2019年5月16日木曜日

いかにも丹沢設え――大室山・加入道山


 藤野駅で拾ってもらって、道志の湯の先の登山口に向かう。陽ざしが降り注ぐ。「良かったねえ、晴れて」とkwrさん。昨日(5/15)のこと。予報では9時から12時までは「晴れ」だが、その前後は「曇り」。降水確率も30%と少し上がっていた。「いや、晴れてるというより、変わり方が早まったんじゃないかな」とことばを返す。8時50分には歩きはじめていた。


 道志の湯の登山口には「横浜市有道志水源林」とあり、その頭に「林野庁認定水源の森百選」と権威付けしている。名水百選は聴いたことがあるが水源林百選は初のお目文字である。少し登ると「水源林記念植樹」の看板があった。それによると2年半前。道志村と横浜市の小学生が植樹の手伝いをしている。

 登山口の標高670m。今日の最高峰・大室山は1587m。標高差900mか。手前の加入道山1418mまでが一気の登りだから、標高差は700mと踏んだ。道志川を挟んで北側に並ぶ赤鞍が岳(朝日山)まで上った時の標高差も700mではなかったか。これはきつかった。身に堪えて忘れられない。その後の登りでも「あの時は……」と口の端に上る。

 明るい広葉樹の中低木が陽ざしを受けてトンネルをつくる。先頭を行くkwrさんは「こんな上りならいいやね」とご機嫌。ちょっと早いかなと思うペースだ。でも昔の竈炊きのご飯と同じ、はじめちょろちょろ中ぱっぱだと、地図を想い起して連想が飛ぶ。つい先日、「日本三百名山一筆書き」の田中陽希がこのルートを上って丹沢の山々を縦走する放映をみた。そのときには、加入道山への登りには岩場があり難儀していたようであった。昭文社地図にも、白石峠との分岐に出る手前のところに[危]のマークが付けられて、「通行注意」と記されている。

 樹林の下草はよく刈り取られ、枯木と枯葉が降り積もる。シカ柵の扉を開いて中へ入る。どっちが中でどっちが外かは、じつはわからない。でもたぶん、シカの住まう世界へ踏み込んだのだと思う。チゴユリがある。フタリシズカやマルバスミレ、キクザキイチゲやアズマイチゲが花をつけ、足元にサクラの花びらがちらほらと散っている。花筵というのだったか。ミツバツツジの濃い赤紫色が目に止まる。振り返ると、北の方の(菜畑山だろうか)山肌が濃い緑と薄緑の新緑に彩られて、少し靄がかかるようだ。天気が変わり始めているのかもしれない。そのうち、緩やかだが足元に石がごろごろし始め、あるいは道が崩れて新規にルートが設えられたり、ルートがえぐれて両側が壁のように起ちあがったりして、変化に富む。

 歩き始めて1時間20分ほどのところで道の分かれる小さな手書きの表示があった。斜面を直登する点線と迂回する白石峠への表示。kwrさんはこれを加入道山への分岐と思ったらしい、直登ルートの方へ進もうとする。そちらの方は「とにかく急」「ポールないと厳しい」「黄テープ追うこと」とボールペンで書き込みがついている。田中陽希はこちらの方を登ったのかもしれない。違うよ、白石峠との分岐はまだ先だよと実線で記された道を選ぶ。岩場はない。山体をトラバースする片側が切れ落ちて、滑りやすい。その先は、急斜面をジグザグに登る。緩いロープが張られているが、足の置き場がわからない傾斜だ。でも[危]というほどの感触はない。戻ってきて下るときになって、その危うさが少しは実感できる。

 白石峠との分岐に着く。1時間45分。ほぼコースタイムだ。「←加入道山0.3km、大室山2.7km」とある。この先には危ないところはない。kwrさんはホッとしている。キジムシロかな、ウマノアシガタかなと話す声がする。黄色い花がたくさんついている。上から降りてくる人に出逢う。大室山を往復してきたそうだ。ずいぶん早立ちしたのだろう。「加入道山はすぐそこよ。ガスコンロもってる? いや、もってれば、避難小屋もあるから。大室山まで行くのはタイヘンだよ。いや、足場が悪いんじゃなくて、ここが大室山かと思うとその先にまた、山頂があるからね」と、言って来たばかりの難儀を話す。広い山頂に到着。10時45分。出発して1時間55分。ちょうどコースタイムで歩いている。ベンチもテーブルもあって、少し下に避難小屋がある。

