2018年9月2日日曜日

天空の楽園は雲の中だった……立山連峰縦走(1)


 山の会の月例登山で、立山へ行って来た。当初は1泊2日を立案したが、参加者が「せっかく室堂まで行くのだから、もう1泊しませんか」と要望があり、2泊3日とした。だが宿を予約した一月前、室堂の温泉宿は「二段ベッドの部屋2室に別れますが、いいですか」と返答があり、お盆過ぎとは言え、盛況なんだと思った。結局今回は違う宿に1泊ずつすることになったが、室堂の山荘がずいぶんと顧客に心遣いをし、山歩きをしている人たち向けにも行き届いたサービスをしていると、半世紀以上も前に室堂で登山訓練を受けたころのことを思い出していた。もう、いわゆる山小屋ではない。観光客が押し寄せるリゾート地の宿に近い心遣いがある。室堂がそうなってしまったということか。


 大宮から富山まで1時間45分、電鉄富山で弥陀ヶ原までの切符を買う。がらりと空いた電車で立山につき、ケーブルカーで美女平に上がるが、どこから湧いたかと思うほど、客が乗り合わせる。立山まで車で来ている人が多いのかもしれない。美女平を降りると、これまたたくさんの客がバス待ちをしている。室堂直行便は次々と臨時を出して送り出す。途中の弥陀ヶ原で降りる私たちの出発便は、定刻まで待たなければならない。このバス路線は天空ロードと呼ばれているそうだ。連休前には7メートルの雪を除雪して車道をつくると、両側に雪の壁ができて、それだけでニュースになる。

 11時、弥陀ヶ原は大粒の雨だった。装備を整えて、これから約4時間。バス停の管理人だろうか、入口から顔を出して、私たちに登山道はこっちだよと指さす。傘を差した観光客が急ぎ足でバス停へ戻ってきている。私は傘を差しているがkwrさんたちは雨着だけで歩きはじめる。広い弥陀ヶ原の灌木の間を木道がつづく。細かく刻みを入れているから雨に濡れてはいても滑らない。半時間ほど歩いて、登山道に入る。段差もある。左側が沢に切れ落ちたところでは、階段状に石を削ってあって、歩きやすく工夫している。だが、バス停の案内板には、「上級者用ハイキングコース」とあったから、この先、変化が大きいのだろう。

 沢を渡る。ずいぶん水量が多い。ふだん渡るのであろう幅の狭い大石のところは、中ほどが完全に水没している。その先の平たいところは水が浅く広がっているが、すべりやすい。歩き始めて50分経っている。その先が鎖のついた岩場だ。濡れて滑りやすい。両側から草がかぶさるように伸びている。先頭を行くkwrさんの姿がすぐに見えなくなる。ダイモンジソウが岩間から群れて白い花を咲かせている。何カ所か鎖の援けを借りて岩を登り、やがて広い草原のように見える台地の上の方に出る。下の方に建物のみえるのが天狗平か? それにしては山荘がみえないなあとおもっていると、kwrさんが「何言ってんの。あれは出発した弥陀ヶ原のバス停だよ」と私の見当違いを正す。そうか、右へ左へ、降って沢を越え、渡って登るうちに、向かっている方向感覚がくるってしまったらしい。そうか、そう言えば、1930mのバス停から2450mの室堂まで、500mもの標高差を、今日は上るのであった。行く先があんな下に見えるわけがない。

 ちょうどベンチがある。12時になるのでお昼にする。私は富山駅で買った「ますずし」の小箱を広げる。あの、丸い木の器に入った大きいのよりも、こちらの方が味が締まっておいしいように思う。オヤマリンドウがいくつもの紫の花をつけて、緑のなかに際立つ。アキノキリンソウ、ハハコグサの仲間が彩を添える。タテヤマギキョウってあったけ、とkwmさんと言葉を交わす。小高い稜線を越えるように木道はつづく。その稜線上をバスがゆるりと動いているのが、厚い雲を背景にしたスカイラインに黒っぽく浮かぶ。しばらくいくと、車のエンジン音がする。20mほど先にガードレールが見える。車道は草原を屈曲しながら切り分けて、高度を上げているのだ。ハイキング道はそれをショートカットして緑の原を抜ける。さっき越えた水の多い沢は、この原の水を集めて、深く切れ込んだところなのだと分かる。木道の周りには豊富な水流があり、上から見下ろすと原のあっちこっちに水溜りが見える。「ガキ田」と名づけられている。

 木道が落ちていて、大量の水が流れて道を遮る。ぴょんと飛べばなんてことはないのだが、ザックにしまったストックを出そうとしなかった私は、大きく傾いた木道の刻みに踵をひっかけるようにして、ポンと飛んだ。これが(このルートの)「上級かな」と思った。

 歩き始めて2時間50分、天狗平山荘前の広場に出る。相変わらず雲に閉ざされているが、雨は小やみになった。「美松坂」と表示があり、「クマに気を付けて」「雷鳥に注意」と手書きが添えてある。ここからの道は、大きな室堂山の麓の斜面をトラバースするように東へ向かう。小石を敷きセメントで固めて崩れないようにしている。ところどころに、水を集めた沢が岩を転がしながら下ってきて、ルートの下を抜けている。一面にチングルマが穂になって斜面を下へと広がっている。なんというのかアザミの仲間が俯き加減にしずくを溜めている。

 上りの階段を標高差百メートルほど登ると、室堂バスターミナルの裏の方に出る。ここからターミナルとは逆の方へ岩畳を歩いて、みくりが池の西側にある「みくりが池温泉」に向かう。ここに宿をとった。14時50分。3時間50分の行動時間。雨とは言え、寒くもなく、快適なハイキングであった。

 乾燥室がある。先着した人たちが雨着や靴や手袋、ザックカバーなどなど、濡れたものを干している。ストーブの燃える音が聞こえる。手続きをして二段ベッドの所定の位置に身を置く。まさに山小屋風情なのだが、ここには温泉がある。すぐ近くに、地獄谷があり濛々と噴気を噴き上げている。有毒ガスが多く、目下立入禁止のルートに縄が張ってある。10人くらいならゆったり入れるかなという湯船二つ。一つは熱く、もう一つは温い。いい湯であった。何より宿泊者はチェックアウト後でも無料で入れるという。下山後でも? と聞くと、どうぞどうぞという。うれしい。

 風呂上がりに、生ビールがある。雨の中を4時間歩いたご褒美と、誰に責められるわけでもないのに、自分に言い訳をして乾杯する。明日の天気も良くない。明後日の方がいいと、出発前にネットで調べていたから、明日は近くの山を4時間ほど散歩することにして、立山連峰の縦走は明後日に回すことにした。一日滞在して4時間しか歩かないから、ま、明日は休養日だねと話しは弾んで、二段ベッドの上階に戻り、布団を敷いて、富山駅で買った芋焼酎のボトルの口を開ける。220㏄は飲もうと思っている。どうして? 残り500㏄ならペットボトルに容れて持ち運べると考えた。お湯で割って、ちびりちびりとやる。kwrさんもkwmさんも飲まない。どうして? 3000m峰の縦走に緊張しているのかもしれない。こうして室堂の第一日目が更けていった。(つづく)

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