2017年9月30日土曜日
なぜ「愛」を語るのか
コルム・トビーン『ブラックウォーター灯台船』(伊藤範子訳、松籟社、2017年)を読む。幼いころに亡くなった父、その父を看病するために力を注いだ母、その間、預けられた祖父母の家で過ごした弟との記憶。そして一つひとつの「記憶」がわだかまりを持ち、自分の生き方に見極めをつけさせる小迫力を持ち、母と同じ生き方はすまいと、首都の暮らしを築いてきた主人公が、弟の病気をきっかけに祖母の家へ行くことになり、母とも再会し、「わだかまり」をぶつけ合う。弟の友人二人を間に挟んで、寂びれた祖母の家で明らかになっていくコトゴトは、人生を振り返る「思い」のすれ違いと哀切さに満ちている。ここには「家族」しか描きこまれていないけれども、私たち人間が、こうした「かんけい」に生きていることを、あらためて想い起させる。
2017年9月28日木曜日
政局という余所事
国会が解散したそうな。「国民の生活と子どもの未来を守るために・・・」と安倍首相が演説している。だったら解散なんかしないで執務に邁進しなよと、正直思う。「安倍政権の安定と未来を守るために・・・」と言い換えた方がよいかもしれないと思うが、それにしても、いま解散はヘンだ。
2017年9月27日水曜日
今日は働き過ぎ
昨日から越後駒ケ岳に登っていた山の会のメンバーから「無事下山、越後湯沢駅で祝杯をあげています」とメールが入った。よかった。はじめての避難小屋どまりということで、寝袋とガスやコンロを持ち込み、水を汲みに行って食事も全部自分たちで賄うという、(参加者にとっては)なにもかも初体験の山であった。直前に私が「化石人間」になっていけなくなってしまったが、すでに準備をしていた他の人たちが、自分たちで行ってくる、となった。kwmさんという60代半ばの女性をリーダーにして、参加者たちで(相談して)準備を整え、レンタカーも予約して実施した。
2017年9月25日月曜日
「迷子散歩」
昨日(9/24)は久々の晴天。しかし気温も26度ほど、湿度も低く、日陰に入れば涼しいくらい。やはり2時間くらい散歩に出た。首から下げた双眼鏡は使うことはなかったが、わが家から北へ向かって高木の林になっているところをたどり歩いた。ときどき広い道路に出て、自分がどっちへ行っているのか、どちらへ行こうかと迷うことがある。去年までなら日差しのつくる影と時計をみて方角を察知し、この近辺の大きな図柄を思い描いて、進む方向を決めた。今年はスマホを出してGPSでチェックする。去年までの方が「散歩」というイメージに近くスリリングだなあと思う。そうか、ふらりふらりと「森」をたどって1時間余歩き、(はて、いま、どこにいるのかな)というときにスマホを出して居場所を調べ、帰りの道を探るとすればいいのか。「迷子散歩」だね。まだ認知症にはなっていないが、それの予行演習みたい。そう考えると、それはそれで面白そうだ。次回からそれでやってみようと、つまらないことを考えていた。
2017年9月23日土曜日
いかにもいかにもの秋分の日
たしかにまだ肩にはむゅぎゅむぎゅとした「痛み」のようなこだわりがあり、腕も大きくは動かせないのだが、昨日までと違って能くなっている感触が広がる。気温もぐんと下がり過ごしやすい。
2017年9月22日金曜日
魂という容れ物のなかを〈私〉が出入りする
昨日一昨日と二日間、やっと寝床で夜を過ごすことができた。夜中に一度か二度、「痛み」に目を覚ましたが、肩口に薄くジワリと広がる痛みの感触を感じながらもすっかり寝入ってしまった。良くなっているのだ。朝起きると「痛み」も目覚めるが、前夜よりは軽くなっているかなと思える。医者のいう二週間になろうとしている。今日は検診の日。手を上げ下げ動かして、どこまで痛みが和らいでいるかチェックしていた医師が「あれえ、関節炎でも起こしているのかなあ」と、まだ残る痛みに不審を懐く独り言をつぶやく。「痛まない範囲でね……こうして」と腕を前後に振る動作を教わる。リハビリらしい。こうして、「痛むかなと思ったら呑みなさい」という「痛み止め」を十日分、「まだ先が長いからね」と湿布薬を4週分もらって、「一ヶ月後に診せてください」と言われ帰ってきた。