 桜が咲いている。下向きに花をつけているからミネザクラかなと思う。あとで調べてみると、ヤマザクラだそうだ。ミネザクラならもっと密集して花をつけるという。上るときに足元に散っていたのは、この花むしろだったらしい。ワダソウであろうか、オシベが開いて花びらに斑点がついたように見える白い花が一輪。「←大室山1時間」と標識が立つ。1時間20分というのが、昭文社のコースタイム。幅の広い稜線。よく歩かれている道らしく、見通しはよく踏み跡はしっかりしている。下りになる。途端に丸太を半分に切って設えた階段がある。手でつかむところがない。「こりゃあ、後ろ向きで降りた方がいいかも」といいながら、kwrさんは慎重に下る。オオカメノキの花が美しく迎える。前方に見える山頂は、ニセ大室山よと話す。地理院地図にも名前はない。1543mの表示があるだけのピークだ。これを先ほどすれ違った単独行者は「だまされる」といったのだろう。地図の等高線を読んでいないに違いない。

 南の丹沢の山々はいかにも奥深く、まさに重畳たる峰々を重ね、遠方になるほど、色合いは紫を帯び、ほのかに陽が差しているのが分かるが、いつしか雲が、その頭上に垂れ込めている。きちんと整備された木製の階段が現れる。これは、いかにも丹沢の山の階段だ。ちょうどこの稜線が山梨県と神奈川県の県境になる。だが一般に、この大室山は丹沢の山として紹介されている。私も当初は、丹沢自然教室まで車で入り、そこからこの大室山を経めぐるルートを考えていた。kwmさんが、それよりは道志の湯から登る方がアプローチが楽と変更を提案して、それを上ることになった。だが整備は、神奈川県が力を入れているのが分かる。もしこの木段がなければ、ずいぶんな急斜面を這うようにして上ることになる。昭文社地図には「木道あり、ブナ林」と書き込みがある。その通りに、バイケイソウの葉が大きく広がって、一面を覆っている。何かの調査中なのであろう、小さな検査ネットが張られて点在している。

 木道があった。双列になり、やがてひと列になる。案外、訪れる人が多いのかもしれない。振り返ると、歩いて来たルートの西側半分が雲に覆われている。犬越峠との分岐に来る。大室山は文字通り四通八達して、登山道がある。「←大室山0.3km」という表示に元気になり、軽快に歩く。

 山頂着12:05。登山口から3時間15分。コースタイムが3時間20分だから、上々。広く平らな山頂部は桜の木がいっぱいある。ミネザクラかと思ったが、ヤマザクラらしい、サクラの花がちょうど満開。「誰にも見られず、勿体ないね」とkwrさん。お昼にする。食べていると西から霧が巻いてくる。20分ほどで切り上げ、下山にかかる。「1時間20分加入道山→」の標識がヘンだ。来るときは上りなのに、「←1時間」だった。雲の中に入ったせいか、kwrさんの足が速くなる。バイケイソウが霧の中に浮かぶ。丹沢仕様の階段の下りになる。快調だ。見ている景色が、上るときとがらりと変わる。下るときにオッカナビックリだった丸太半分の木段もkwrさんは難なく上る。

 尾根の東側が明るい陽ざしに浮かび上がる。コースタイム1時間の前大室山まで40分できている。霧は深い。「いやくたびれたよ」と言いながら、kwrさんは加入道山で一息入れることもせず、先を急ぐ。白石峠との分岐を過ぎて[危]地点を通過する。上からみると、トラバース道がいかにも急傾斜だ。慎重に進む。斜めに傾ぐ道は不安定だ。

 水場を過ぎてやっと、滑り落ちる危険のない、パッパの道が終わる。そのうち、上りのときにちょろちょろと思った落ち葉の積もった道に出て、シカ柵を抜け、目に青葉が飛び込んでくるようになった。奇妙な格好のアカマツの大木にも目が行く。最後の沢を渡す木橋を通って登山口に着いた。14時55分。出発してから6時間05分。

 車を止めたところについてふと思ったのだが、今日の山行はとても快適で、トレーニング山行というほどではないと思った。どうしてなのだろう。「ひょっとして、トレーニングの効果が出てきているのかと思う」と話したら、鼻先で笑われた。行動時間でもない。標高差でもない。はじめちょろちょろ中パッパが、私の歩行感性に合っていたのかもしれない。あるいは、行く前には「危険なところがある」と気持ちに重圧をかけていたのに、コレということろもなく快適に上り下って来たことが、心の負担を取り除いて、軽快であったと実感させているのか。面白いトレーニング山行であった。

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