2017年11月6日月曜日

沖縄本島とやんばる――人と遊ぶ慈愛


 石垣島から飛行機に乗って1時間で那覇に着いた。10月31日、夕方のこと。私にとっては20年ぶりだったが、浦和より大きい街だと思った。高層ビルが林立し、道路の立体交差が際立つ。それともうひとつ、飛び交う軍用機やヘリコプターがやけに目に着く。レンタカー屋が繁盛している。聞けば、鉄道がないから(観光客は)車のレンタルによって足を確保しているそうだ(鉄道がないというが、モノレールが那覇中心街まで走っている。モノレールは鉄道と言わないのかな)。空港の到着階の外側にレンタカー屋の受付をするデスクが並び、つぎつぎとやってくるお客を「会社」まで運ぶバスが来ては消えていく。交通のターミナルが船の外は空港だけだから、こういうことになるのだろう。


 那覇の街中の宿に向かう。チェックインしてシャワーを浴び、夕食に出かける。夜8時から予約をしていたという。Tさんの仕事上の「接待」で使うお店だと、あとで知った。Tさんは60歳代の後半、私の末弟と同じ学齢。大手住宅関係の会社を経営している。「現役」というのは、やはり若々しい。今回の旅全部を企画し案内してくれている。この日の夕食も彼の「接待」だったのではないかと思うほど、贅沢なものであった。夕食後に彼は島唄のライブに私たちを招待するプランであったのだが、私ともう一人の野鳥の専門家は(夜遅いのが苦手とあって)ご招待はカミサンたちに任せて宿へ引き返した。夜遅く帰ってきたカミサンたちは「面白かった」と元気であった。

 翌朝、那覇市内の「漫湖水鳥・湿地センター」にナンヨウショウビンが来ているというので立ち寄った。6日前に確認されたが、それ以来一週間の視認はない。結局このときも見つけることはできなかった。ここを中継地として、もう旅立ったかもしれないと話をしていた。豊見城市の三角池(第一遊水地)をのぞいたのち、高速道路を使って移動し、金武町の田んぼと水路にいるサギやシギチドリを見て回り、青少年用のスポーツ施設のある公園でお昼をとってから、やんばるへと向かった。そうそう、石垣島でもそうであったが、沖縄本島でも毎日、うるさく鳴く蝉の声を聴きながらの旅であった。東京は寒気に覆われ、最高気温が12、3℃と言われているときにこちらは、最高気温が夏日を越え、半袖で過ごすことができるほど。秋とは名ばかりの暖かさであった。

 沖縄の高速道路は、島のほぼ半ば、名護市の許田まで通じている。そこからは東シナ海沿いに島の最北端・辺戸岬を結ぶ国道を走って国頭村に入る。入ってすぐ左へハンドルを切り、比地大滝キャンプ場で車を止め、入場料を払って中へ入る。比地大滝までの遊歩道が沢沿いにあり、深い森の中を歩く。もう3時近い。いたるところに「ハブ注意」の標識が立てられている。ここで、アカヒゲとノグチゲラをみせようとTさんは考えていたようだ。「このあたり」とTさんのいうあたりで、アカヒゲらしい影を見たが、じっくりとは見えない。「いたっ」と後で声が上がり、暗い林床を指さす。と、左から右へ何かが飛ぶ。目をやると、朱い色と一部の黒い色が目にとまる。見据えようとするとすぐまた、下の方の渓の草付きへと姿を消した。アカヒゲの雄だ。ここの収穫はこれだけだった。1時間ほどで切り上げる。

 辺戸岬へ向かう国道58号線に戻り、さらに北上。与那から東へ道を逸れる。ほんの50mほど先にも「安田→」の標識がある。旧道を通って太平洋側へ抜けるのだそうだ。くねくねと曲がって標高をあげフェンチヂ岳を過ぎて、新道と合流する。道は伸びた草に覆われかけていて、あまり通る人がないことを示している。秋口に本土を飛び立ったサシバの越冬地になっているようで、何羽か姿を見る。Tさんは「怠け者だね。多くは台湾やさらに南へ渡るというのに」とつぶやきながら、のろのろと車をすすめる。止める。道路にアカヒゲがいる。今度はゆっくりとみる。カメラにも収める。Tさんはノグチゲラを探しているようであったが、それを見ることはできなかった。

