2018年3月15日木曜日
香港(2)それなりに奥深い山
3日目(木曜日)はうって変わって天気が悪かった。朝からの小雨。タイポカウ(大埔墟)の公園。大埔駅からタクシーで山里へ入る。通勤時間帯のせいか、タクシー乗り場は長蛇の列。「大埔墟自然護理區」と表示のある公園の入り口から坂道を上り、亜熱帯特有の照葉樹の森を両脇に抱えた山の斜面に抜ける石段のルートに、「自然教育區」と記した古びた看板がある。長年の蓄積があるようだ。コウラウンが飛び交う。昨日は夢中になって双眼鏡を向けたが、今日は「何だコウラウンか」とほかへ目を向ける。日本では見られない鳥でも、こうして毎日身近に見るようになると、関心が薄れるのか。開けた地面の50メートルほど向こうの電柱の上にカンムリワシがとまっている。
舗装された林道を登ってゆく。前方に小鳥がいる。日影に入っていて、しかととらえられない。赤い大柄な花びらを持った花、紫のブーゲンビリアのような花びらをたくさんつけた花、青い色の花などが雨に濡れて緑の木々の間に彩を添える。まるで樹々が言葉を交わしているかのように鳥の声がひっきりなしに響き渡る。これで蒸し暑ければ熱帯樹林になるが、気温は高くない。私はジッパーをきっちり締めたウィンドブレーカーの上に、リュックも覆うように頭から雨着の上をかぶっているが汗をかくどころか心地よい寒さが伝わる。春先の日本の朝という気配だ。
「ここがひとつのポイント」といわれたところには、「魚農護理區」と表示された建物がある。今日のお目当てはタイヨウチョウとアカハラコノハドリ。曼珠沙華のように赤く細い花びらが放射状に横向き上下に突き出すように咲いている。曼珠沙華よりも短く肉太に見える花びらの一つひとつが花。たしかにゾウゲバナと名づけられるように、反り返っている。木の葉も何もつけない一本のひょろりとした背の高い木の先端に咲く赤いゾウゲバナ。それがところどころに何本も密生している。その蜜を吸うために特化した嘴がハチドリのようになっているという。これは、見やすい。写真を撮るのにも格好のアングルを狙える。最初の場所で声を聞いたが姿をとらえられない。「もう一つ上へあがってみましょう」とさらに数分歩いて上の園地に行く。
東屋があり、実験地のように5メートル四方に囲った植物栽培地がある。蝶の植生を調べている。ここは有数の蝶の生息地だと記した中国語と英語で表記された看板がたてられている。下方から生えてきてちょうど目の高さにゾウゲバナが花をつけている群落がある。そこへアカハラコノハドリが来る。少し離れた大木の枝に止まり、一息ついてからパッとゾウゲバナに来る。オスとメスは明らかに色が違う。雨は降り止まない。
「一回りしてまたここに来ますから」と山へのルートへ踏み込む。ランニング姿の女性二人が舗装林道を駆けおりてきて、山へ入るルートに走り去る。山のルートは四色に色分けされていて、山頂部へ回り込むルート、山体の中腹を経めぐるルートなど、時間と体力と歩行目的に合わせてルート選択ができるように設えてある。いかにも英国人が設計したような気配だと思う。だがイングリッシュガーデンのように隅から隅まで人の手によってデザインされているというのではなく、大半は自然のままの地形と植生を残して、そこを愉しませていただくというところか。 たちは山体の中腹をぐるりとめぐって渓の反対側「ポイント」に戻ってくるルートを歩いた。足元はよく踏まれていて危なげがない。奥武蔵の山道ほどにも急傾斜がなく道もそこそこ広い。背の高い森のなかを抜けて歩く気配が強く、蔦をふくめ、シダや照葉樹、広葉樹がびっしりと密生している。ところどころに東屋がある。雨を避けて、そこでお昼にした。
ひとめぐりして再び園地の東屋にきてみると、ちょうどアカハラコノハドリがゾウゲバナに取り付いている。見事な緑色の背と青色と黄緑の棟と腹をした雄、その一本脇には緑の背と黄緑に腹の雌が嘴をゾウゲバナに差し込んで蜜を吸っている。ほんの五メートル。目視できる。カメラにも目に焦点を合わせた姿をとらえることができた。そこを降って魚農護理區のポイントに来ると、そこのゾウゲバナにも何かがいる。下から覗き込むようにしてみるとタイヨウチョウの雄が蜜を吸っている。カメラに収める。双眼鏡を除いていると別の個体が少し離れた花に来た。今度は雌だ。これもカメラに収める。写真に撮るとその個体を所有したような感覚になる。文字通りわがものにするという感触。ズームの利くカメラで、大きく、鮮明に、いろんな姿態をとらえるというのは、鳥を絵をどうにかしようというよりも、我がものとして所有するという欲望を満足させているのではないか。もちろん欲望は、もっと鮮明に、もっといろんな姿を、もっとたくさんと肥大化するから、止まりようがない。そんな欲望を満足させるにたるひとつがバードウォッチング(のカメラマン)だと思った。私のカメラは記録用にしか取れない程度のものだから、欲望も、技量を超えて肥大になる気配はない。だがシャッターを押しながら、ちょっとステップアウトして、そんなことを想いうかべてもいた。
タイポカウの護理區を出て少し西にある公園に向かう。サルが三匹向かいの山へと入っていった。姿も大きさもニホンザルと似ている。反対側は標高差でいうと標高差百メートル以上あろうか、樹々に覆われた渓を降り、民家がみえ、その向こうに海が広がっている。公園は緩やかに海に下るように作られている。それほど大きくはない。鳥の声は響くが、姿はあまり見えない。雨がまた降ってきた。ここまで歩きまわってすでに6時間、くたびれてきた。疲れた人は入り口付近で休み、残りが中段まで一回りして、バス停へと向かった。
バスを待つこと約一時間、乗り込んで30分ほど、電車の駅に着くところで降りる。どこまで乗っても2香港ドルという一律料金。約28円というところ。都市生活の費用は(たぶん)日本とそれほど変わらない。高齢者割引で半額になっているそうだが、それでもこれで採算が成り立つとしたら、その考え方は、日本なども大いに参照したほうが良いと思った。(つづく)
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