2019年1月12日土曜日
心とは何か
松原仁『AIに心は宿るのか』(インターナショナル新書、2018年)を読む。著者は人口知能学会会長を務めるなど、その道の専門家。ことに将棋のソフト開発では最先端を歩いてきた人のようだ。レイ・カーツワイルがAIの急速度の発展によって社会の大転換をもたらす技術的特異点・シンギュラリティが2045年頃にやってくると予言して以来、AIは人類の敵か味方かとまで論議は広がる。あるいは、AIと人間とがハイブリッドに融合して、いずれ21世紀には人間は無機物になると予測するAI学者もいるようになった。
物事が大げさに取り沙汰されるのは、時代転換の支点をクローズアップするから、それはそれで面白いのだが、人間の方がはたして「本体」であることをどれほど保持できているかと問わねばならない地点に来ているとも思える。こうも言い換えられようか。ゲームに夢中で飯を食うことを忘れてはいないかと、誰かがきちんと問う局面をもっていないと、面白うてやがて悲しき人の性ってことになるのではないかと、私は心配している。
砕いて言うと、こういうことだ。AIの研究者が開発を進めるのは、その分野における人の性。そうしないではいられないのだから、それを止めることはむつかしいと思う。だが、人の社会は、そのような研究者のためにあるわけではない。それらを利用することをしても、「暮らし」の関心は別にあるし、「暮らし」の意味はもっと別な地平にある。社会は人びとの営みがつづけられるようにすることにある。「暮らし」のベースを整え、安心して先を見通しながら暮らせる場を整える。これが公共の福祉というものだと、ローマの昔からセネカという哲学者が言って来た。それを私は、「本体」と名づけた。
ところが社会の仕組みは、「暮らしの本体」からかけ離れて、金融資本的なゲームに振り回されている。「本体」を一番心にかけるべき国家の為政者もそちらのゲームに夢中で、そのゲームに勝てば「本体」もよくなると(本気でそう思っているのか、そう言って人々を惑わしているのかよくわからないが)、そう言いふらして舵取りをしている。忘れられているのは、ふつうの庶民だ。この高度消費社会の日本で、飯が食えない子どもたちまで輩出しているのは、どこかがおかしい。それを気にも留めないのは、心を失っているからとしか思えない。
本書の著者・松原仁は、一昨年来、最年少プロ棋士として評判になった藤井聰太を「AIネイティブ」と名づけ、彼の戦法とAI将棋ソフトとの一致率が高いと指摘、AIを恐れることなく共進化していくことを、持ち上げる。つまり、人がAIをうまく使いこなすことをイメージしている。だが、それはAIが「こころ」をもったことなのか? 人の考えなかった戦法をAIが採用してプロ棋士が驚いたという話は何度か耳にした。それは、戦うときの人の、不安や懸念や畏れや恐れという傾きを、まったく違った視点からとらえて、意に介せず応じるAIの大局観が発揮された場合であるのだが、それはAIが「こころ」をもった結果なのだろうか。読んでいる私からみると、そうした膨大なデータの処理を超高速に行って繰り出す手を「大局観」と読み取っているのは、人の心ではないのか。
心とは何かと、何度かこれまでの人生で考えてきたこともある。とりあえず私がいま抱いている概念は「こころは(実存にまつわる)関係のセンサーである」ということだ。ゲームという、ルールによって枠組みが定められ、王将をとると勝つことが定められているゲームとでは、対する相手の手との「関係」が浮かび上がる。相手を観ているのか、手を観ているのかと問えば、AIは間違いなく手を観ている。「関係」はその限りに限定される。だが人は、なにをするか、どう生きるか、なにがしたいのかしたくないのかから問いを発し、自ら応えを出していかねばならない。そうするのが、自由な人の「生きがい・生き方」であり人生である。その過程における(意識・無意識を問わず)多数の人との「かんけい」を感知・関知して、自らの身の置き所を定めていくセンサーが、「こころ」。はたしてAIは、そのように世界を見てとり、自らのありようを思い定めることができるのであろうか。
AIは、たしかに人の能力を上回る情報の処理力を持ち、ビッグデータを読み込んで、目的に適う最良の道筋を選び取る判断をするであろうが、それを「こころ」をもったように読み取っているのは、読み取る人間ではないのか。もし情報処理という知的力だけが人と人との関係で唯一尊重さるべき力だとしたら、松原仁の知見も、広い幅をもっていると受け容れることができると思う。だが、人は知的力だけで「暮らし」ているわけではない。まして、「暮らし」の意味は、知的であるかどうかだけに規定されるものではない。AIというよりも、それにまつわる人間の世界観が問われている。そう思った。
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