2017年9月20日水曜日
まるごとの存在を直感する生物的核
今日(9/20)の朝日新聞「折々のことば」に戸井田道三のことばが取り上げられている。
《わたしには「生きがいを求める」というのがどうもうさんくさい気がします。いのちを軽んずる心が隠されているからです。》
2017年9月19日火曜日
使わなければ錆びる
昨夜やっと半分、横になって寝ることができた。体を起こしているときはそれほどでもない痛みが、横たえると熱を持ち広がるように思える。半醒半睡の状態で朝を迎える毎日であった。昨夜も同じ予感を抱えて、しかしリクライニングチェアではなく、寝床についた。痛みを強く感じて起き上がったりまた横になったり何度か繰り返して、5時間ほどを過ごした。そのあと夜中に、リビングのソファに横になってタオルケットをかぶってから楽になり、5時間ほど眠った。久々に「寝た」と思った。
2017年9月17日日曜日
痛みのかたち
9/15に「化石人間」と軽口を叩いていたのは、医者の注射によって痛みがやわらげられていたせいでした。その日は割とよく寝られたのですが、昨日は一日、痛みに苦しめられていました。痛みばかりか左腕が動かせなくなり、物をつかむこともできなくなりました。衣服の着脱もできません。吊り下げている左腕の筋力が落ちてしまったのかもしれません。夜になると、とても寝床に身を横たえることができず、起きているもならず、書斎のリクライニングチェアに身を預けて一晩を過ごしました。医者はステロイド剤を使っているので注射は一週間おかねばできないと、坦々と話します。
2017年9月15日金曜日
化石人間になるか
9/11に医者の診察を受け、痛み止めの薬を呑んできたが、痛みが治まらない。14日にまた診てもらった。今少し強い痛み止めを処方してもらう。午後「ささらほうさら」の月例会。腕の吊具は外していたが、終わって会食に行くときに、手を貸してあげるといい場面で、私は手を出せない。周りの人たちは不思議そうな顔をして私をみている。仕方がない、吊具を出して装備する。こうしてやっと、「どうしたんだ、それ」と訊かれることになった。
2017年9月13日水曜日
感情の発露
昨日雨の中、自動車の75歳・高齢者講習を受けに近くの自動車学校へ行った。70歳の時と違い、一組6人しか講習を施せないらしい。ただ事前に行った「認知症検査」を受け、ある点数以上の人しか同席しないから、状態がおぼつかない人はいないはとまるってこと。運転を見ていても、さかさかと教習所内の道路をすすむ。前を走る免許取得中の教習性に車に較べたら、かくしゃくとしている。教官は何かを言わなければならないからか、一時停止の仕方が甘いとか指摘する。乗っている私からすると、えっ、ちゃんと止まったじゃないかと思うが、「一時停止というのは3秒」と重箱の隅をつつくようなことをいう。そしてこう続けた。道路交通法が厳しくなって、「75歳以上の人が違反をすると、認知症検査を受けなくてはならなくなる。その上講習を3時間も」と、いやなことをくり返す。(俺の方がお前さんより偉いんだ)と誇示したいのだろうか。力関係を意識しないではいられない世界を生きてきた人は、往々にしてこういう権威をひけらかす。ああこの人も、かつて警察官であったか(と思った)。
2017年9月12日火曜日
流言飛語の真実性(2)具体的な実存こそ原点
「事実は実存に介在されて現実世界をつくる」というのは、子どもが自らの裡に何らかの法則性をつくりだして言葉をつかうことに関係している。このブログ(2017/6/17)で広瀬友紀『ちいさい言語学者の冒険――子どもに学ぶことばの秘密』(岩波書店、2017年)にふれたが、この本で小さな言語学者がどういう冒険をしているかを考えてみると、彼らの実存在の(体験)一つひとつを集約して何がしかの文法を構成している。向き合う相手から発せられる「ことば」の「事実」だけが吸収されているわけではない。実存在の関係を通して「現実世界」をかたちづくっているのである。どうしてそういう作業を行うのか。同語反復のように思われるかもしれないが、文法をかたちづくることが自己の実感的認知であり、自己の実存在を確かなものと感知させる作用をしているのではないか。つまりそれこそ、human natureの然らしむるところであって、まさに自然(じねん)だということができる。
