2019年9月15日日曜日

地味だが手ごたえのある山――鶴ヶ鳥屋山


 涼しくなった昨日、手軽な山歩きと考えて、大月の先、笹子駅へ向かった。山の会の4人。私たちの外に数名の一組。でもこの方々はここから別の山に登るようだ。駅前には警察官二人がいて、「遭難防止」を呼び掛けている。登山者が増えているそうだ。本社ヶ丸から三つ峠山への稜線で、道に迷ったり滑落する事故がつづいているそうだ。単独行は止めようとか、事故にあったときに自分の位置をスマホで知らせる「山岳遭難時の対応」方法を書き込んだ非常用ブランケットを配っている。私たちが鶴ヶ鳥屋山へ行くと聞くと、じゃあ大丈夫ですねと笑っている。


 駅前から少し南へ登り東へ向かう舗装林道に乗って山に分け入る。kwmさんが「ホトトギスの仲間ね」とmrさんに話しかけている。杉木立の暗いなかに花をつけている。舗装が終わる林道終点までコースタイムは40分とあったが、20分ほどできた。この後は船橋沢に沿い、それを何度か徒渉してやがて支流に踏み込み、上りにかかる。その入口のところにちょっと見栄えのするなめ滝があった。昨日までの雨を集めているのか、水量が多い。この辺りの踏み跡がそちらこちらに向かっていて、わかりにくい。「鶴ヶ鳥屋山→」の標識があった。倒木が流されて積み重なり、くぐったりする。

 上りはかなり急な傾斜がある。駅の標高は600m、鶴ヶ鳥屋山は1374mだから、今日の標高差は775m。たいしたことはないが、とりつきから山頂までの距離によっては傾斜が厳しくなる。標高800mほどのところで、先頭のkwrさんが「あれっ? 山は逆の方だよ」と道を間違えていると標識を指さす。「←鶴ヶ鳥屋山・笹子」の矢印はたしかに、いま来た方向に向いている。何と標識の根元が折れて、逆に向いているのだ。ガムテープを出して、灌木の幹にくっつけて方向を直して、再び上りにかかる。ジグザグにルートは切ってあるが、それでも転び落ちそうになるほど急傾斜だ。

 「少し離れて歩いてください」とkwrさんが、後に続くmrさんに呼び掛ける。滑り落ちると巻き添えにするかもしれないと心配しているのだ。
 「おや、嫌われちゃったのね」とmrさんは笑いながら距離をとる。

 背の高い落葉広葉樹が多い。見上げると緑の葉に陽ざしが当たって明るいが、地面は落ち葉に覆われ下草が生えていない。2度ほど軽く水を飲む時間をとり、標高1150m地点の林道を横切るところまで、1時間15分かかっている。コースタイムは1時間10分だから、見事なペース配分の歩きである。

 林道側壁に取り付けられた鉄ハシゴを数段のぼり、上の斜面に取り付く。こちらは落ちたたくさんの小枝が葉とともに堆積している。傾斜はいくぶん柔らかになり、広葉樹の背が低くなる。1300mの、本社ヶ丸からつづく稜線に上がる。ここもコースタイムの35分。涼しい風が汗ばんだ体に心地よい。「山頂まであと1時間。ちょうど12時だよ」とkwrさんが気合を入れ、歩きはじめる。

 さほど広くない尾根道に、両側からかぶさるように広葉樹の灌木が緑の衣を着せる。数十メートルを上り下りする結構なアップダウンがある。コガネムシだよと誰かが声を上げる。赤銅色の構造色のコガネムシが一匹、地面に張り付くようにしている。のちに別の場所でみたそれらは、何十匹ものコガネムシが集まって地面を掘るようにしている。産卵期なのであろう。稜線歩きで少し身が軽くなったか、歌舞伎の中車がムシ博士だとか何とか話声が聞こえる。トリカブトの群落がある。一部は花をつけているが、大半はまだ蕾のまま。秋の花なのだろう。キノコがたくさん目に止まる。珊瑚のような朱い花びらを頭に据えた小さなキノコらしきものが3輪土から顔を出している。kwrさんは快適に歩く。mrさんも遅れじとつづく。彼女は腰が悪く、心配してしばらく山を控えていたが、今それは治ったという。

 11時45分、鶴ヶ鳥屋山の山頂に着く。コースタイムより15分も早い。見晴らしは利かない。お昼にする。陽ざしはあるが、広葉樹の葉陰が木漏れ日をつくって気持ちが良い。おしゃべりがつづく。mrさんは、先月の槍ヶ岳表銀座ルートの縦走を「すごいわよ」と褒める。「それ、書いてくださいよ。山の会の通信に載せるから」と要請するが、うんと言わない。ともかく5日間の縦走をやり遂げた人たちを「尊敬するわ」と最大級の賛辞を呈する。kwmさんが「再来週の日光白根山に来たら?」と誘いをかける。mrさんは大いに気持ちを魅かれているようだが、果たして自分に登れるか不安になっている。「日光白根山は菅沼からの往復だから、今日と同じコースタイムだよ」というと、「今日より厳しいか。今日歩ければ、大丈夫か」と訊ねている。kwrさんは「今日ほど厳しい急傾斜はないんじゃない」と応じる。

 おおむね30分の昼食タイムをとり、再び歩きはじめる。ここからは下山にかかる。「急坂」とmrさんが見た地図にはあったそうだが、結構な傾斜。上りがあれほどきつかったのだから下りが厳しいのは当然といいながらは木につかまり、足場を確かめながらゆっくりと降る。地図に「恩六五〇石標」という地点まで、約1位時間かかる。コースタイムは40分なのだが、急な傾斜で時間をとったのだろうか。ところが次の下りはコースタイムが50分のところを30分で歩いている。どうなっているんだ? この「平成3年度堰堤」を過ぎて林道に入る。じつはこの林道を下れば15分ほどで車道に出るのだったが、そこからはずれて上へあがる赤テープがつけられている。そちらへ踏み込むと、やがてシカ除けのネットを張った地点にぶつかり、それに沿ってどんどん下る。結局、もとの林道に出るのだが、赤テープは、たぶん、ネット作業者のために付けたものだったのだろう。

 こうして車道に出る。この道はどこへ抜けるのだろう。ほとんど車は通らない広い道だ。コースタイム45分のところを30分ほどで歩き、初狩の駅に着いた。標高は450m。下りの標高差900mは、ちょうど日光白根山からの下りに相当する。
 「知らなかったが、調べてみるとよく名を知られた山でしたね。上りでがあったよ」とkwrさんは無事に歩いた自分をほめている。
 電車は出たあとらしく、次の電車まで45分ほどある。その間にmrさんは日光白根山に行くことに決めた。せっかく山を歩いて鍛えた筋肉を、間をおくことで衰えさせては申しわけないと思ったようだ。彼女は今月初めの7時間の山歩きを、企画した「Sさんに騙されて歩いた」から、今月3回の山を歩くことになる。いいねえ、こうして古稀を越えた高齢者が元気でいることは、「国難」に対処していると財務大臣に褒められるに違いない。遭難しないでねという山梨県警の心配をよそに、山への期待を膨らませて帰宅したのであった。

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