2017年4月24日月曜日
大山詣で
長袖のアンダーウェアに半袖のポロシャツを重ねただけで快適に家を出る。晴天。先週早朝に、山へ行こうとしていたのに寝床でこむら返りが起きて、行く気が失せてしまっていた。今週水曜日に案内する予定の丹沢大山を歩いてこよう。本当に久々の、日曜日の登山。7時5分、小田急線の秦野駅に降り立つ。驚いたことに、ヤビツ峠や蓑毛行のバス停には何十人という人が列を作っている。若い人が多い。バスはすでに出発態勢にある。尋ねるとすぐに出るというのに、列を作る人たちは乗ろうとしていない。次の臨時便を待って座ろうというようだ。構わず私は、バスに乗り込む。20分足らずで蓑毛で降りたのは、私一人。他の方々はヤビツ峠から大山か丹沢の方へ向かうのであろう。
「下社・日向薬師→」の案内標識は、要所にしっかりとついている。さすが「表参道」への道。まずは大山から浅間山へ流れる稜線にのぼる。標高差350mほど。さほどの急斜面でもなく、ところどころで舗装林道をわたる。途中に「大山詣り 蓑毛道 下社→」と、古びた標識がある。母娘であろうか、60くらいの方と若い方を追いこす。「下社までしか行けないかもしれない」と気弱なことを言っている。45分ほどで稜線に出た。稜線沿いの先に浅間山があるのでそちらに足を延ばす。5分ほどの小高い萱の山頂にあったのは、通信用の大きな鉄塔とそれを取り巻く金網の柵。見晴らしもまったくない。木に括りつけられた「浅間山」の小さなプラスティックの表示板は色が褪せ、一部が壊れている。もう誰も振り向かないようだ。
稜線に登ったところから大山へ直登するルートもあるが、「表参道」へ向かう。等高線に沿って山体の中腹をぐるりと回る水平動を30分ほど辿るとガリガリガリと機械音が聞こえてくる。渓向こうの稜線をみると、何棟かの建物がみえる。ケーブルカーの終点なのだろう。やってくる中年の男がいる。すぐそばの分岐から大山へ向かうという。じゃあ、「表参道」はこの分岐から登るのかと思うが、とりあえず下社をみておこうと、私は阿夫利神社下社にすすむ。ケーブル駅わきの下社の境内は降り立った人でごった返している。社の雰囲気はなかなか荘厳な感じがあるが、拝礼するような落ち着いた気分になれない。パスして、鳥居から(奥社があると思われた)階段を上る。すごく急な石の階段は、上り下りの二列になり、左右の脇と中央に手すりがしつらえられている。小学生になったばかりの長男と少し小さい次男を連れた若い母親が、その石段の手すりにつかまりながら、ゆっくりとのぼってゆく。私もそのあとにつづく。だが、私の下から来た若い人たちが苛立っている。そこで私は、左へ寄ってごめんよと言いながら親子を追いこし、ずいずいと上へすすむ。若い人たちはワイワイ声をあげているが、追いついては来ない。200段くらいあったろうか。
だが上に奥社はない。「当社は加賀の白山神社と関係が深い」と説明する表示があるだけ。そのまま大山へ向かう「表参道」になっているのだ。10時少し前。蓑毛から歩きはじめて1時間20分ほど。境内にいた人たちよりも多くの人が、登っている。日曜日とあって、3歳くらいの小さな子を連れた親子連れ、ジャージを着た中学生の一団、大学へ入ったばかりという若い男女の集団、職場の新人歓迎登山らしい一群。年寄りはほとんどがペアか単独行。ところどころの踊り場で一息つき、あるいはベンチに腰を下ろし、おしゃべりをしている。いいねえ、若いってのは。それに春、天気は晴れて空は青い。そうか青春てこういうことかと、我がふる年を思う。
結構な急登もある。小さな石を踏んだり、大きな岩をつかむ登りも、階段も木道もある。摑む医師が苔生していたりする。途中の踊り場に「富士見台」と名づけられ「富士山の眺望がよい」と記されていたが、西の空は雲が起ちあがり遠方の山はまったく見えない。小さな石柱の里程標式があり、番号が振ってある。登り口の鳥居わきに「一町」があり、山頂の鳥居の脇には「第二十八町」がある。とみていたら、「でもね、十二町が二つあるんですよ」と、60歳ほどの男性が話しかけてくる。折あるごとに大山の登っているという。と突然、「あっあっ、〇〇さん」と声がかかり、そちらの人とやりとりが始まる。もう山頂なのだ。
すぐに小さな社があり、そのさらに奥に「奥社」がある。だがそちらの境内もところかまわず、人が座ってお昼にしている。とても拝礼するような気分になれない。まだ11時だが、空いているベンチに座ってお昼を取り出す。食べていると「ここ、茶店のお客しか使えないのかね」と言いながら、人が通り過ぎる。後ろを振り返ると、なるほど茶店があって、「とん汁」などを販売している。でもいまさら、場所を移すわけにはいかない。居座って食事を済ます。目を下の落とすと、伊勢原市の町並みが広がり、その先に太平洋がみえる。東をみると、江ノ島も見えている。そうか、こんなに海に近かったんだと気づく。そういえばこの大山は、船乗りたちのランドマークであったと、何かの本で読んだ記憶がある。丹沢山塊の東の端に、あたかも単独峰にように三角形の山体をしているのは、わかりやすい目印になったであろう。
