2017年6月3日土曜日

風とともに生き、天とともにある――モンゴル鳥観の旅(2)


 前夜の夕食を済ませ、シャワーを浴びて床に就いたのは11時過ぎになっていた。ふだん9時に床に就く私としては異例の遅さだが、これが旅というものと思っているから、文句はない。しかもすぐに寝付いた。

 ★ 第二日目(5/25)

 朝5時に起きて、5時半からの朝探に出る。ホテルが林の中にある。目を覚ましたのも目覚ましというよりは、ポポポ、ポポポと鳴く鳥の声によった。カーテンを開けるとすでに明るい。日本と同じか。着替えて用意をしているとポポポの声が大きくなる。ふと外を見ると窓際にヤツガシラがいる。すぐに飛び去ったが、もうそれだけで、いざいかんという気持ちになる。


 早い方は5時前から外に出て歩いていたそうだ。ガイドのガナーさんも通訳のマヤラさんも出てくる。ngsさんが「何かをみたら声をあげてください」と皆さんに説明する。皆の眼で見てそれが何かを確認するという探鳥の作法。たいていいつもそのようにはするが、人の数が多いと、広く散らばってしまうから、皆さんでというわけにはいかない。そのうち、手近の何人かで「でたっ」「どこっ」「あそこ、ほら3本、木があるでしょ……」となる。それがこの人数だと「皆さん」は全員になる。ngsさんは全員にたくさんの鳥をみせようと、大変な心配りをしているのだ。私のような門前の小僧には、もったいない。空を何かが飛ぶ。「あっ、ワシタカ!」と声があがる。飛び方からするとトビではない。ガナーさんも見ている。彼は「ケストレル」という。私はngsさんをみる。ngsさんは図鑑をみながらマヤラさんと何か話している。ガナーさんも、彼の図鑑を指さしながらマヤラさんやngsさんにみせている。「アカアシチョウゲンボウです」とngsさんが口にして、歩きはじめる。

 林には、高さ5~7メートルほどのズミ風の白い花ばかりかウワミズザクラも咲いている。林の下は芝のような細く短い草が生えて凸凹している。牛の糞はそちらこちらに落ちて糞尿の臭いが漂う。戦争直後に身を寄せた田舎の懐かしさが身内に沸き起こる。ポポポ、ポポポというヤツガシラの声がひっきりなしに響く。飛び交うのはオナガ。カラスが声を立てて木から木へと飛び移る。コクマルガラス、ベニハシガラス、ハシボソガラス、いやミヤマガラスだよと言葉が交わされる。カササギが草の上をぴょんぴょんと動く。コ・コ・コ・コ・コ・コとスタカットのドラミングが聞こえる。どこかにキツツキがいるはずだが、緑の葉が生い茂って分かりにくい。ポポ、ポポ、ポポとツツドリの声が聞こえる。「これはヤツガシラじゃないよね」と言い交す。カッコウも鳴き出した。ムクドリがいた。ムクドリはこちらでは珍しい、とngsさん。そうか、土地によるんだ。スズメなど気にもかけない自分が、まったくの素人だと改めて思う。そういえば、空港を降りた時からドバトもたくさんいた。探鳥会では鳥の数に数えないから気にも留めなかったのだが、口にするとモンゴルではカワラバトといって数に数えるという。どうして? 日本では人が持ち込んで飼育し増えたものだけど、モンゴルでは固有種だから、と。なるほど、そういう鳥のとらえ方をしているのか。ngsさんは「単なるドバトとみないでください。尾羽に白い筋が入っているかどうか、よく見てくださいね」という。コウライバトというニューバードなのだそうだ。川沿いにはアジサシが飛び交う。「よく見てください。腹の黒いのが混じってますよ。クロハラアジサシ」とngsさんが声をあげる。あとで「あっハラグロだ」と誰かが言い、「それは、あなたでしょっ」と笑い返す言葉が聞こえる。「ルリガラだよ」と誰かが言っていたが、私はみることができなかった。結局、広い林地を歩く速さも観ているものも違ってきて、そちこちに人はばらける。朝日が林に差し込んで薄い靄が陽ざしに白く輝き、木の陰と見事なコントラストをなして美しい。こんなところに身を置いていることを僥倖だと思う。

 7時に朝食を済ませ、8時出発。今日は、ウランバートルの東に位置するテレルジ国立公園へ向かう。私たちのホテルは空港から20分ほど。あとでgoogle-mapで調べて分かったのだが、チンギスカーン空港はウランバートルの西15kmほどのところ。私たちの宿はさらにその西にある。だが、市内の交通渋滞はひどいから、トーラ川に沿って街の南側の山寄りを回り込んで、テレルジへ向かう。ホテルから約100kmくらいか。このトーラ川は西へ流れてオルホン川と合流し、北へ流れ下ってセレンゲ川としてバイカル湖に流れ込んでいる。川の長さも名前もわからないが、バイカル湖ときけば、それだけで「♪遥か~な~る ザ・バイカ~ルの~」と歌が響いてロマンティックになる。

