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大月駅で富士急行線に乗り継いだとき、頭上には青空が広がっていた。電車が出発してまもなく車窓の右の方の高川山から覗き込むように富士山が顔を見せた。八合目から上あたりか、雪をかぶって端然、清楚にみえる。電車が都留市に入ってからに「進行方向左側をご覧ください。富士山が姿をみせます」と車内放送がある。乗客は一斉にそちらに目をやる。電線や電柱や住居などの向こうに富士山が三合目辺りから上をみせている。「あっ、あれが三ツ峠よ」という声に振り向くと、車窓の右側に通信の受送信塔を何本も立てた三つ峠山の頂が雪の気配を見せないで佇んでいる。
河口湖駅にはCLのOnさんが予約してくれたタクシー2台が待っていた。Onさんはタクシー代金の概算額が入った封筒を私に手渡して1台に乗るように言う。支払いでもたもたして時間をロスしないように気遣っているのだ。「箱根の噴煙が出て以来こちらに外国人客が多くなってねえ」とタクシーの運転手はご機嫌。東京からこちらに移ってきて仕事が楽になったという。英語が話せるらしく、フランスからの富士山登山客を成田まで送ったと得意げであった。タクシーで登山口まで20分ほど。標高1290m。すでに何台かの車が駐車している。装備を整えて歩きはじめるが、広い林道は雪が降り積もって、ほぼ全面が凍りついている。50mほど入ったところで、軽アイゼンをつける。
Onさんを先頭に最高齢のOtさんがつづく。「もう少しゆっくり」と後ろから声がかかる。それくらい先頭は調子がいい。木立の間を抜けて陽ざしが注ぐが、羽毛服を着ていても汗をかかない。いつもは元気のいいOdさんの歩度がゆっくりだ。日頃のお孫さんの世話で疲れているのだろうか。ひと休みして、体温調節をする。林道の脇に滑り止めの鎖を巻いたジープのような車が止めてある。山荘が近いのか。分岐に差し掛かる。先頭は上の山荘の方へ行こうとしている。違うんじゃないかと地図の確認をして、下の道をたどる。開運山と木無山の分岐に来る。右は曲がったところにあるテーブルとベンチへ向かい、岩登りのゲレンデの屏風岩を覗き込んでみる。三つ峠駅へ下る登山路が、さらに分岐している。上から降りてきた人たちが、その上を指して「眺めがいいわよ」と声をかける。向こうへ行きかける人がいたから、「そちらは下山に使うルートだから(行かなくていいんじゃないか)」と声を出す。開運山の頂へ向かう。
開運山の山頂1785mは、屏風岩のてっぺんにある。まあるく盛り上がった少し広い頂に、三角点がコンクリートに埋もれるように守られて頭だけを見せ、その先に周辺眺望の山名表示の銅板をのせたコンクリート台がある。「三ツ峠」という古い標識が立つ。11時27分。歩きはじめて1時間35分。ちょうどコースタイムだ。富士山が、山頂から広げる稜線の東から西の方まで、そして手に麓の町並みまでの全容をくっきりと見せている。「こりゃ、すごい」と声が出る。「あれ、山中湖ですよね」とOtさんが指さす東の端に湖面が光ってみえる。西湖も見える。目をあげると南アルプスと、その前衛の鳳凰三山が雪をかぶって一体になって並んでいる。さらにその右側にみえるのは、八ヶ岳。それを隠すようにニセ八と奥秩父連峰の稜線が北へと居並ぶ。今日の私たちの山歩きを歓迎するように空が晴れ、富士山をご堪能くださいと言っているようだ。北側には大きな電波塔があって視界を遮る。「これ、邪魔だわねえ」とMrさんが文句をつける。
富士山を観ながら、お昼にする。ついついついと小鳥が足元にやってくる。なに、これ? イワヒバリだ。おっ、2羽いる。馴れてるね。食べ落としを啄ばむ。なるほど餌付けされているか。おや、またあとから、2羽やってくる。お昼を食べる登山客の周りを経めぐっている。
