2017年5月22日月曜日

戦後の後の女一代記(下) お金の呪縛から解放される


 さて、Seminarのご報告を二回にわたって記してきました。ちょうど私たちが社会人になって現在に至るまでの、経済社会の中心に焦点を当ててsnmさんの55年ほどをたどったわけです。口を挟む方にも、それぞれの人の持つ、家族や、男や女に対するイメージや、お金に関する観念が混在して、踏み込むとなかなか多岐にわたって、己の戦後過程をたどるように思え、感慨深いものがありました。そのいくつかを拾い出して、書き留めておきましょう。


 Seminarが終わって会食に移る騒然としたなかで、どなたかとどなたかが言葉を交わしていました。

「いまNHKの朝ドラでやってるひよっこってあるでしょ。あれと一緒よ、私たちは」
「そうそう、昭和41年でしたっけ、あれは」

 昭和36年に高校を卒業して、すぐに就職した人たちもいましたが、大学へ進学した人たちが就職したのは、昭和40年とか41年でした。ドラマの「ひよっこ」は高卒後に東京へ就職した人たちが主人公ですから、私たちより5歳わかい。つまり、団塊の世代のトップランナーたちです。日本が高度経済成長へ向かっているさなか、定時制高校に就職した私の初任給は24000円。私が廊下に落とした「給与明細票」を拾った生徒が届けに来て、「こんなに安いのかよ。教師を辞めて俺の会社に来いよ。10万円だよ」と勧誘を受けたことをよく覚えています。インフレの進行に給料の改定が追いつかず、1970年のころにはボーナスがど~んと来て目を丸くしたことがあります。佐藤栄作や田中角栄が首相をしていたころです。でも私は、上から指図を受けることなくのんびり本を読んで過ごせる仕事がありがたいと思っていたので、毎年の給与改定を掲げる組合の方針に「ほどほどでいいんじゃないですか」と発言して、総スカンを食らっていました。

 話しはそれますが、私が教えていた定時制高校の生徒というのが、まさに新潟や福島、山形などから集団就職してきた「金の卵」たちでした。むろん中卒です。田舎に会場を設けて「地区PTA」というのを開くと、やってきた母親が「長男を高校へやれなかったから、娘を高校へ行かせるわけにいかなくて、就職させました。勉強の好きな子です。よろしくお願いします」と涙ながらにあいさつされて、言葉を失ったものです。彼らは四年間の定時制時代にお金を貯めて、半数ほどは大学へ進学していきました。私たちもそうですが、「ひよっこ」の主人公たちは(実家で高校を卒業しているのですから)、まだ恵まれた方だったと言えます。

 snmさんの「お金の話」がリアリティをもって伝わってきます。hmdくんは「snmさんは商才がある」と感嘆符をつけるように話していましたが、ほんのひと工夫、ふた工夫で、交換過程がお金を生み、それを蓄えておくだけでお金がお金を生む時代だったと言えます。ではhmdくんがいう「商才」とは何だったのでしょう。ひとつは、kmkさんが指摘していたように「岡山へ帰ってブティックをやったのが正解やった」といえます。snmさんが東京にいた学生時代にどのようにそれを磨いたのか興味がありますが、東京に四年間暮らすだけで十分、アパレル関係のセンスを磨くことになったのかもしれません。昭和36年から40年にかけては、VANやアイビールック、女性ではパンタロンとか、みゆき族やミニスカートの流行も見られました。つまり彼女が磨いたセンスが、当時はタイムラグをもって伝わっていた地方のブティック開業に、大いに役立ったというのが、kmkさんの見立てです。

 それにsnmさんの、問屋を介在させないで直に仕入れる、メーカーを開拓することが、利幅を大きくしました。「人の二倍働いて……」という構えは、私たちの世代に共通の「プロテスタントの倫理」です。さらに、着実に月々いくら貯めると決めてそれを貯金していくセンスが「商才」というものかもしれません。「節約」「倹約」の精神――ものを大事にする「もったいない精神」です。もちろん贅沢を知りません。

 時代はインフレ、預貯金の利息も7%~10%でした。7%だと複利計算で10年、10%だと複利計算すると7年で、預けていたお金が倍になります。「お金は借りない方がバカ」と言われていました。事業経営は、利益を次の事業につぎ込んで規模を大きくしていくのが面白いと言われています。だが、snmさんの商才は規模を大きくすることにこだわらなかったのが、良かったのかもしれません。鶏口となるとも牛後となるなかれ。小さくとも、自分の意思で取り仕切れる大きさを心得ていないと、ついつい大きく展開して行き詰ってしまいます。彼女の活躍時期と、日本経済の頂点にまで上り詰める時期とがちょうど符節をあわせていた。それを彼女は「幸運だった」といったように、私は受け取りました。TVの発達による「情報化時代」もすぐ目の前に来ていました。都会と地方のタイムラグも、まだ健在であったわけです。

