2017年3月23日木曜日

さほひめに逢う奥武蔵稜線歩き


 《春の初めの歌枕、霞たなびく吉野山、鴬さほひめ翁草、花を見すてて帰る雁》と梁塵秘抄にしるされた「春」をみつけに、奥武蔵の稜線を歩いた。前日は、一日中の雨。それも久々に、道路に水たまりができるほどの降りであったから、晴れ渡る青空はまさに天の恵み。いそいそと小川町駅からバスに乗った。空気は冷えている。



 降り立った内手(打出)のバス停は、槻川に沿う山間の入口にある集落。川を渡った先、登山口までの緩やかな斜面に畑や田んぼが開け、農作業をしている人がいる。梅の花が集落を彩る*3737。フキノトウがすっかり伸びている。おや、もう桜が咲いている。キブシがさりげなく花をつけている。登山道に踏み込むとよく手入れのされたヒノキの林を登るが、明るい陽ざしが脚の運びを軽くしている。

 30分ほど上ると「七瀧大祓戸大神」の社がある。その脇に古いフジがまとわりついた大木が悲鳴を上げているように屹立している。アカマツの古木も木肌をざらつかせるようにさらしている。「あっこれって、シュンランですよね」と前方で話が交わされている。カメラを間近に寄せてシャッターを押したが、ピントがぼけてしまった。スミレが咲いている。葉に翼がないからノジスミレだろうか。わからない。二本木峠に着く。歩きはじめて1時間10分。12月に下見で歩いたときと5分と変わらない。いいペースだ。

 二本木峠のキャンプ場をみて愛宕山の下に着く。女性陣は愛宕山554mに上る。男たちは一休みをとる。「何もなかった」といって女性陣が降りてくる。木立に囲まれ見晴らしがなかったのだ。皇鈴山にむかう。いつしか広葉樹の落ち葉を踏んで歩く明るい稜線になる。ササの葉が生い茂った上が皇鈴山679m、今日の最高峰である。西の方に両神山がかすんで見える。20分ほど稜線をすすむと、見晴らしのいいピークに着く。小さな住居が荒川の左岸に密集して広がる寄居の町が一望できる。町の南の方、荒川の右岸に位置する大きな工場がホンダの工場である*3764。ふと後ろを振り返った誰かが「あっ、ここが登谷山だ」と声を立てる。山頂の隅にある木の幹に小さな木札に書いた山名が張り付けてある。なんとも質素というか、投げやりというか。

 「お昼はどうするの?」とkwrさんが尋ねる。「釜伏山でとりましょう。あと30分ほどです」と応じる。登谷山から少し下って舗装路に出る。車が行き来する。馬酔木がたわわに花をつけている。右手の斜面一面にソーラーパネルが張り巡らしている。「埼玉皆野発電所」と表示がある。山の景観としては、まったくの艶消しである。その先に、釜山神社があった。鳥居の脇の「狛犬」の首が落ちて下に置いてある。この地の狛犬は狼と謂われているのが、よくわかる。牙があるのだ。黄色の花をつけたミツマタがにぎやかだ。その脇にロウバイも黄色の花を開いている。釜山神社の本殿では「海四輝威神」と記した扁額が掛けてある。

 神社の裏を登り、降って、再び岩の連なりを上る。釜伏山の奥社に行く。その先に「展望台」があり、寄居の町を観ながらお昼にする。11時35分。下見のときとほぼ同じ時刻である。かたわらの枯れ木に4mほどの木の先に藁を丸めた束を縛り付けたのが、高々と立てられてある。「秩父の龍勢みたいだね」と誰かが言う。そういえば、この風布という土地には、秩父事件のときに吉田町から逃れてきた人たちが住み着いた記録があったと思い出した。その習俗の名残だろうか。「あれ、この黄色の花は?」と誰かが訊いている。「ダンコウバイよ」と応える声が聞こえる。やはり似たような黄色の花をつけているが、どこがどう違うか、私にはわからない。

 12時、歩きはじめる。舗装路をそれて塞神峠から山道に入る。落ち葉が積もる斜面を回り込むところで皆さんが立ち止まる。なになに? と尋ねるとカタクリがある。「あと一週間だね、咲くのは」と誰かが言う。みると登山道の通る斜面の両側全体にずいぶんたくさんのカタクリの斑の入った葉がある。「あっ、足元! 踏んづけてる!」と声が上がり、Aさんが飛びあがる。それほどたくさんの群落だ。「来週、寄居から登るといいね」とodさん。「エイザンスミレだ、これ!」と声が上がる。何輪かが花をつけている。近くにも同じスミレが花をつけている。仙元峠だ。石の方向案内柱が建てられている。「葉原峠」と書かれた文字面の90度方向へすすむがすぐに、行き詰る。文字面を背にした方向へ行くのが正解であった。

 長瀞川の植平集落へ向かう分岐もあり、その先に植平からやってくる峠もあり、ほどなく葉原峠の林道に出逢う。それを横切り大平山へ、再び斜面を登る。下見のときにどこでミスしたろうかと思いながら私は、先へ歩を進めた。大平山の山頂への踏路で道が分かれ、トラバース道へ踏み込んだのが、ミスしたいんだと分かる。大平山の山頂は、眺望もなく、ただのピークに過ぎなかったが、「小林山538.6m」と山名を記した小さな板が針金でつけられている。そう言えばこの山の下山口には「小林ミカン園」というのがあった。そうか、ここは小林さんちの山なのだ。

 スギ林の斜面をどんどん下る。下山中にまた、カタクリの群落に出逢った。ここでもあと一週間ほどのつぼみがついていた。舗装路の減算口に着く。梅の花爛漫であった。蜜柑が木に熟れたまゝ腐りかけてもいる。カンツバキが見事な花をつけている。ユズとミカンの葉の見分け方も教わった。ユズの葉は葉柄のところから小さな葉が出て、達磨のように二段になっているのが面白い。アーモンドの花と聞いて驚いた。一輪だけが咲いていたが、アーモンドの木が畑のようにして植えられている。橋のたもとにサンシュユが黄色い花をつけている。「あれっ? こんなに輪郭がしっかりした花だったっけ?」と思った。

 波久礼駅に着く。2時45分。歩きはじめてから6時間だが、まだまだ皆さんの脚は歩けそうな様子であった。標高差が450mほどだからですよとkwrさん。急な斜面がなかったからとotさん。76歳の健脚が続く限り、この会はやめられないと思った。

0 件のコメント:

コメントを投稿