2017年2月17日金曜日

「機械」というアルゴリズム


 今週月曜日に奥日光の雪山へ下見に行って「途中敗退」したと記しました。もっていた「私の(山歩きの)コーラン」であるスマホの画面が真っ白になり、地図が表示されなくなったのでした。

 家へ帰ってみると「現在地」を表示すると地図が出てきました。では、と、「日光湯元」を検索すると、「データがありません」と表示が出て、それ以上動きません。他はどうかと思って「えきから時刻表」を動かしてみると、「機内モードを解除してください」とでてきました。おや、いつそんなモードになったのだろうと「機内モード」をチェックすると、ちゃんと「機内モードOFF」になっています。もう一度やってみると「WIFI接続していません」との表示。でも「WIFI・ON」です。どうしていいかわからず、スマホ購入のお店にもっていきました。


 若い販売員に事情を話すと、「(山中で地図が消えては)それは困ったでしょう。調べてみます」といって手に取り、何やらやっています。どうやったらいいかを見ておかなければと思って、彼の手元をのぞき込みました。「機内モード」をチェックしています。それをいったんONにし、ついでOFFにして、「どれでもいいのですが……」と言いながらどこかのアプリにアクセスして「はい、読みこめています」とスマホを私に返してくれた。よくわからず、とりあえず「地図」にアクセスして「日光湯元」を検索すると、なんと、ちゃ~んと表示されるではありませんか。

「どうして、画面が真っ白になったんでしょう」
 と問うと、
「機械ですから……」
 と恬淡と応える。

 この答えに、一瞬私は感心してしまいました。私などは(たぶんに世代的な要素が大きくかかわっていると思いますが)機械というのは経年劣化するとは思っていっますが、(まだ3ヶ月にもならない)機械が突然機能しなくなることは〈なにがしかの原因に基づくもの、それを解明しなければならない〉と考えます。つまり原因を突き止めようとするのですが、それをさておいて「機械とはそういうものだ」と、機械の属性だとみているものの見方(の大きなギャップ)に感心したのでした。時代の推移を感じとったと言いましょうか。

「またこうなったとき、どうすればいいの?」
 と尋ねると彼は、
「いったん機内モードをONにして10秒経ってからOFFにする。それでも回復しないときは、電源ボタンを長押ししてOFFにし、やはり10秒経ってから電源を入れると、つながります」
 と丁寧に教えてくれました。「それでもつながらない時は面倒でもまたこちらにもってきてください」と付け加えることを忘れませんでしたが。要領を心得ているというか、年寄りの扱いに慣れているというか。

 歩きながら考えてみると、感心することではないかもしれないとも思いました。「機械」が、何が原因で故障するかなどは、もはや、誰にもわからない時代なのかもしれません。あるいは、原因をチェックできるのは、ほんとうにごく少数の専門家だけで、ふつうの「取り扱い専門家」は「故障」を機械の属性としてまるごと受け入れ、原因究明をするよりも修復する手順だけを覚えているのかもしれない。そういう手順、アルゴリズムは中学2年生くらいまでに身につくものだと村上龍がいつか話していましたね。若い販売員は、単に機械のアルゴリズムだけではなく、そういう機械に囲まれて暮らす社会の「取り扱い」のアルゴリズムも身に備えているのかもしれません。

 要するに、我が身が時代から取り残され、一つひとつの出来事に取り残された自分を見出すという仕儀に相成っているのだと、痛感した次第。

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