2018年3月22日木曜日
香港(6) イギリス統治の面影が色濃い公園
前夜ホテルに戻りシャワーを浴びて床に就いたのは11時ころだったろうか。第六日目(3/11)も朝は6時20分頃集合。6時半から開く食堂で朝食なのだが、三日目の朝に食べたラーメンは、ほんとうに即席麺がスープに浸かっているだけ。ポークを頼んだら、皿に豚のステーキのようなものがついて出てきた。これの筋が強(こわ)い。歯の方が痛みそうだったから、今日は牛乳とバター付きトーストを注文して軽く済ませた。いつもの海外なら、三日目くらいに下痢気味になったりしたのだが、今回はらしい前兆に「陀羅尼助丸」の30粒錠剤を一袋呑んでことなく済ませた。この「陀羅尼助丸」はカミサンが友人から「いいわよ」と言ってもらったものだが、私には思い出すことがある。大峰山に、二人の高齢の兄たちと登ったときに泊まった天川村洞川温泉の町には「陀羅尼助丸」の看板があちらこちらにかかっていた。修験の盛んであった時代から薬効があるとして重宝されたといい、その製造所まであったように思う。昔の話だと思って笑って過ごしていたのに、こんなところで出逢って、お蔭を被るなんてと、不思議な因縁を感じたりしていた。
朝食を済ませ、地下鉄を一度乗り換えて、昨夜訪ねた香港島の中心部、香港公園に行く。駅からまっすぐ上に伸びるエスカレーターを何度か乗り換えて、標高差百メートルほど上ったろうか。超高層ビル群の狭間にある緑いっぱいの公園に着く。背の高い樹木が多いが、いかにもイギリス人が設計したのであろう、隅から隅まで整えられている。早朝だが日曜日とあってか、人は出ている。スコープを覗いていたカミサンが「なんだろう」とつぶやく。「ん?」。みなさんが耳を傾ける。スコープから目を話し「向こうの茂みの下、黒っぽいのがいる」と説明する。Yさんがスコープを覗き、オオルリチョウだという。近づいてみると、向こうへ向こうへと移動し、池の石の上に乗り、さらに先の灌木の茂みに入り、その向こうの芝地に姿を現す。それにつれて私たちも、少しずつ移動し、双眼鏡を覗く。木の枝に移って陽の光を浴びるようになって姿がよく見えた。全身瑠璃色、胸と背中の肩のあたりに小さな星のような斑がぽつぽつとついている。スズメがたくさんいる。昔の日本のスズメのように歩道に出てきて人をそれほど恐れない。
林立するビルの合間から、電波塔の建った山頂が見える。昔はあの山頂から見下ろすと香港の夜景が見事に見えたものだと、何度も足を運んでいる人は言う。山頂への道案内の標識もある。今は、超高層ビルが邪魔をして景観はあまり良くないそうだ。この公園は、山の斜面に緩やかに登るようにつくられている。と、頭上を尾の長い鳥が飛び去る。目で追うと、ひらりひらりとずうっと先の高層ビルのベランダにとまる。スコープに入れてくれたのを覗く。首から上が黒く、頭の上と背中は薄い青色、腹は白く嘴は赤い。長く白い尾には3、4本の横縞が入っている。サンジャクだ。
トビが舞う。超高層ビルの中ほどを舞うから、まるで「コンクリートの森」を常として受け入れているのであろう。でもそのビルの窓ガラスに映る己の姿をどう認識しているのだろうと、ふと思う。見上げていた一人が、ノスリだ! と声を上げる。トビだとばかり思っていたのが、ノスリだった。木の枝にシキチョウがいる。下から見上げているので胸から上が黒っぽく、腹は白いのしかわからない。メジロやシジュウカラもいる。コウラウンやカノコバトはもうすっかりおなじみだ。
公園を上がっていくと熱帯植物園がある。手すりのついた展望台から公園を見おろす。人が多くなった。公園の手入れをする人が何人もいる。年寄りもいるが、この人たちはどういう身分で公園の手入れをしているのだろうか。大きな白い鳥が木の枝にとまっている。スコープを覗くと細長いさやを手にもって中の豆を一つひとつとりだして食べている。コバタンという。オウムのような鳥だ。そう言えば、そっくりの鳥をオーストラリアで観たときは、キバタンと言ったっけ。その親戚のような種類なのだろう。何羽もいる。見上げる木の枝に緑のインコがとまっている。ホンセイインコだそうだ。