 山の斜面には戸建ての瀟洒な住宅がある。金持ちが市内の空気の汚れを嫌ってこちらに移り住んでいるのだという。たしかにウランバートルの街は、スモッグに覆われて見通しが悪い。高層住宅が林立するせいかと思ったら、そうではない。周囲を(といっても半径何十キロという広さの)盆地につくられているから、風がないと空気が溜まる。ことに冬は街の北側に多いゲルで暖房のために石炭を燃やす。それが北風に吹かれて街の方に流れ込み、ウランバートルを覆ってしまうのだそうだ。だから政府はゲル住まいをやめて高層住宅へ住むように奨めているらしい。だが伝統的な暮らし方や貧富の差の広がりもあって、思うようにはかどっていない。どうしてビルが汚染対策なのか。市内にある四つの火力発電所から温水が配られて住宅の暖房などに使われている。その火力発電所では(たぶん)脱硫装置なども設えられているのであろう。だがゲルでは生石炭を燃やす。汚染がひどくなるというのだ。

 骨組みのまま放置された建築中のコンクリート製の低層ビルがいくつもあった。マヤラさんの説明では、中国資本の事業が、このところの中国の不況で撤退して、放置されているという。私は石垣島でみた光景を思い出した。コンクリート製の梁や柱がまだこれから増築しますよと言わんばかりに上や横に張り出している建築途上のような住宅だ。聞くと、お金が貯まるとその都度増築すると話していたなあ。モンゴルは地震もないから、そういうのもありだよなと思ったが、違うようだ。中国からの不法入国(残留)者も多く、偽装結婚をして滞在を正当化する事案もあったという。日本と変わらない。

 途中トイレ休憩でSANSARというスーパーマーケットに寄った。店内には入らなかったが、ツバメが飛び交い、ワシタカの仲間が飛来する。クロハゲワシ、チョウゲンボウ、ハヤブサ、と声が上がる。鳥ガイドのガナーさんはアムールファルコンといっている。なんだ、それは。聞くとアカアシチョウゲンボウだそうだ。えっ? 今朝、ケストレルって言わなかったっけ。それ以上聞く機会もなく、私もそれを忘れてしまっていた。いまメモを見ていて気づいた。ngsさんに確かめるのがご正道だが、どちらでもいいという気もする。

 鉄道が走っている。向こうから貨物列車がやってくる。北京からイルクーツクまでつながっている鉄道。アメリカのマイルトレインのように長い。osdさんが数を数えて80両以上あったという。もっと長かった、二両連結の機関車・重連だよとutdさんがいう。

 テレルジの町を見下ろす峠にクロハゲワシが2頭、棒の先に止まっている。紐で足がつながれている。観光用に手に乗せて写真撮影させるのだそうだ。もちろん誰もそれに目を向けない。その峠にオボーがあった。ちょうど山のケルンのように小石を積み上げ、中央に布を巻き付けたチベット仏教の祈りの旗をおいている塚。オボーには神が宿るとされ、天に近い丘や山の高台に設けられている。ガイドのマヤラさんの話では、時計回りに3回まわりながら願い事をして小石を三つオボ―に捧げるという。そこからテレルジの町(の一部と後にわかる)が一望できる。周囲の山はすっかり禿山にみえるが、川に沿って緑の林が広がって、いかにも保養地という感触が漂う。その外側に二階建ての建物が点在して、まだ新しい街の気配がある。このオボーからみると、むかしの日本でいう国見のように天から神々が見守っているような気がするのかもしれない。モンゴルの人の信仰のかたちが感じられる。同じチベット仏教といっても、チベットやネパールに感じるほどの宗教的執着心がモンゴルにあるようには思えない。どちらかというと淡泊な、風と共に生き天とともにあるとでもいおうか、広まりすぎて薄くなってしまったとでもいうような、汎神論的な天への信仰である。なんとなく無神論者である私の自然信仰の感触に近い。この峠でイナバヒタキをみるのに気をとられて、私はオボーまわりを忘れてしまった。

 峠から見下ろしたテレルジの町は、国立公園のほんの一部であることがバスがすすむにつれて分かった。トーラ川は水量が多い。ガイドの話ではモンゴルの人は魚を食べないのだが、この川でイトウを釣るのが流行りだとか。むろん釣ったらリリースしている。この川に沿ってのびる道路は、やがて岩山の連なる山肌をみながら走るようになり、いつしか川の本流をそれて山中に分け入る。「右に見えるのが亀石です」という案内を聞きながら通り過ぎ、さらに奥へと入る。大部分の道路は舗装されていない。冬に道路が凍ると危険だから砂利道のまゝにしているという。そういうことも、なるほど、と思いながら記憶にとどまっている。

