2018年3月25日日曜日

早春の道志山塊


 降り立った上野原駅は登山客でごった返していた。土曜日だ。駅舎を出会たところの狭い広場は各所へ向かうバスが四台も止まっている。60年配の男性が登山者にどこへ登るのかねと訊ね、地図を手渡して山の様子を話しながら、バスを指し示す。乗客を乗せてつぎつぎとバスが出発すると、間もなく、次のバスがやってくる。私が乗るのは上野原市秋山郷の先へ向かう。中央線の東西に走る線路の南側、道志村の南に峰を連ねる丹沢山塊との間にある、標高1000メートルに満たない山並みに登ろうというのである。この山並みを道志山塊と呼んでいいのかどうか、正確には知らないが、西へ行くと三つ岳につながる。たくさんの登山客を集めている中央線の北側は「高尾・陣馬」。人気の領域である。それに比して南側の道志山塊は、静かなたたずまいを残している。無生野行きのバスに乗ったのもわずか五人。私と一組の、合計3人がリュックを背負っている。


 バスは大型。道はどんどん狭くなり、ところによってはバス一台が道一杯になって通る。と思うと、二車線になる。たぶん地域の事情と行政の都合がまだら模様の道路にしてしまったのであろう。奥に行っても、民家がずいぶんある。遠方の山が枯れ木の間に雪をためているのがわかる。まだ解けていないのだ。キブシが垂れ下がって春を告げる。街では桜が満開と浮かれているが、こちらはやっとウメが咲きそろいモモやハナモモが花をつけている。ちょうど40分乗って大地に着く。標高は約500メートル。 

 降りて気づいた。今日は私の記録装置、カメラを忘れてきた。このルート、じつは21日に登る予定にしていたが、天気が荒れるというので一週間先に延ばした。その21日に大雪になった。三頭山では遭難騒ぎもあった。その翌日から気温は上がったが、果たして山はどうなっているのか、気になって下見に来たというわけだ。9時15分、歩きはじめる。さがざわキャンプ場を抜けて舗装林道を上る。舗装が切れるあたりで沢に沿って上る破線のルートが昭文社地図には記されている。国土地理院の地図ではルートが途切れている。大雪のせいかどうかはわからないが、沢沿いのルートは、踏みこみ場所もわからないほど荒れている。でも下見だからと、そちらへ踏み込む。灌木が倒れ、道を塞ぐ。かろうじて人が歩いたと思われる形跡を探してすすむ。積もった雪が邪魔をして沢へ滑り落ちそうになる。上の方に林道のガードレールが見えてくる。でもそちらに上がる踏み跡らしきものはない。急な斜面を強引に登る。上について考えたが、(たぶん)それが正解であった。それ以外に道路に上がる場所はなかった。

 林道が舗装された立派な舗装車道と合流する。大地峠トンネルの方へ向かう。トンネルは閉鎖されている。その脇から旧大地峠への急な上りがある。10分ほどで旧大地峠に着く。大地を出てからちょうど、昭文社のコースタイムほどかかっている。東の高柄山へ向かうルートと西の矢平山へ向かうルートの分岐にあたる。すぐ近くの甚の函山は大地トンネルの上のピークだ。西へ向かう。快適な上り。ところどころ雪は残るが、足場も悪くない。20分で矢平山860mに着く。どこかで見たガイドブックには「展望が良い」と書かれていたが、枯れ木越しに見る丹沢山塊の山々は「良い」というほどではない。山頂の木々が大きく育ってしまったのだろうか。雪が山頂を覆う。溶けてぐずぐずになっている。こちらに来る踏み跡は昨日のものだろうか。ここからの下りがなかなか急峻。ロープを張ってある。斜面に雪は残っておらず、降りに危なっかしさはない。標高差で100メートルほど下り、また登る。丸ツヅク山763メートルの山頂の雪は矢平山よりももっと多く、踏み跡は残っていない。どうしてなのだろうか。後で分かったが、この山頂をエスケープする巻道があった。丸ツヅク山はちょうど小高く盛り上がっていて、踏み跡がない上に雪が積もっているから、どちらの方へ向かうかわからない。これが急な斜面。赤いテープがちらりと見えたので、それを辿る。少し下ったところから、ルートらしい雪の積もり具合がみえ、ほどなく巻道の合流点に出逢う。

 下の方から50年配の男が二人登ってくる。どちらへ? 高柄山を経て上野原までと先頭の男が応じる。梁川駅から? と尋ねると鳥沢駅からだという。とすると、倉岳山を経てきている。これは早い。彼のルートはたぶん十時間ほどのコースではないだろうか。すごいですねと言うと、にこりと笑う。いかにも山が好きだという顔つきが滲み出ている。後ろの男はハアハアと息切れしそうで、声も出さない。今日出会ったのは、この一組の外は8名の団体さんだけ。静かな山だ。

 寺下峠に着く。地図のコースタイムより30分ばかり早い。じつは私にとってひと月ぶりの山。二月の山行以来、デスクワークと香港の旅とがあって、山から遠ざかっている。はたして5時間55分歩けるか、心配していた。もしくたびれるようなら、この寺下峠から下山するエスケープルートを辿ろうと考えていた。だがこの調子ならまだ大丈夫だ。立野峠へ向かう斜面を登る。舟山818メートルについて時刻をみると、11時45分。お昼だ。平らな山頂の雪はまばら。陽ざしのあるところに腰を下ろして、お昼を開ける。風はないが、肌寒い。雨着の上を出して羽織る。

 再び歩きはじめたのは12時ちょうど。麓の村のお昼を告げるチャイムが鳴っていたので、時計を見た。表湖800メートルの稜線を快適に歩く。急な斜面はない。立野峠に13時10分。出発してから4時間ほど。あと1時間余で駅に着く。そう思ったが、雪が残る谷筋の道は滑りやすく手ごわい。ただ、道は緩やかに谷筋に沿って降る快適な下り。ときどき沢を渡る。ストックを持っているので、石を伝ってひょいひょいとすすむ。水は多い。雨のせいか、雪解けのせいか。コースタイム50分のところを53分かかる。下半分は雪もなかったのに。でもまあ、このくらいなら、久々の山だから許してやろうと、思う。駅に着いたのは14時17分。コースタイムより3分早かっただけ。出発してから5時間2分。早春の気配が色濃く残る道志山塊であった。

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