熱帯植物園に入る。湿度と温度を高く設定して、シダを育て、別の階では乾燥帯を再現していろいろなサボテンを展覧している。そこを出てもう一つ大きなケージ「尤徳観鳥園」に入る。どちらも無料。直径50メートル、高さは20メートルほどはあろうか。背の高い樹木と草草と水の流れがあり、高いところに見学用の木道を設えてある鳥のケージだ。いろんな種類のインコもいるし、ウズラやヤマドリのようなのもいる。面白いと思ってカメラを向けていたが、話しを聞くと香港にいない鳥を集めているというので興味は半減。カメラを仕舞いこんだ。やはりダーウィンを生んだ国が統治した香港、収集展示癖がある。
40階建てほどの超高層ビルの改修をしているのであろうか、覆いをかけているビルがある。その足場が竹で組まれている。それが、覆いから抜けた最上階につきだした足場の「余り」の長さがちぐはぐ、向きもそちらこちらと一律でないのでわかる。しかしこれだけの高さの足場を竹で組むときの強度は、どう考えているのだろう。伝統工法と言えば言えるが、そんなに昔から超高層ビルがあったわけではないから、香港人の受け継いできたやり方があるのだろう。
外へ出ると、野外で結婚式でもやっているのか、新郎新婦と思われる格好の人とそれを祝福する人たちがぞろぞろと移動している。結婚登記所と記した受付もある。ふたたびエスカレータに乗って下り、地下鉄へ向かう。駅へのコンコースを渡っていて、「ここが例の雨傘運動のときに学生たちが占拠したところ」と教えてもらった。片側四車線、真ん中に上り下り二本の鉄路が通っている。今日は日曜日。静かな官庁街という感じ。ふと香港はどこへ行くんだろうと、全人代の行われている大陸の指導者に思いを致す。今日は香港議会の補欠選挙の投票日だが、それらしい「選挙運動」をあまり目にしなかった。もうお昼だ。
地下鉄に乗って二駅で降り、大きなレストラン「東園酒家」に入る。十人ほどが座れる丸テーブルが何十脚とあり、すべてが埋まっている。店員が狭い通路を巧みに動いて注文を取り、出来上がった品を運ぶ。三百人以上いるように見える。飲茶(やむちゃ)と呼んでいたが、Iさんが見繕ってくれた小籠包などをつまみ、午後二時からの探鳥地に向かう。そちらにはまた、香港の探鳥家たちが待っていて、合流して案内してくれる。Yさんはお土産にハンカチや小さな鳥のバッジのようなものしか用意していなかった。ということは、彼らと旧交を温め、彼らの厚意にすっかりお世話になって案内してもらうことになる。そんなに寄りかかっていていいのかと私などは思うが、ふるくからYさんの探鳥に付き合ってきた人たちは、当然のように振る舞っているから、それなりの付き合いの蓄積があるのであろう。
地下鉄を何度か乗り換え、二日目にタイポへ行ったときと同じ鉄道駅・上水(シャンシュイ)で降りる。約束の時間より早く着いたので、こちらは一足早く今日の探鳥地「ロングバレー(塱原)」に行くとYさんが話している。てっきり名前から、山間の渓谷のようなところと思っていたが、違った。広々とした田んぼや畑、湿地が点在する盆地(なのだろう)。遠くに山は見えるが、谷間というイメージとは程遠い沖積平野である。幹線路を過ぎると太い川に沿い、そこを外れると静かな田園である。向こうからやってきた若者が「やあFさん」と私の名を呼ぶ。えっ、と思ってよく見ると二日目にレストランで会食したときに隣に座っていた香港の若者。私の息子とひとつ年が違うだけ。北海道にも行ったことがあり、そのときYさんたち何人かが同行して、案内したらしい。鳥のことに詳しい。彼が今日ここでタマシギをみせてくれるという。4日目に同行してくれた香港在住の日本人探鳥ガイドのKさんもいる。