 テレルジ国立公園の奥地にあるホテルUB2に着く。おや、ここへは来たことある、とまず思った。去年の野鳥観察の途次に立ち寄ってトイレを借り、周辺の探鳥をした。大型のバスが4台やってくる。韓国人の学生たち。ここに泊まって国立公園を観光をしているらしい。実際ここへ来るまでにも、いくつものツーリストキャンプやデラックスホテルを見かけた。去年はなかったように思うから、ここ一年でブームを迎えているというところか。ホテルの脇を抜け、川にかかる橋を渡って林に踏み込む。コウライバトがいたとカミサンが言う。オシドリが2羽、慌てて飛び立つ。アカツクシガモが林の奥にいる。湿地に谷地坊主のように盛り上がった草花付きの凸凹を渡るようにして先へすすむ。コクマルガラスが巣穴から出入りしている。いま子育ての時期なのだろうか。シロビタイジョウビタキも巣穴らしきところへ入り込んだ。

 お昼を食べるレストランに行くので、ふたたびバスに乗る。広い通りをそれて川を渡る。と、向こうから馬に乗った人がやってくる。レストランへの道案内だという。マイクロバスがようやく通れるような林の中の道を右へ左へとたどり、また川を渡る。着いたところはただの民家。ゲルに案内され、お茶をふるまわれる。ゲルの正面には祭壇があり、ダライラマの写真が飾ってある。聞くとお位牌のようなものはないそうだ。そういえばチンギスカーンの墓所も、骨を埋めてそれがどこかわからないようにしたと、何かの本で読んだことがある。ブータンの仏教の信仰のかたちに近い。仏間の祭壇は豪勢にしつらえてあるが、釈尊や観音菩薩の絵があるだけ。お位牌はない。死者は土に還ると考えているようだ。小さな子どもが3人、三輪車に乗って遊んでいる。姉弟妹らしい。5歳、3歳、2歳というところか。男の子は鶴竜を子ども顔にしたよう。ちょっと控えめだが好奇心はいっぱい、寄っては来るがおずおずとしている。こちらが声をかけると近づいてくる。手を揚げるとハイタッチをする。バイというと、バイラといって手を振る。

 食事は別棟の建物の中。外はただの民家にみえたが中はモダンなつくり。ツーリスト・レストランだと紹介がある。カレー味の野菜たっぷり肉スープに包子(パオズ)、野菜サラダとインド・中華風であった。陽ざしが照りつけ暑い。だが食事が終わるとすぐそばの林に行って探鳥がはじまる。本当にこの人たちは、鳥、鳥、鳥だ。目の前の草地の中に何かいる。「何かいるぞ」と後続のカミサンに声をかけると「ヤマゲラよ」と教えてくれる。しばらく見て、そうだ写真を、とカメラを構える。シャッターを押すのを待っていたかのように少し先の木へ飛び移る。あとから出てきた人に告げる。ヤマゲラはしばらく皆さんに姿を見せて、どこかへ行ってしまった。ngsさんは「お手柄だ」という。長く野鳥観察を続けている人でも、ヤマゲラを見ていない人がいる、と。ほめられても、こそばゆい。ヤマゲラを褒めてやってほしい。林のなかは涼しい。シメがいる。シロビタイジョウビタキが飛び交う。シジュウカラの身体が黄色い。キバラノシジュウカラとngsさんは仮称をつけたと笑う。白いシジュウカラの亜種らしい。ツツドリの声が聞こえてくる。仔牛の群れが林の中を行き交う。木漏れ日の光を浴びて、いかにもリゾートという雰囲気がいい。オジロビタキの声が良かったとtnkさん。日本では鳴かないとngsさん。森の散策を1時間半余して、UB2に戻った。ここに宿泊する。古い建物の外側はあちらこちらが崩れかかり、大丈夫かよと思うが、中はそれなりにホテルらしい。

 「鳥合わせ」に1時間ほどかける。ケアシノスリはお尻に黒いバンドがあるとか、ワタリガラスは図鑑のように手がふさふさしていないとか、いろんな話が出て面白い。現地ガイドのガナーさんだけが観たものは「△(参考)」、観たがそれが何かはっきりしないものは「?」、確認したものをカウントし、「初見」と「累計」を積み重ねる。到着日の昨日は数えず、今日は午前と午後とに分ける。午前中35種、午後25種。午後の初見は15種だから、今日の(初見)累計は50種となった。

0 件のコメント:

コメントを投稿