2019年5月21日火曜日
民間信仰には身の習いが詰まっている
聖観音堂の話をもう少し続ける。お堂のなかに閻魔様と奪衣婆と十王が安置されていることは、はじめに書いた。msokさんの十王の話が面白かった。十王は地獄の審判官。wikipediaは「人間をはじめとするすべての衆生は……」と書き始めている。とすると「衆生」というのは「生きとし生けるもの」という意味なのだ。私は、ガツンと頭を殴られたような気がした。そう言えば輪廻は、蟲にも仏にも生まれかわる。wikipediaが万物を一視同仁にみているとは思いもしなかった。
生きとし生けるものは、没後に「中陰」となる。そして初七日から七七日(四十九日)、百か日、一周忌、三回忌と十回、十王の裁きを受けて、閻魔様の前に引き出される。その十回が、じつは、罪障軽減の機会だという。これは知らなかった。生前の十王への祀り、中陰のときの死者を祀る生者の祀りようも、罪障軽減の目安にもなると。
「これは、死後の社会保障だね」と皆さんで笑ったのは、お寺さんへ功徳を積むことを意味していると理解したからかもしれない。だがここには、アジア的というよりも日本的とでもいうような、赦しの感覚の痕跡が刻まれている。
wikipediaの解説によれば、《『地蔵十王経』中には……文章も和習を帯びるなど、日本で撰せられたことをうかがわせる面が多分にある》そうだ。弧状列島に暮らす人々の究極のところにおいて赦しを施す感覚、そうしないでは生きとし生けるものへの共感の土台が廃れてしまうと感じる島国の共同感覚のアイデンティティが見受けられる。
このお堂は、昭和57年に改築されたという。1982年、いまから37年前だ。そのときの奉加帳とでもいおうか、誰それがいくら寄付をしたという記録が一枚の大きな扁額に記されて、お堂の側壁に飾られている。msokさんの話では全部で560万円ほどかかったそうだ。3000円から20万円まで、たくさんの人の名前が記載されている。檀家とでもいうのであろうか。20万円というのは、このお堂の堂守りを担ってきた10戸の方々。ちょうど日本が1人当たりGDPで米国を抜いてジャパン・アズ・ナンバー・ワンになったころではなかったか。とすると、560万円という金額はそう驚くほどではないかもしれない。でも、あの時期に、かつての尾ヶ崎村・聖観音堂再築のためにお金を出そうという人たちがこんなにいたことに、やはり驚く。
ここでは年に一回、聖観音像の御開帳があるそうだ。お堂の祭壇の正面、縁側の先には賽銭箱を置き、お参りに来た人が鳴らす鰐口とその緒が垂れさがり、そこから二間ほど先に高さが二メートル半ほどの柱が立つ。この柱には、観音様のご利益とお頼み事と感謝の御礼が記されている。午の年に建て替える習わしがあるらしく、その作成年も記されている。聖観音像の御開帳の日には、この柱から撚り紐が観音様まで渡され、この柱に触ることで御利益を賜る習わしが、今も続けられているそうだ。長野・善行寺の御開帳の報道で、私も観たことがある。こうした信仰は、私たちの身の裡の何を象徴してるんだろうとひとしきり考えてみたが、わからない。
ただわが身に収まっている長年の(習俗の)堆積が、撚り紐がほぐれるように関わる人に啓示をもたらし、ひょいと意味を表す。辿ってみると、人と人とのつながりであったという「暮らしの実感」を、すこし外部に立ってみてとるような面持ちになる。それが宇宙を意味する三千世界の3000円になり、毎年の、あるいは改築の奉加金につながっているように思えるのかもしれない。
まさに彼岸、死者の世界を遠近法的消失点として、わが身を大宇宙に位置づけてみる思いがするのであろう。
わが身の無意識に刻まれた外部に出逢う、貴重な機会であったとわが友msokさんに思いをいたしている。
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