 5時半ころ安田港近くの民宿に着き、荷をおいて周辺をひとめぐり案内してくれた。オオコウモリをみせようという腹積もりであったのだが、港周辺の道路があいにく工事中。重機が入り、工事関係者が出入りしていたせいか、いつもコウモリがぶら下がっているはずの木々には、なにもいない。やっと一頭が飛び立つ。海辺に出て橋を渡って宿に戻る。暗くなった橋の上では釣り糸を垂れている人の姿を見かける。「今晩の夕食を獲ってんのよ」とあとで宿のおばさん。Tさんのなじみの宿だ。中庭を挟んで平屋の宿泊棟と母屋が向き合い、入口と反対側に風呂やトイレ洗面台がとり囲む形の簡素な造り。フエフキダイの煮物など家庭料理が並ぶ。一泊二食付き5000円というのも、破格。でも、この気温もあって、気持ちよく休むことができた。そうそう、私たちの外に一人いた宿泊客と夕食で一緒になった。彼が那覇空港を降り立った直後の漫湖でナンヨウショウビンを観てきたというので、話しがヒートした。三角池にも足を運んだという。環境科学の研究者だそうだ。あとで話し込んだTさんが、翌朝、私たちの車のあとをついてくる彼について話してくれた。Tさんにとってこの地は、やはりピンポイントでどんな鳥がいるとわかる掌というわけである。

 早朝5時に起き、5時20分に車で出発。夜明け直前のヤンバルクイナを観ようというわけ。そろそろ車を走らせる。ポイント近くに来て夜明けを待っていると、向こうから一台車がやって着て通り過ぎる。いやな予感。しかも、ポイントにはすでに一台車が止まっている。Tさんの感触では、これもバーダーのようだ。夜が明ける。クイナの姿は見えない。Yさんは一回りしてして来ようと、車を走らせる。二度目に通りかかったとき、「いたっ」と声が上がる。その指さす方を見ると、縞模様の入った「何か」が草叢に走り込むのが見えた。「みえましたか?」とTさん。つい、「みえました」と応えはしたが、果たしてこういうのを「みた」と言っていいのかどうか。このあと、もう一度昨日通過した旧道へ行ってアカヒゲを観て宿に戻り朝食にした。何羽も見たがいずれも雄であった。

 Tさんは国頭三種をみせようと考えている。あとはノグチゲラだ。那覇への帰途もう一度比地大滝キャンプ場へ足を運ぶ。今日は高校生がバス二台で来ているようだ。ほかに幼稚園の名を記した小型のバスも駐車している。入口を入ると、高校生のひとグループにネイチャー・ガイドが説明をしている。この人たちより先へ行かなければ鳥は観られないかもしれない。ところが、昨日Tさんが「このあたり」といったところで、ノグチゲラが飛び出して大木の幹にとりついた。「いましたよ」というTさんの声に目を向けていると、もう一羽が飛び出してきて別の幹にとりつく。双眼鏡を目に当てていると、さらにもう一羽が飛び出してきて幹にとりつく。都合、三羽もみてしまった。

 そうだ、この日立ち寄った「国頭村森林公園」でアカヒゲの雌をみた。体色は少し朱が薄く、黒いところがない。公園は広く、深い森になっており、炭焼き小屋のあたりはヘゴの木やヤシのような木々が立ち並んで、まるで熱帯林にいるようであった。何種かのセミが喧しく鳴き、陽ざしが強かった印象が残る。だがTさんは先を急ぐ。ナンヨウショウビンを現認しようというわけ。途中昼食をはさんで那覇に戻り、さっそく漫湖の脇にかかるとみよ大橋の上から干潟と湿地をのぞき込む。マングローブの葉は大きく緑緑していて鳥影を隠している。干潟にいるシギチドリや上空をときどき飛来するミサゴはしっかりと見える。Tさんがセンターまで足を運び、その後の視認と場所を確認してくる。だが潮はだんだんと満ちてくる。見えていた干潟の大部分が海になって、断念した。だが鳥観の方々はこの後さらに、三角池に立ち寄り、飛行機の許す時間ぎりぎりまで鳥を観るについては貪欲でありました。

 こうして、Tさんの案内による石垣島・沖縄本島に旅は終わったのだが、空港で「最後の晩餐」をとったときふとTさんがぽつりと漏らした言葉は印象的でした。「鳥を観ると言っても、誰とどんなふうに観てまわるかが、肝心なんですよね」。Tさんのサービス精神は、ここに起源するのだ。鳥の生態を摑み、それと一体化するMさんの神髄に加えて、人と遊ぶことへのTさんの慈愛の心もちが、今回の旅の根柢を流れている精神だと腑に落ちる思いがした。

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