviがいうので、遅れないようにしたそうだが、6時40分頃についてしまって、待っていたのだそうだ。私は5時半に家を出て、合流時刻の10分前に着いた。なんと1時間近く待っていたというわけだ。お腹が空いたというので、お昼にした。親子のシカが10mほど離れた木立の間から、興味津々と私たちをみている。

 11時33分、シカに見送られて社山へ向かう。ここからコースタイム3時間の行程。霧が濃くなった。「←千手が浜・社山→」の標識のところへ戻り、社山への踏路をとる。シラビソやダケカンバの林もすぐに切れ、ヒノキと笹原に代わる。ササの丈は高く、膝辺りまで伸びている。その中に「けものみち」のように、ササの頭が少し窪んだ踏路と思われる道筋がついている。だがそれが何本もあり、しかもひとつ方向ではなく、あちらこちらにみているのは、文字通りそれが「けものみち」であるからだ。「霧が巻いていると道は迷いやすい」とkwrさんが見た本には記されていたそうだから、まさに今日のような日和だろう。国土地理院地図にはルート表示がなかったが、おおむね山稜稜線の背の部分を辿るとみて、記入した地図をkwrさんには渡しておいた。ただ背が広いからおおよその方向を確認するのが精一杯になる。私はスマホに読みこんだ地図に表示されるGPSで現在位置をときどき確認しながら、「ま、だいたいいんじゃない」と後ろから声をかける。

 霧が降りかかるから、雨具は身に着けている。社山までの大きくくねった稜線の背の約3kmほどの大半が笹原。一度、小高いピークを巻いてササをかき分けていて、踏み跡を見失った。いや、この標高を保ってトラバースをつづけた方がいいと、前へ進む。ほんの少し上に窪みの大きい「けものみち」があるようにみえ、そちらへ身を移す。どんぴしゃり、ササの剥がれ落ちた広い砂原に出た。背丈の高い笹原の下に隠れた踏み跡は、見つけにくい。加えて、倒木があったり段差があるのを、先頭のkwrさんは気を付けながら歩く。あとにつづく私たちは、彼が躓いたりアワワと声をたてるたびに、注意するから、わりとらくちんについて歩く。こうして何度か、スリリングな思いでルートを確認しながら、踏破した。社山の手前のところは一転して黒い森。足元は木の根と岩の露出した上りの急登。そこを登りきると、シャクナゲと丈の小さいササと北側のシラビソの樹林になり社山山頂1826mに着いた。13時28分、1時間55分。「コースタイムは、迷う時間も入れてんじゃないか」とkwrさん。まんざらでもない達成感を含んで響いた。シャクナゲの花がきれいだ。

 10分ほど山頂にいて下山にかかる。霧が雨粒になった。先頭を私に代わって、昭文社地図にいう「きつい急坂」を下る。見通しの良い背の低いササに覆われた稜線は踏路もしっかりしていて、歩きやすい。下の方からエンジン音が聞こえる。車の音? というが、それにしては大きい。中禅寺湖の船のエンジンだねと応じるが、湖は見えない。4百メートルくらい下方の雲の中にある。45分ほどで阿世潟峠に着く。身軽な外国人ペアが湖の方から登ってくる。kwrさんがどこへ行くのと聞く。「中禅寺温泉」と応える。えっ、道間違えてんじゃない? と思ったら、半月峠へ出て、展望台を回り込んで中禅寺温泉へ行くのだとわかる。それにしても、リュック背負ってない。水ももっていない。ガイジンさんて強いんだねというのと不用心だねというのが入り混じった思いがした。

 快適な下り道を歩いて15分足らずで湖畔にでて「歌が浜3.4km→」の広い道をたどる。別荘がこんなにあったか、遊覧船の船着き場がつくられていたり、旧イタリア大使館別邸への駐車場が整備され、木製階段やスロープが新設されているのに驚いたりして、50分ほどで歌が浜に止めた車のところへ着いた。15時半。行動時間は約7時間。すっかりぐしょぬれになった。

 赤沼へ寄って、もう一台の車を回収して宿へ向かう。「山を降りた後は、やっぱりこうして泊まるのがいいね」とkwrさんは感に堪えないような安堵感をみせる。だがこの宿は、やっと一部屋が開いているだけであった。駐車場もいっぱい。暖房機を使えるようにしてもらって、濡れたものを乾かす。何より風呂に行って汗を流す。風呂から出て缶ビールを口にしたときは、もう5時。混んでいるので夕食が5時45分と早かったから、持ち飲んでワインを飲む時間もなかった。雨は本降りになり、明日もこうなら山はやめましょうと話す。満腹になり、もう一度風呂に行って寝付いたのは8時前。朝の5時まで熟睡した。

 翌朝(7/16)雨は落ちていない。ネットの天気予報をみると、湯元は11時ころから雨。それまでは曇りとある。ならば、根名草山までは行かないにしても、奥日光から尾瀬への稜線の最高峰・温泉ヶ岳2333mに行ってこようと、8時ころ宿を後にする。金精トンネルの入り口にある駐車場に車を置き、いきなりの急登を登り始める。8時20分。

 大きな岩を踏み、ざれ場を通り、壊れた丸太の階段を避けて歩き上ること、35分。金精峠に着いた。ここから南へ向かうと白根山、北へ向かうと温泉ヶ岳。東を振り返ると、湯の湖が見える。雲の切れ間から男体山の傾いた稜線がちらりと見える。考えてみると、昨日の最高点よりも標高で50mも高い所にいる。ナナカマドの花が一輪咲き残っている。 花の終わったのかまだなのか、シャクナゲが多い。シラビソの樹林が続く中、しっかりした踏み跡をたどり、標高を上げる。ゴゼンタチバナも花をつけている。オオカメノキが葉の上に実を乗せている。ドウダンツツジの花が一輪、残っていた。やっとシャクナゲの花が咲いていた。まだ花の蕾がそちらこちらにある。これからなのだ。

 金精峠から50分で温泉ヶ岳への分岐に来る。山頂へ向かわずこのまますすむと念仏平避難小屋後を経て根名草山への2時間半がある。10分余で温泉ヶ岳山頂2333m。9時58分。歩き始めて1時間40分程。晴れていればこの先のルートが一望できるのだが、雲の中。少し天気の変化が早まっているのだろうか、雨も落ちかかる。下山することにする。菅沼が霧のなか下の方にみえる。金精峠の群馬県側の湖だ。「じゃあ、あちらの方が白根山だね」とkwrさんは指さす。

 40分余で金精峠に戻り、そこからの急峻な下りを25分で歩いて、車のところに戻った。11時10分。2時間50分の行程であった。そこでkwrさんたちと別れ、家に帰り着いたのは2時少し過ぎ。すっかり雨の中であった。

0 件のコメント:

コメントを投稿