2019年5月14日火曜日

混沌を描き出す本


 いま読んでいて、投げ出したいと思っている本がある。ウィリアム・ギャディス『JR』( 木原善彦訳、国書刊行会、2018年)。図書館から予約簿人間な届いていますというメールがあって、取りに行った。JRって何の本か? 副題をみると「FAMILY OF COMPANIES」と見たとき、えっ? 旧国鉄一家の本? と思っちゃったね。ま、アメリカの企業群とその資本をもつ人々の話ではあるのですが。


 投げ出したいというのは、何とも読みにくいからだ。いや、文体そのものが難しいのではない。平易な、話し言葉が何人もの登場人物の口から、飛び出してくる。その場に居合わせれば、「おいおい、ちっとは黙って話を聞けよ」というであろうし、じっさい冒頭に登場する話を持ち込んできた弁護士は、対する女性たちに「聞いてください」と繰り返す。話を聞いている女性たちが、弁護士のことばに触発されて口を挟むごとに、もののみごとに登場人物が置かれている立場と関係と置かれている環境と、ここまでに至った諸事情と、それが移り変わっていく様子が浮かび上がる。書き手からすれば、一つひとつ薄皮をはがすように繙かれていくというであろう。だが、繙かれていくというほど、ヤワではない。丹念に読み解いていかねばならない。それは、くたびれる。つまり、ありとあらゆる、登場人物にかかわる諸状況と諸現象と書環境が、会話を通じて記述され、それが、だれがどこで、何に向かって発話したことかを想定して読まなければならない。いわば、他人が存在することにつきまとう混沌の海が、どんどん目の前に展開し、そこに目を凝らして、読み解くという努力を要求してくるのだ。まるで、昔読みかけて投げ出したジェイムズジョイスの「ユリシーズ」を読むような、驚きがつづく。1時間に、それでも、何十ページかを読みすすむことはできるが、なんとこの本、900ページほどの2段組み。末尾の「解説」にあったのだが、本書の朗読版もあってそれは何と37時間46分もの長さだという。

 そうだ本書は、混沌の海だ。人が実存するということがもつコトゴトは、言葉に表したとしても、そう簡単に読み解けるものではないと、読む者に知らしめるようである。まして、その人々がまつろう「かんけい」が物語りをかたちづくるということを、作家がやって提示してくれるのではなく、読者がやるのだとしたら、文字通り混沌の海から物語を紡ぎだすことになる。その作業の半分を担う覚悟がなければとても、読みすすめられない、と思っている。

 明日は山へ行く。終末にはseminarがある。来週には、「通常総会」がある。とてもじゃないが、腰を据えて本を読んでいる暇はない。期限切れで道半ばにして返却しなくてはならない。ま、こういう「面白い本」もあるのだとわかったところで、勘弁してもらおう。

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