2018年9月3日月曜日

雨と風の浄土山――立山連峰縦走(2)


 二日目の朝食は6時から。バイキング形式。雨模様の深い霧。今日の宿泊所は、室堂山荘。一応荷物を全部持って室堂山荘に行き、荷物を預けてハイキングに出発することにした。乾燥室の衣類はきれいに乾いている。靴も登山靴に履き替えて、万全の装備をして表に出る。みくりが池の東側を回り、室堂山荘へ行く。20mも離れていない池の水面も霧に閉ざされて見えない。


 山荘は、快く荷物を引き受けてくれた。まず室堂山への踏路を辿る。kwrさんはゆっくりと、しかし、しっかりした足取りで歩を進める。ほんの少し登ったところでライチョウを見つけた。親子のような2羽。と、その向こうにさらに2羽いる。全部親子かもしれない。みているとしたから単独行のアラフィフの男性が来る。ライチョウだよと指さす。あまり興味はなさそうだったが、ほほうと言ってのぞき込む。ほどなく、浄土山との分岐の標識に出る。アラフィフの単独行者を浄土山の方へ見送って、私たちはいったん室堂山へ登る。と言ってもそれほどの距離はなく、すぐに展望台のようなところに着く。薬師岳や黒部五郎岳、傘が岳、槍ヶ岳など北アルプスが見える方向表示板が古びて剥げ落ちて置かれてある。見晴らしが利けば、北の方に立山カルデラが見えると、どこかに書いてあった。だが向こうは、どこまでも霧の中だ。すぐに引き返して浄土山への道をたどる。

 分岐からは標高差200mを上る急登だった。ハイマツの裾を回り込むような大きな岩の間を縫うようになる。山の基幹が岩なのだと思い知らされる。ことに上部の方は積み重なる岩をつかんで登るようになった。白い花をつけたツメクサの仲間が緊張を和らげる。岩につけられた矢印が霧の中に浮かび、そちらへ向かう。木柱が現れるが、濡れて何が書いてあるかわからない。山頂らしき広い稜線に乗る。建物跡だろうか、石積みの壁で囲まれたところがみえ、十メートルほど離れたところに木柱が霧に包まれて立っている。以前登ったとき、そこが山頂だったという記憶が甦る。ところがそこへのルートには、縄が張ってあり通行禁止になっている。植生の保護だろうか。

 広い稜線に入って雨は大粒になり風が強くなる。視界はますます悪い。分岐から約1時間、雲のなかに、観測用の櫓(やぐら)が浮かび、その向こうに富山大学立山研究所の建物が見える。建物の風下に入って一息つく。木柱の表示をみると、北は五色が原に向かう。南は一の越を経て雄山に別れる。

 一の越へ向かう。ザレた足場のジグザグの広い下山路は強い風が吹き抜ける。汗をかいた体が冷える。疲労凍死という言葉が頭に浮かぶ。同じことを考えていたのだろうか、kwmさんが低体温症と口にする。そう言えばトムラウシで大量遭難があったのも、8月だったのではなかったか。kwrさんは黙々と歩く。半時間で一の越山荘に着く。強い雨を避けて、小屋に入る。たくさんの人が小屋の中でカップラーメンを食べたり、荷物を置いて休んでいる。傍らの老夫婦が出かける用意をしている。「雄山へ?」
「いえ、ここから引き返します」
 この雨では上へ登れないと判断したようだ。

 一休みして外へ出ると、ヘルメットをかぶった小学生の一団がやってくる。何かのクラブだろうか。大人も何人か付き添っている。彼らは雄山まで上るという。つぎつぎと下から登ってくる。若い人たちが多い。一の越から室堂への路はいくつもの石を並べてセメントで固めている。これが水に濡れて滑りやすい。ストックをついて用心しながら下っていく。しばらく行くと、先ほど先行した老夫婦が歩いている。挨拶をして先へすすむ。雨が小やみになるが、深い霧が視界を遮る。下から上ってくる人は、絶えない。下るにつれて身体が温かくなる。標高は低くなり、気温が上がっている。汗ばむ。

 大きな雪渓が現れた。浄土山の上から登山路の下へと沢筋に沿って雪渓はつづく。八月の下旬というのに、これだけの雪が残る。そう言えば立山連峰の東側には氷河が残っていると言っていなかったか。剣岳の三の窓や小窓の雪渓は、じつは氷河だったというニュースを耳にした記憶が思い浮かぶ。35分ほどで室堂へ帰着する。まだ11時前。部屋に入り荷物を置き、弁当だけもって、着替えないまま「みくりが池温泉」へ行くことにする。

 受付の子が覚えていたかどうかはわからないが、「風呂を頂戴します」というと、「どうぞ、どうぞ」とにこやか。雨着を乾燥室に干し、風呂へ向かう。風呂は大混雑であった。着替えるのさえ、隣の人とぶつかるのを避けて、様子をみなければならない。風呂場はそれほどでもなく、湯船に身を浸すのはゆっくりとできる。汗を流し、温まる。隣の女湯のおしゃべりがうるさい。まるで高校生の集団のようにきゃあきゃあとはしゃいでいるみたいに聞こえる。

 風呂を出て、生ビールをピッチャーで頼む。2リットルはあるだろうか。手持ちの弁当を広げ、おつまみにする。私の弁当はこの温泉のつくってくれたもの。ふんわりと小さくつくったいろいろなかたちのパンが6つも入っている。スポーツドリンクの外に、ゼリーや魚肉ソーセージやお菓子と、まるでお子様ランチのようににぎやかだ。でも、ビールがうまい。

 こうして食堂でのんびりと過ごして、2時過ぎに室堂山荘に戻った。乾燥室に干すものは干して、ひと寝入りする。小学生が到着したらしい。この宿を予約するとき「80人ほどの小学生が同宿します。お騒がせしますが、よろしいですか」と言われていたことを思い出す。でも彼らの部屋はA棟の一階、私たちの部屋はC棟の二階の角。声は聞こえない。体を温めようと、風呂へ向かう。小学生が入る前が静かでいいと思ったからだ。ここのは温泉ではないが、2時から入れると言っていた。湯船は広く、5×10メートル以上の長さがあろうか。子どもは、「泳げるぞ」と喜ぶだろう。そこを独り占めして、足腰を伸ばす。外は霧。いいねえ、山の湯船。風呂から上がり、焼酎をお湯で割って、ちびりちびりとやる。これも、いい。外へ出ていたkwrさんが戻ってきて、風呂の話を聞いて、出かけて行った。

 6時夕食。小学生は40人ほど。富山県の小学6年生は、卒業までに雄山に登るのを長年続けているそうだ。ヘルメットも用意し、登山靴も履いている。さすが雪国の子。山も守り神のような霊山だ。食事はそれほどでもなかったが、かぼちゃのてんぷらなどの間にエビフライがデンと添えられていたのは、一点豪華主義か。受付のお兄さんは、明日の天気が良くなるとは言わない。立山町の「予報」は晴れなのだが、「お山の天気はわからないから」と慎重だ。でも「今日よりはよくなるかも」と期待をもたせる。

「せっかく来たんだから、天気によらず、明日、登りましょう」と話して、二日目は更けていくのでありました。(つづく)

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