歩き始める前に、Yさんがヒアリに注意してくださいと声をかける。殺人蟻と日本で紹介されたヒアリがここにはたくさんいる、香港のガイドの若者も三度刺されたことがあるという。死なないのかと聞くと、笑って死ぬこともあるが、たいていの人は一度や二度は刺されていると応じる。あぜ道を歩きながら、少し大きく盛り上がったヒアリの巣を見つけ、私たちの注意を引いてから、手に持った本の背で巣の上をポンポンと叩く。すると一斉に巣から小さなありがぞろぞろとでてくる。これがヒアリだという。そのあとも、ときどきあぜ道を歩きながら、そこは踏まないでと指さす。なんということのない道の亀裂に、アリが出入りしている。なるほど、こんなところの巣なら、気づかずに踏んでしまうこともあるなあと思った。
タカサゴモズがいる。池のように水が溜まった田圃にセイタカシギが餌を啄ばんでいる。嘴が反り返ったアボセットもいる。コチドリも何羽か、右往左往している。見なれた鳥たちだが、彼らを育む豊かな田園という感じが、明るい陽ざしの下に広がる。目をあげると、低い山並みの向こうに鉄塔と高圧電線といろいろな形をした超高層ビルが立ち並んでいる遠景が飛び込む。深圳らしい。そうか、そんなにここは国境に近いのか。向こうの田に何羽ものシラサギがいる。アマサギだよ、という声に双眼鏡を覗く。たしかに、首のあたりが亜麻色をしている。香港での初見だ。ハッカチョウが飛び交う。オニカッコウの声が響く。
田圃が何枚も連なるここのあぜ道を歩きながら探鳥している人たちが、たくさんいる。小中学生を引率している団体さんも多い。日曜日だ。その人たちと細いあぜ道ですれ違う。中には鳥などほとんど関心がないのに、連れられてきているからしょうがないという風情の、おしゃべりばかりに夢中の子たちもいる。どこの国も同じだね。バナナの葉陰に何かいるらしく、向こうの人たちが立ち止まって双眼鏡を覗いている。そこへ近づきながら見ていると、パッと何かが飛び立って、場所替えをする。シマキンパラ! と誰かの声。バナナの葉の一枚に、何羽かが並んでいる。カメラを構え、シャッターを押す。そして改めて双眼鏡を覗くと、腹の斑点がきっちり見える。今朝方香港公園で観たキンパラではなく、シマがつくわけが分かる。
ガイドの香港の若者が口に指をあて、静かにと合図する。後ろへそれを伝え、歩を進める。彼ののぞき込む方向をみて、Yさんがタマシギがいるというが、どこにいるのかわからない。三羽いるよと別の人が言う。一羽も見えない。焦る。カミサンがスコープに入れたようだ。そちらへ行って覗かせてもらう。たしかに、いる。左へ向いているのが雌。右へ向いているのが雄、と解説がつく。雌のほうが派手やかな顔つきをしている。雄が地味という。他の鳥とは逆の彩。雌は卵を産み落としても子育てを雄に任せて知らぬふりをするというのだ。面白い。近くに雄が四羽いて、四匹のヒナが育っていることを、香港のほかのガイドが確認したと、前のほうの列の話が聞こえてくる。
ぐるりと回っているうちに、カササギが畑で戯れているのも見た。シロハラクイナが多い。縄張りがあるのか、向こうの田に二羽、こちらの田に二羽と棲み分けているように見える。でもときどき、他の一羽が入り込んで餌を啄ばんでいる。争いにならないのだろうか。田を過ぎて、大きな川の流れの別の端に出た。香港ガイドの若者が手招きをする。林のなかに踏み込み、高い木の生い茂った棕櫚のような葉のなかに何かがとまっているのを、下から覗き込む。コウモリだ。オオコウモリだと誰かが言っていたが、それほど大きくはない。小さな二匹が身体を寄せ合って葉に隠れるようにぶら下がっている。彼はこれを見せたかったようだ。
ここで彼らと別れ、駅まで、来た道を歩いて戻る。ミニバスはあるけれど、香港の探鳥家たちと私たちでは二十人を超える。一時に乗れないから、私たちは駅まで歩こうという。いかにもYさんらしい気遣い。それに年寄りは歩くのには慣れている。電車でホテルまで戻り、荷を置いてレストランに入ったのは7時過ぎであった。今日もよく動き回った。
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