2017年9月11日月曜日
五十肩? と思ったのに・・・女々しい、と。
とうとう医者に行った。一週間ほど前から、左肩に痛みがある。夜寝るときに左を下にして寝たせいで、筋肉痛を起こしていると思っていた。割と空いていた山小屋だったから、窮屈にしてそうなったのではない。たぶん長い時間横になっていて、ごそごそとあっちへ向いたりこっちへ寝返ったりと体を動かしていたからそうなったと、思い込んでいた。家に帰ってからもまだ、痛みがつづく。二度目の五十肩だろうか。医者に行こうと思ったのは一昨日。だがすでに土曜日。今日の月曜日を待つほかなかった。
流言飛語の真実性(1)事実は実存に介在されて現実世界をつくる
ウイリアム・バウンドストーン『クラウド時代の思考術』(青土社、2017年)に、いくつかの面白い(アメリカでの行動経済学者と経営学者の)調査結果が報告されていた。
(1-1)(アメリカ)国民を五分の一ずつに分け、それぞれの五分位階級が所有していると思う資産のパーセントを記してもらう。
(1-2)上記と現実のパーセントの差を示す。
(1-3)理想的な配分はどの程度かを訊ね、それぞれの五分位階級に割り振ってもらう。
2017年9月8日金曜日
希望は自然に任せる白馬岳とは? (3)枠に収まらない子どもたち
「他人事ですが……」と書いて済ませては、「希望は……」というメインのタイトルとどうつながるかわからない。もう少し踏み込んで考えてみよう。
日野皓正のイベントにおける中学生の逸脱は、スウィングした結果であった。それ自体は、「場」の醸し出した雰囲気に過剰に適応したものともいえるから、「逸脱」とはいえ、「場」の運びや手順を狂わすかもしれないが、ぶち壊すものではない。だからその中学生は、後に謝罪し、その親は叱りつけてくれたことに感謝の言葉を述べたのであろう。そういう意味で私は、日野自身もスウィングし、「既定」の運びを壊すスウィングを一緒に愉しんでやればよかったのにと、外野からヤジを飛ばしたわけだ。だがこれが、このイベントそのものを壊す悪意を持ったものであったら、どうだったであろうか。
2017年9月7日木曜日
予報の当たらない奥多摩むかしみち
今日(9/6)の奥多摩の天気予報は「一日中雨。降水は1mm~2mm」であった。昨日チーフ・リーダーのAさんに問い合わせると、「落石のところもあるが、この程度の雨なら大丈夫と観光協会。実施します」と元気のいい返事が戻ってきた。どんなところか知らないが、「むかしみち」か。ならば雨も風情があろうと、雨着に傘までもって家を出た。出るときは雨。
2017年9月5日火曜日
希望は自然に任せる白馬岳とは? (2)他人事ですが……
昨日お昼を食べるときにTVをつけたら、日野皓正がジャズイベントで中学生の髪をつかみビンタをくれた「もんだい」を取り上げていた。たぶん観客の撮ったであろう映像を見せる。全体を収めているから一人一人の人物は小さく、表情や細かい動きはわからない。舞台いっぱいに、7,80人の中学生がそれぞれの楽器を持って座って広がるステージの左上隅の方でドラムスを叩いている一人の中学生がいる。舞台前方からそこへ足を運んだ日野が後からスティックを取り上げて、放り捨てて元の位置に戻ろうとするが、当の中学生は手でドラムスを叩きつづけて、やめようとしない。日野は、今度は他の中学生のあいだを縫って前から当の中学生に近づき、はじめ髪をもって揺さぶり、ついで手でビンタをくれた。ほかの舞台上の中学生は日野の動きを注視しているようであった。このイベントがどういう趣旨で、どう準備されて行われたか(たぶん事前に説明はあったのであろうが)、そこは聴き落としている。コメンテーターのやりとりを聞いて、少しずつ補った。
2017年9月4日月曜日
希望は自然に任せる白馬岳とは? (1)
白馬岳から帰って山行記録を書く段になって、頭に浮かんだタイトルが「希望は自然に任せる白馬岳」でした。どうしてこんなお題にしたのか。「記録」を読んでみても、まったくそれに触れた個所はありません。なんとなく、山を歩きながら私の胸中に漂っていたもやもやを言葉にするとこうなるなと、直感したからでした。どういうことだったんだろうと、後づけながら考えているところです。