雑踏を避けて日向薬師への下山路へ踏み出す。11時20分。コースタイムは2時間15分。道は水たまりがあり、木道が敷かれている。表参道との間の谷は、一部が崩落ちして、地面が剥き出しになっている。そこにシカの足跡がついている。丹沢のヤマビルを広げているのがシカだと、どこかで聞いたことがある。 私も6月から10月の間は、丹沢の山を避ける。ただ登山道を歩いているだけで、ヤマビルが足元から這い上ってきて、血を吸われるのではかなわない。ヤマザクラが美しい。ミツマタの花もなかなかのものだ。タチツボスミレがほとんどだが、ヒナスミレだろうかフモトスミレだろうか、白い花をつけたスミレもある。調子よく降って、驚くほど人が休んでいた見晴らし台も過ぎ、標高681mのお地蔵さんのある分岐にくる。12時23分、ほぼ1時間下っている。じつは、「分岐」というのは国土地理院の地図の上でだ。ここから日向キャンプ場方面への下りが地図上では九十九折れの急斜面になっている。ところが直進する稜線に沿うルートは、傾斜が緩やか。下り苦手の山の会の人たちを案内するには、そちらの方がよかろうかと思ったから、「下見」をしておこうと考えたわけだ。でも、そちらの方への踏み跡に入り込むところには、折れた木を倒して「通行するな」と塞いでいる気配がある。まあ、でも「下見」だからと踏み越える。
地図を見、高度計の標高を読みながら、稜線を辿る。653mの地点で二股に別れる。ときどきスマホを出して、セットしておいた地図とGPSの現在地表示を照合する。踏み跡はほとんどみえない。古い網の柵が倒れている。ところがいつのまにか、ルートを外れている。標高は515m。こりゃいかん。もう一度653m地点に戻り、今度はスマホをみながら稜線を先へと詰める。490m地点でヘアピンカーブの林道と合流するはずだ。標高505mで、下の方にガードレールがみえる。ここだここだ。スマホのルートとGPSの位置もぴったりあっている。ところが、あと10mほどの高低差を降るところが崖になっている。小さな灌木は生えているから、下の様子を見ようと、ぎりぎりまで気につかまりながら進んでみるが、最後の5mくらいをつかまるところがない。ヘアピンカーブのどこかに降りられないかと西側と東側のぎりぎりまで、落ち葉で足をとられて滑りそうになるのに注意しながら、行ってみるが、やはりあと5mが降りられない。結局、元の「お地蔵さんの分岐」に戻ることにする。上ってみると、結構急な斜面、倒木と落ち葉に爪先をかけ、足裏をぺったりとつけて滑り落ちないようにしながら、這い登る。戻ったのは13時40分。ほぼ1時間20分「下見」をしたことになる。
お地蔵さんの分岐からの九十九折れは思っていたほど急斜面ではない。しっかり踏まれたジグザグは緩やか。足元も歩きやすい。30分ほどで九十九折れを抜け、日向薬師バス停からの舗装林道に降り立つ。そこから約2kmほど。山吹が花をいっぱいにつけている。ヤエザクラやウコンのサクラが満開。野イチゴの白い花も、ちょっとうれしい。道路わきに車が止まっているのは、ここに車を置いて、大山を往復している人たちであろう。河原では、バーベキュウをしている若い人たちが何組もいる。山歩きなどしなくても、こんなところで愉しむこともできるんだね。
「日向薬師15分→」というのが、左へ向かっている。ええっ、地図では直進してバス停のはずなのに……と思いながら、でも行ってみる。上から中年の2人連れが降りてきてすれ違い、「こんにちは」と挨拶をする。散歩をしている地元の人らしい。日向薬師の駐車場の人にバス停の場所を聞く。すると、今やって来た道を指さす。ええっ? そっちから来たのだよというと、医者に行くよりこっちへ行った方がいいよと妙なことを言う。駐車場の下の日向薬師を抜けると急な階段があって、そちらは怪我をする人が多いから、戻って、「直進したらすぐにバス停だ」というのだ。まったく、なんて標識だと思うが、日向薬師を抜けて降るルートを選ぶ。なるほど標高差が100mちかい下りの石を踏む階段は、全部が自然石、凸凹を右へ左へ選びながら下る。石は苔生していて滑りやすい。降って広い道に出たところで、先ほどの中年のペアに出逢う。「早かったねえ」と感心した様な声をかけてくれた。
バスは、日曜日とあって便数が多い。平日は1時間に一本あるかないかなのに、1時間に三本もある。乗っている人も12、3人もいる。いそいそと伊勢原駅に向かい、急行から快速急行に乗り継ぎ、5時半には家に着いた。あの「下見」がなければ4時には帰り着いたわけか。でも、面白かったと、今日の大山詣でを振り返った。
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