2017年3月10日金曜日

ミステリーの面白さとは


 マレーシア空港での北朝鮮の後継嫡男殺害事件に関して私の眼を惹いたのは、手早く空港の監視カメラをチェックして、北朝鮮籍の男たちを特定し、彼らの名前や政府機関での所属まで割り出した「情報把握」の素早さであった。むろんマレーシア警察だけがかかわったわけではなかろう。韓国情報部やアメリカの関係機関が情報提供をしたのかもしれない。つまり日常的に、どこに所属するだれがいつどこで何をしているかに目を光らせているシステムの存在に、いまさらながら目を瞠ったというわけである。


 これがマレーシアの話ではなく、日本でもそのようなシステムが作動しているというお話が、今野敏『アクティヴメジャーズ』(文藝春秋社、2013年)。それも単に「諜報活動」というだけでなく、「仕掛け」をしていく「アクティヴ」な情報戦となると、まさしく戦いになる。事態を複雑にしているのは、ひとのかかわりというのはギブ・アンド・テイクであるから、「情報」を引き出す側は「情報」を提供する側でもあることだ。その当事者担当の上司は、彼又は彼女が「なにを提供しているか」を知らない。つまり、「情報収集者」がこちらの重要な「情報を提供している」というスレスレハレンチに活動している現場をチェックできるかどうか。その局面では、担当者を信じるほかないという瀬戸際を迎える。さらに問題なのは、当事者自身が、自らが重要情報を我知らず提供して仕舞っているかもしれないという自意識をもてないことだ。そういうスリリングさが今野の作品の要をなしている。作者は、常に他者と向き合い、登場人物たちが一つひとつ丹念に自意識の他者性をチェックする過程を辿るように、読者に「情報」を提供していって、最終場面で解き明かしていく。そういう読み方をしていると、ミステリーの謎解きは、とどのつまり自分の謎を解くことに尽きるようになる。自分のわからなさがわかっているかどうか。じぶんの輪郭をつかみ取っているかどうか。それをいつも試されているような気がする。

 それに比べれば、北朝鮮の実行犯たちの忠誠心のあつさはミステリー作品ほどの意外さがない。でもこうやって世界各地に身を置いて、日々国家への忠誠を試されるようにして生きている人たちは、「ご苦労」なことだ。戦前の大陸浪人などの話を聞くと、とても今では考えられないような広い範囲に人脈を築いき、それを細かく丁寧に繋いでいるのに、感心する。それは一挙手一投足をもって「人と人とのかんけい」を構築していくネットワークづくりでもあるのだ。いま問題になっている日本の「共謀罪」法案が、どこに所属するだれをいつどのように対象にするかというとき、その担当者の「ご苦労」を楽にしようとしているのではないかと思えたりする。人のつながりを繋いでいくというのではなく、予測できることごとを十巴一絡げにして単純化しようという意味で法案作成がなされているのであると、それは翻って私たちの「かんけい」から人のつながりを取り除き、振る舞いを十巴一絡げに単純化させる作用をする。システムのなかで重要性を増す機械化が、ますます人を類型化して非道なものにしていくように思う。

 所詮、切り捨てられて顧みられない「アクティヴメジャーズ」たちのこと。非道も何も、端から人として扱われていない。そういったところを切り裂く筆致が今野敏に垣間見えて面白い。

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