2017年9月2日土曜日
第28回 36会 aAg Seminar ご案内
皆々さま
意外と涼しい日々が続いています。お変わりなく、元気にお過ごしのことと思います。
さて、Seminarの月がやってまいりました。今月の講師は、藤田-k-敏明。お題は「文化はどう受け継がれているか」。
昨年7月のSeminar「私たちの戦後71年」で、戦後がどう受け継がれてきたかを概観した講師が、今度は人類史に視線を移して概観してみようと意欲を燃やしています。
文化人類学や各国の地誌的な社会調査も、いまやずいぶん奥地や辺境にまで及んでいます。人間社会に関する調査ばかりか、動物学や植物学、生物進化学、分子生物学にいたるまで、この地球上の生物がどのように誕生し進化を遂げ、あるいは滅んできたのかを、良くも悪くも子細に明らかにできるようになりました。
さらにまた、近年の工学的なテクノロジーの発展によって、生きている人間の脳の活動を微細に観察することも可能になり、脳科学が、心理学や哲学分野の論題にまで踏み込んで、実験や観察を飛躍的なするようになっています。これまでの人文科学や社会科学と自然科学分野をまたがる研究や考察が飛躍的に成果を上げています。
それにともない、これまでまったくの専門家の専門分野と思われていた領野で、あらためて「論題」を考え直す機会が生まれ、それぞれの専門領域で明らかと思われたところを再評価・再吟味する研究も、進展しています。
それらの先端部分を掻い摘んで、好奇心の任せるままに渉猟し、まもなく人生を終わる私たちの「文化」がどう生まれ来たり、どう受け継がれていくのかを概観してみたいと思います。むろんいうまでもなくご承知のように、わが身から出発する起点だけは外すことなくすすめますので、下世話な話に堕してしまう可能性もあります。皆さんのご発言、ご介入でお助け下さいますよう、お願いします。
◇ 2017年9月30日(土) 15:00~17:00
会場:昭和大病院入院棟17階AまたはB会議室
(品川区旗の台1-5-8、最寄駅:東急池上線・大井町線「旗の台」駅すぐ。地図は下記URL)
http://www.showa-u.ac.jp/SUH/access/index.html
◇ 講師:藤田-k-敏明…………お題:「文化はどう受け継がれているか」
※ なお、Seminar終了後に会食を予定しています。予約の関係もあり、Seminar・会食の参加のご連絡を下記事務局にくださるようお願いします。
*************** 予告 ***************
★ 2017年11月26日~27日 第29回seminar、講師:大賀吉弘くん、
お題:現地体験:「お伊勢参り」
★ 2018年1月27日(土) 第30回seminar、講師:三宅健作くん、
お題:「海外企業異文化の経験」
★ 2018年3月31日(土) 第31回seminar
講師:文野藤八郎くん、藤川田津子さん、浜田守くん
お題:「わが古稀の五年を重ねてSeminar満五年を振り返る」
以上
意外と涼しい日々が続いています。お変わりなく、元気にお過ごしのことと思います。
さて、Seminarの月がやってまいりました。今月の講師は、藤田-k-敏明。お題は「文化はどう受け継がれているか」。
昨年7月のSeminar「私たちの戦後71年」で、戦後がどう受け継がれてきたかを概観した講師が、今度は人類史に視線を移して概観してみようと意欲を燃やしています。
文化人類学や各国の地誌的な社会調査も、いまやずいぶん奥地や辺境にまで及んでいます。人間社会に関する調査ばかりか、動物学や植物学、生物進化学、分子生物学にいたるまで、この地球上の生物がどのように誕生し進化を遂げ、あるいは滅んできたのかを、良くも悪くも子細に明らかにできるようになりました。
さらにまた、近年の工学的なテクノロジーの発展によって、生きている人間の脳の活動を微細に観察することも可能になり、脳科学が、心理学や哲学分野の論題にまで踏み込んで、実験や観察を飛躍的なするようになっています。これまでの人文科学や社会科学と自然科学分野をまたがる研究や考察が飛躍的に成果を上げています。