 彼女はこだわっていましたが、ひょっとするとどなたかから「守銭奴」呼ばわりされたことがあるのかもしれません。だが「守銭奴」というのはお金を儲けることを指すのではありません。遣うのにケチでいぎたなく貯めることに執着するのを「守銭奴」と言ってきました。シェイクスピアの戯曲の登場するユダヤ人シャイロックのように、近代的な経済計算に徹している人を「守銭奴」と呼んでいたことがあるかもしれません。キリスト教やのちのイスラム教がいう「利息をとることは教えに違う」というセンスかもしれません。イスラム世界ではいまでもそうですが、でもいまは、出資している者たちが分け前を(出資に応じて)受け取ることは教えにそぐうと考えて、銀行業務などは欧米並みに展開しているのですから、今は昔の物語です。「守銭奴」と呼ばわるのは、お金を扱う人に対する嫉妬です。できれば自分にもそういう幸運が巡ってこないものかと思案しているヘイトスピーチです。

 経済計算ということでいえば、彼女は出入りをきちんと押さえれば、その間に貯まるものは貯まるという計算をきちんとしています。ご亭主が「だめなのよ、それが」というのは、出入りにこだわらず、「金は天下の回り物」という大雑把なとらえ方をしているのかもしれません。苦労知らずの育ちがいい人ってのは、えてしてそういうことに頓着しない。いつしか誰かが始末に走り回ってくれると、「周りの者」を信頼している、のほほんとしたところがあります。しっかりした会計係がいてくれて、かろうじて事業経営を続けている経営者は、たぶん、ごまんといます。それを、あれもこれも全部自分で取り仕切らなくてはならなかったところに、「女一代記」のすごさがあると思いました。

 途中から入室したmdrさんが「お金にしわい・強い女」というイメージで問いかけをくりだしたとき、「そういう文脈じゃないよ」と口を挟んだのは、お話を聞いた全体のイメージでは、お金にしわい」という雰囲気はsnmさんに微塵も感じなかったからです。むしろよれよりも、ご亭主の借金返済とは言え、貯めに貯めたご自分の財産を気前よく(なんでそれほどまでにして別れないのと質問が出るほど、別れもせずに)つぎ込んでいるというものでした。つまり、金離れがいい。お金の使い方を知っているというか、お金というものが天下の周りものだということを心得ているかのように、手放す。必要になれば稼ぐしかないという「天下の廻り方」を熟知しているような気配さえありました。

 なぜ別れないか。snmさんは照れて「気持ちがつながっていない」と決めていましたが、あとから矢継ぎ早に繰り出された質問に答えるうちに、ご亭主の人物像がだんだん描けるようになってきました。hmdくんが「魅力的だ」と言っていましたが、ご亭主の社会的な活動とそれへの評価、信用を保つというのは、生きていることの証のようなことです。snmさんは人というものが何もかも兼ね備えてオールマイティであるとは、ツユも思っていない。社会的活動に夢中でどこか抜けているところがあるご亭主の(愛すべき)見放せない人柄を感じているsnmさんが見えてきました。snmさんの人間認識のおおらかさといいましょうか、幅の広さはいまの時代にとても貴重です。自分自身が「見放せない」というのですから、ご亭主からすると、この上ないありがたい連れ合いってことになるでしょう。

 それら全体に共通して感じられるのは、古い言い方をすれば「連れ合い」「パートナー」の人格を自分とは別物だが、じぶんと切り離せない存在と認めることからはじまる。そのようにして二人の関係のおける自分の「位置」を定める。若いころに私は、自分のやっている社会的活動はカミサンも認めていることと思い込んでいました。1970年頃から2006年のころまで36年間、月に二回、土日に泊り込みで勉強会と機関誌の発行活動を行い、シーズンごとに合宿をし、全国を飛び歩いてきました。もうすっかり子供が大きくなったころにカミサンがぼそりと「あなたは私が保守的なのをいいことに(家事をすべて任せて)好き勝手してきた」といったのを聞いて、そうかそうだったのかと我が非を思い知ったことがあります。それまで私は、すっかりカミサンに依存して安穏と暮らしていたのですね。連れ合いとはいえ根底的なところでは「(お互いを)わからない」と知ることで、お互いのありようをそのままに受け容れることができるのだと、今にして思います。snmさんもそういったところに身を置いて、ご亭主をみているのだと思います。ご亭主もすっかりそれにおんぶしていると知らないわけではないでしょう。その「かんけい」が夫婦であり、kmkさんが言うように、年齢によって変わるものなのですよね。snmさん夫婦も「いいかんけい」なのではないだろうか。そう思いました。snmさんは、ご自分が稼いだ「お金」をご亭主の債務支払いに投入することによって、じつは「お金」の呪縛から解放されていたのかもしれません。

 「人に尽くす」とか「困っている人を見たら放っておけない」というのは、「利他的」として、人の倫理観の中の「不思議な」振舞いとみなされ、進化生物学の大きなテーマになっているほどです。snmさんの話を聞いていると、資本制の――お金を欠かすことができない社会では、snmさんの「利他的振舞い」が案外、生存戦略として一番有効なのかもしれないと思いました。

 後期高齢者に近くなると、お金の呪縛にとりつかれたままの人はうんと少なくなります。お金があってもどうにもならないだけではなく、それほどお金が必要ではないと思うからです。それよりも、お金にもそれほど頼らず、適度に人との行き来をし、おしゃべりをしながら元気に過ごすことのできる日常を幸せと感じる地点にやってきます。そんなことを具体的に感じさせてくれたSeminarでした。

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