2018年10月21日日曜日
しつけと体罰
10/18の朝日新聞「しつけと体罰」欄に西澤哲・山梨県立大学教授が「有能感得る親 子は他律的に」と見出しを付けて書いている。そのなかに「日本ではいつから体罰をするようになったのでしょうか」と自問し、30年以上日本で暮らした宣教師ルイス・フロイスは「日本では子どもを育てるのに懲罰ではなく、言葉で戒めている」と書いていると紹介して、「明治期以前は日本で体罰はなかったようです」と論じている。たしかに、ルイス・フロイスは西欧と比べて放っておいて育つ日本の子育て風土を微笑ましく(好ましく)受け取ったのかもしれないが、同時に、そのように育った子どもがどうして世の中に出て規律を守るようになるのか不思議に思ったと書いていたように思う。西澤哲は、その不思議に応えていない。
西澤は「しつけ」の目的を「自己を整える自律性(セルフコントロール)の形成」と規定して、「体罰」は自律性の形成ではなく、「子どもの行動をコントロールできたという親の達成感・有能感を得るための行為」と、「体罰」が「しつけ」になっていないと展開する。
よく「7歳までは神のうち」という俚諺を引用して、子どもは大事に育てられたと謂われるが、あれは、子どもがいつ死ぬかわからない不確定な生き物という社会的通念を現している。と同時に、「神のうち」の子どもが7歳までの間にも弟妹の面倒を見て親の仕事の手伝いなどをしながら、ご近所の子どもたちの振舞いを通じて規範の伝承をしていたことを、見過ごしてはならない。親は「体罰」を通して「有能感」を満たしていく必要はなく、ご近所を含む社会的関係がどうなっているかを言葉にしてやることで、子どもたちは十分学習した。なぜなら、己の意のままにならない「世間」が画然とあることを、日々の振舞いの中で目の当たりにしていたからである。身分や村八分や法度があり、秩序をないがしろにする振る舞いがどのような報いを受けるかも、日常的に身に沁みていたと考えられる。
その振舞いを、「迷惑をかけない」と言葉にしていた。その規範が身についていたから、「世間」に出てから規律を守って過ごすのかというルイス・フロイスの不思議が、神から授かった訓育のように思えたのであろう。つまり、子どもの「しつけ」は共同社会的関係の「世間」がかたちづくった「心の習慣」であった。
明治以降の「脱亜入欧」の欧化主義が「西欧的な育児」を取り入れたから「体罰」が蔓延ったと西澤は展開する。
「当時、西欧では子育ての中で子どもをたたくことが必須でした。人間は悪魔を宿して生まれてくるというキリスト教の性悪説がベースにあります」
「親の思い通りに行動しないときは、体の中からその悪魔を叩きださないと子どもは育たないという考え方です」
簡単に、性善説―性悪説という対比をしているために見落としてしまっているのが、「世間」という社会的関係だ。西欧の、いつも暴力剥き出しで生死を争わねばならない「外部」と向き合っている家族や氏族・部族の「小集団」と、井の中の蛙といわれるほど内側を向いて暮らすことで何とかしのげる「世間」という共同社会性の違いが歴然としている。「鎖国」という幕府による管理貿易の大枠のもとで、しかも「藩」という「くに」に安住していた人々は、まさに「世間」を気にして暮らす術を身につけてきたのであった。
いくつかの論題をとりだすことができる。
(1)江戸の時代の庶民が見ている「世間」と武士が見ている「世間」とは次元が違う。幕府の要職にある幕閣が見ている「世間」はもっと違ったろう。その観ている世界の違いが、歴然と「身のほど」を規定していた。
(2)絶対神が胸中にしっかりと刷り込まれている西欧の人びとの規範と、「世間」をはばかり、空気を読み、身を処する「くに」の人びと振る舞いとは、明らかに心中の判断規準(良心)が異なる。西欧の人々は神の視点から己の現在をマッピングする。それに対して「くに」の人々は「場」において力の強いものに身を寄せる「情況論的な適応」をする。西欧の人たちが戦略的な思考をもっぱらとするものであり、「くに」の人々が戦術的に(その場しのぎで)過ごすのを得意とする根拠も、ここにある。
(3)明治以降に、「くに」に何が起こったか。それに適応しようと、維新の国家指導者たちは何が必要と考えたか。その時代の変容を目の当たりにして、「くに」の人たちはどう適応しようとしてきたか。それらの変容のなかに「体罰」やそれを代替していた(と西澤なら考えるはずの)「世間」はどう変わったか。その変貌する社会に適応しようと、人々はどう規律感覚を変えていったか。
(4)もうちょっと違う視点で見ると、神か悪魔かとか、性善説か性悪説かという二項対立で見る世界の以前に、価値的に対立させないでものごとをみてとる「中動態の世界」があったと國分功一郎が論じている。「くに」の感覚を身につけてきた私たちには「中動態の世界」がよく馴染む。これは自己の意志を明確に掲げず、成り行きに任せる無責任なスタンスと丸山真男が展開していたが、たぶんその次の段階を垣間見せているように思える。
「親の有能感(を満たすため)」という「体罰」の説明は、関係的な表現ではない。「子が他律的に」なったというのも、「体罰」との関係だけではなく、高度消費社会に生まれ育ってきたという、もっと社会的な関係において論じる方が、事態をつかむうえで必要なのではないかと、私は思っている。ますます、私たち自身の「規範の自叙伝」を探究する道へつながる。
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