それにともない、これまでまったくの専門家の専門分野と思われていた領野で、あらためて「論題」を考え直す機会が生まれ、それぞれの専門領域で明らかと思われたところを再評価・再吟味する研究も、進展しています。
それらの先端部分を掻い摘んで、好奇心の任せるままに渉猟し、まもなく人生を終わる私たちの「文化」がどう生まれ来たり、どう受け継がれていくのかを概観してみたいと思います。むろんいうまでもなくご承知のように、わが身から出発する起点だけは外すことなくすすめますので、下世話な話に堕してしまう可能性もあります。皆さんのご発言、ご介入でお助け下さいますよう、お願いします。
◇ 2017年9月30日(土) 15:00~17:00
会場:昭和大病院入院棟17階AまたはB会議室
(品川区旗の台1-5-8、最寄駅:東急池上線・大井町線「旗の台」駅すぐ。地図は下記URL)
http://www.showa-u.ac.jp/SUH/access/index.html
◇ 講師:藤田-k-敏明…………お題:「文化はどう受け継がれているか」
※ なお、Seminar終了後に会食を予定しています。予約の関係もあり、Seminar・会食の参加のご連絡を下記事務局にくださるようお願いします。
*************** 予告 ***************
★ 2017年11月26日~27日 第29回seminar、講師:大賀吉弘くん、
お題:現地体験:「お伊勢参り」
★ 2018年1月27日(土) 第30回seminar、講師:三宅健作くん、
お題:「海外企業異文化の経験」
★ 2018年3月31日(土) 第31回seminar
講師:文野藤八郎くん、藤川田津子さん、浜田守くん
お題:「わが古稀の五年を重ねてSeminar満五年を振り返る」
以上
希望は自然に任せる白馬岳(2)ご褒美のライチョウに出逢う
白馬山荘は驚くほど大きく、ゆったりと作られている。白馬尻小屋と経営者は同じだ。ゆったりという印象は、混雑シーズンではない天気のよくない平日だったからともいえる。広くとった廊下、この山荘が明治時代につくられた経緯を記した「資料室」、自炊室もトイレも広々としている。受付棟も、大きなレストランの独立棟もある。なにしろ18人しか泊まっていなかった。もっとも収容800人という額面通りに人がやってくると、とてもゆったりとは言えないかもしれない。「国有林借地8000平米余」を記載した表示も掲出してあったから、創業以来白馬村などに貢献してきたことや支援を受けてきたことが考えられる。医療機関や気象観測の拠点にもなっているから、遭難救助などにも出動しているのかもしれない。大雪渓を上っているときに、ここのバイトが終わった人と休暇をもらって下山しているスタッフに出逢ったが、ルートの様子などを教えてくれた。また食事の世話をしていたスタッフはコマクサの自生地がどのあたりか、今咲いているのはどのあたりなどを五竜岳周辺にまで及んで話してくれた。暇を見つけては歩いているようであった。食事も、白馬尻小屋と比べてちょっと手間暇をかけているように思えた。
2017年9月1日金曜日
希望は自然に任せる白馬岳(1) 大雪渓と岩場とお花畑を踏破する
月が替わった。空気が冷(ひや)い。一昨日からそうであったと、話しを聞いて知った。じつは昨日までの三日間、山へ行っていた。
白馬岳。名前のやさしさと美しさに評判の、ほぼ3000メートル峰のひとつ。一度は上ってみたいと、山の会の方々にも言われていた。一昨年の北岳同様に、二泊三日ならば高齢者にも何とか行けるだろうと踏んだ。私は(何度か登った覚えはあるが)大雪渓は歩いたことがなかったので、それを入れて組んだ。ところが、猿倉に泊まるよりは一日目に白馬尻小屋まで上って、そこで一泊した方が楽なんじゃないかとkwrさんに言われ、さらに中央線の特急でいくより長野までの新幹線を使ってバスでアプローチする方が時間的にいいんじゃないかと修正提案もあって、変更した。それが良かった。
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