2017年5月19日金曜日

法曹世界はいずれAIに預けて


 きのうの「ささらほうさら」の勉強会は、「争族にならぬための一考察のその後」。講師はnkmさん。昨年9月に遺産相続をめぐる家庭裁判所の「調停」を素材にして、話しをしてくれた。今回は、その後の「始末記」。これを聞いて、昨年のレポートがよく分かった。

 あらましを振り返っておこう。亡くなったのは高齢の女性Aさん。幼稚園を経営し歌手もしていたという闊達な方。入院して癌治療を受けていた。そのときに「自筆の遺書」を作成し、実家の弁護士に預けていた。家庭裁判所で「検認」を受け開封したら、夫のBさんへの遺贈分がなく、幼稚園への寄付とAさんの兄弟姉妹への遺贈だけ。それを知ったBさんは、遺産相続の訴えを起こすと同時に、「遺書」の無効を訴える裁判も起こすことになった。「争族」の誕生である。


 9月にひとつ腑に落ちないことがあった。どうしてAさんは「遺書」を書いたことをBさんに知らせていなかったのか。なんとなく夫婦仲が良くなかったことはわかるが、それにしてもと考えたのだ。だが今回、「実家の弁護士は、最初、離婚したいと相談を持ち掛けられていた」のだそうだ。だが、先が見えている病状で入院しているのに離婚を(争って)成立させるのはむつかしいと考え、「自筆の遺言」を書くように勧めたという。ところが、法的な「遺留分」についての基本も抑えていない「遺言書」では争いは避けられない。

 のちに「調停」にあたった調停員を務める弁護士から
「では、この遺言書を預かっていたあなた(実家の弁護士)は中身について指導したのですか。」
  と問われ、
「しなかったです。」と応え、
「していれば、こんなことにならなかったですよね。ただ預かっていただけではだめですよ」
 と叱責を受けている。

 お粗末というほかない。nkmさんの話では、実家の家業についての弁護活動はしていたが、離婚や相続については扱っていなかったという。ええっ、そんなことで弁護士が務まるのか。夫Bさんについた弁護士は、相続などを専門に扱うやり手だったらしく、手を変え品を変え、家裁の調停員が指摘する「論点」をクリアすべく、書面を訂正し、事項を修正してさかさかと対応したらしい。これでは太刀打ちできない。だが、実家の弁護士は「なぜか」遺産相続執行者の立場に座り、争族の「被告側」の弁護士にはならなかったそうだ。いったい弁護士ってのは、そんなに簡単に中立的な立場に立てるものなのだろうか。結局ほかに弁護士を頼んで、コトは進んだ。

 家裁の調停が「できるだけAさんの遺言書の気持ちを尊重しながら、法的な規定にしたがって話し合いましょう」と仲立ちをしてくれたから、「始末」がついたのだが、Bさんはそれすらも不当ということで、「遺言書無効の訴え」を起こしたわけであった。ただ、これ以上長引かせると費用も掛かってしまいますよとBさんをなだめて、家作などの不動産、国債の所有分、預貯金の相続財産の一覧を作成して、法的に規定された遺留分である相続財産の半分をBさんの取り分とし、残り半分の1/8ほどを兄弟姉妹が受け取り、7/8をAさんの経営していた幼稚園に寄付するというかたちで収まった。兄弟姉妹の方に金銭に対する執着がなかったことが、解決を容易にしたと言える。

 だが驚いたのは、そのあとの弁護士への支払額だ。兄弟姉妹の方の弁護士への支払いが418万円余だったときいたとき、ええっ、どうしてそんなに高額になるの、と思ったものだ。nkmさんの説明では、扱う遺産額によって弁護士費用は変わるそうだ。だが、調停にせよ裁判にせよ、場合によってはほとんど弁護士任せにしてしまうことが多い。立ち会う裁判官も法曹界の人だと考えると、原告も被告も、調停する弁護士も、裁判官も、皆法曹界の人ばかり。その彼らが、一、二回の口頭弁論の後に「調停」を奨め、双方の言い分を聞いた後で、「まあこのあたりで決着をした方がよろしいでしょう」と頃合いを見計らって、法的な規定に基づく配分と亡くなった方の「ご意思の尊重」を提示して、決着させている。そうして、高額な報酬を手にする弁護士。何だか、法治国家というのは、かれらエリートたちの生活保障に使われているんじゃないか。

 nkmさんは話の最後に、全国の裁判所の数とか、民事などの訴訟件数のデータを、早口であげていた。裁判所は598カ所、裁判官の数は3008人、一人が担当する件数は1年間に200~350件。東京家裁は建物の6F~12F全部が「調停」などに使われる部屋、ほぼ毎日全部の部屋が素早い回転で用いられているのだそうだ。しかもその利用経費などは、原告被告が負担しているという。争いごとに国家が仲介して治めるというのは、律令以前の昔から共同体において行われていたのであろうが、すっかり法治国家になってしまって後は、システムを利用するために弁護士費用を支払っているような気がする。でもつまるところ「法の規定」にしたがって治めるのであれば、近々それらはAIに任せて、経費を節減できるようにした方がいいのではないか。そんなことを思ったね。

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