や、やっぱり冷えるね、と立ちあがって下山の準備にかかる。12時。えっ、もう行くの? とMrさんが荷物をまとめ始めるころに、CLのOnさんはもう下る用意を終わって後ろを振り返っている。先ほどの屏風岩をのぞいたところに戻りさらにその先へ、歩を進める。展望台のように広い高台があるが、開運山ほどの見晴はない。さっさと通り過ぎる。雪が深くなる。踏み跡がつづいているから軽アイゼンがザクザクザクと心地よく食い込んで歩きやすい。樹林帯に入る。やがて落ち葉が多くなり、アイゼンが邪魔になる。ところどころ落ち葉の下に凍りついた雪があるので、外すタイミングが難しい。すぐ下に林道がみえる。
林道に入るがすぐにまた、林道をショートカットする道を「母の白滝→」の道標が案内してくれる。三度ほどその案内にしたがい、気づくと寺川沿いに歩いている。ジグザグの落ち葉の降り積もった少し広い階段道があり、急斜面を降る。砂防ダムがいくつかあって溢れた水が流れ落ちている。これが母の白滝? まさか。高度を下げる。急な階段から下を見ると、今度はダムではなく滝だ。滝壷の近くに鳥居が立っている。さらにすすむともう一段低いところに大きな滝があり、やはり鳥居がみえる。そこまで下り降り、見上げると大きなつららを下げ、一部の凍りついた滝が滔々と流れ落ちている。これが母の白滝だ。「木花咲耶姫の姑の云々って書いてあるよ」と誰かが滝の由来を読み上げる。なるほどそれで「母」というのか。
「あとバス停まで30分です」という声を聞いて元気が湧き、広い林道を上がっていく。「えっ、この林道を行くんですか。川沿いの道ですよ、マップは」と声が上がる。もどりはじめる。少し戻ると下へ下る踏み跡がある。そちらへ入る。だがこれも、方向が違う。じゃあ下へいくくだろうと落ち葉の積もる急な傾斜を踏み降りる。ルートはもっと下の川沿い。戻ろうかと声をかけるが、先頭のkwrさんはもうすでに、ずうっと下に降りて、声は届かない。川沿いの砂防工事をしている人たちを見かけて、そこまで下るつもりでいる。OnさんもkwmさんもOdさんも後を追っている。仕方なく後に続く。「こんなところ、降りられないよ」とMrさんが異議を申し立てるが、彼女の後ろを歩くOtさん以外誰も耳を貸さない。木立につかまって下っていたMsさんは木立が途切れとところから腰を下ろして、滑り台を滑るように落ち葉に乗ってずりずりずりと降っている。おっかなびっくり四苦八苦、Mrさんもあとにつづく。kwmが途中まで登ってきて、こちらの道が歩きやすいと案内をしてくれる。降り立ったところに左川沿いからやってくる道があり、その末端に「登山者専用通路」と記しているのが、皮肉な感じがして面白かった。「もうこんなところは、いやですよ」と降り立ったMrさんは愚痴っていたが、CLのOnさんはメールで「お陰様で事故もなく、美しい富士山を堪能でき、最高の1日でした。下山のトラブルもスリリングな体験で、今は忘れられない思い出が一つ増えたような気がしています。」と「冥途の土産」ができたことを喜んでいた。
工事地点からわずか10分ほどでバス停、待つことなくやって来たバスで河口湖駅に着き、今日の山行は終了した。そうそう、新宿へバスで帰ろうとOnさん、Otさんとは別れたが、Otさんが戻ってきた。女性のOnさんは乗ったのに(席は空いているのに)「男性は乗せないって言われたよ」と。どうして? 「霞が関(カントリークラブ)の仇を河口湖(両距離バス)でってわけだね」と茶化す。
「河口湖駅を15時10分のバスに乗り、新宿駅16時56分着。今赤羽駅にいます。バスもいいなーと、新しい発見があった日和見山歩でした。」と、これまたOnさんからのメール。電車はのんびりと走り私が帰宅したのは6時半ころであった。
「日和見山歩でこんな雪山を体験できるなんて」と、富士山の展望台・三ツ峠山を満喫する一日でした。
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