ひょんなことから高尾山の植物観察の下見に行くカミサンに付き添った。付き添うというと、何となく介助者の優位性を感じるが、そうではない。独りで山へ入るにはまだ不安を感じる私が、たまたま下見をする相棒が急用で行けなくなったので、私が山歩きの代わりに一緒について行っただけ。門前の小僧という位置からすれば、師匠のお供をしたわけだ。
ラッシュのピークを避けるというので8時33分の電車に乗る。なるほど、ひと駅先で座席に座れた。しょっちゅう利用している師匠は微妙な頃合いを心得ている。私はこの路線に乗って高尾へ行くのは3年ぶりになろうか。
高尾駅は大変な混雑。階段を上がるのに列をなす。一番西の端の階段を使えば、トイレにも近いと考えて階段の脇を進むと、なんとそのまま改札口に出られる。じゃあ、あの混雑の人たちはみな、京王線に乗り換えるか南出口に出るのか。いつも北口しか使っていなかった私からすると、高尾のまだみていない顔があるのかと思った。
北口のバス乗り場はこの3年の間に様子を変えていた。その脇の小径を通って西へ向かう。浅川を超える。師匠はその道々でも立ち止まってはコンクリートの隙間から顔を見せる花までチェックする。どこにどんな花があるか、まだ咲いてはいないが蕾になっている、花の咲く気配はないが茎と葉が群落をなしているとみて、マッピンングしているのであろう。これ、ジロボウエンゴサク、あっこれ、ヒメオドリコソウと門前の小僧にも習わぬ経を聞かせる。何種かのスミレの名もあげる。
高尾山口へ抜ける車道に出て、小仏川の左岸へ踏み込む。一組の老夫婦が草花を覗き込みながら先を歩く。カメラを構えてしゃがみ込む70年配の男性がいる。何を撮っているのだろう。やがて土手の斜面は川の側が鉄製の柵に代わり、板敷の上を歩くようになる。ニリンソウの群落がある。カラスノエンドウやスズメノエンドウが足元を埋めるように広がる。ヤマブキが黄色の花をいっぱい付けている。花期が長いのだろうか。5月下旬になっても山では見掛ける。
橋を渡って小仏川の右岸へ移り、樹林の間を縫う道は山道風に変わる。ミミガタテンナンショウ、ミヤマキケマン、ムラサキケマン、カキドオシ、歩を進めながら次々と名を告げる。私はカメラを構えシャッターを押す。ああこれ、ヤマエンゴサク、さっきのジロボウとちょっと色が違うでしょといいつつ、だからさっきジロウボウエンゴサクをみておいたのよと口にする。
右岸の少し広くなった樹林と河原の間に、踏み込まないようにテープを張り渡し、ぐるりと見て回る観察地が設えられている。花はないがニリンソウと明らかに違う葉のイチリンソウの群落がある。アズマイチゲ、ミヤマハコベ、ナツトウダイ、ミヤマカタバミ、葉っぱだけのウラシマソウも教わる。「キバナノアマナ探して」と師匠が言う。アマナのような葉を探せばいいかと見て回る。「あった、あった。これよ」と師匠は手を伸ばし、掬うように持ち上げる。何輪かある。ダラリと垂れた葉から伸びた茎下にまだ花が見えないのか終わったのか。一眼レフカメラを提げた男たち何人かとすれ違う。
こんな辺鄙なというか、山でもない植物観察ルートの平日に、こんなに人が来るものかというほど、人影がある。しゃがみ込んで、これは**よとおしゃべりしている女性のペアもいる。一人はカメラをもって背を屈めている。
追い越してゆく80歳近い年寄りが「何がお目当て」と私に聞く。「?・・・」と振り返ると師匠をみて「ああ、付き添い?」と言って、師匠に同じように尋ねる。何か応えて同じことを問い返すと、「キバナノアマナ」と言っている。「ああそれ、さきほどありましたよ」と師匠。ここに来るとソレがあると、知る人ぞ知る世界なのだ。師匠は花の咲いているもの、咲いていないが葉などを確認できるもの、見つからないものと分けてメモを取っている。向こうからやってきたのだろう6人ほどの高齢者グループが、広くなった日差しの下でお昼を摂っている。
いつしか上の方に圏央道のこれから高尾山に突入するトンネルへの高架が見える。なんと2時間も歩いている。川向こうに特別養護老人ホームの建物があり、手前の高架下に広場があり、三々五々という風情でベンチも設えられている。お昼にする。右岸を歩いてきた7人くらいのグループも、離れた別のベンチを占める。この人たちも植物観察なのだろうか。広いから気にならないが、いつの間にか30人くらいになっていた。
トイレを済ませて小仏へのバス道をしばらく歩く。その間にも、斜面を登りスミレを確認する。住宅の石垣に生えるオキナグサやフデリンドウを観ながら日影バス停の先から再び小仏川右岸への小径へ入る。コチャルメルソウ、ツルカノコ、レンプクソウとカメラに収めていて、妙な表示が出ていることに気づいた。えっ! 慌ててカメラの裏蓋を開ける。なんと、記録SDが入っていない。お遍路をしたSDの写真をPCに移したときにとり外して、そのままにしてしまったんだ。ははは、笑っちゃうね。
川縁に突き出す岩の上にあるトウゴクサバノヲを教わる。進んでいると後ろから、「トウゴクサバノヲがあった」と女の人の声が聞こえる。振り返ると高齢のペアがやってきている。この右岸の道は一部崩れかけていて、師匠は「この先へはいかない」と引き返す。山ならば、これくらい何でもないと進むのだが、師匠は週末に案内する人たちのことをイメージしてルートを決めているようだ。
小仏川を渡った橋の根方に戻り、その先城山へ向かう林道を進む。左側には城山から流れてくる小沢が流れ、右側は高尾山の山体が大きく起ち上がっている。両サイドに植物は繁茂し、それをいちいち見ながらスミレを探す。ヨゴレネコノメ、キランソウ、ラショウモンカヅラ、カテンソウなどを拾いながら、ヒメスミレ、ナガバノスミレサイシン、タカオスミレ(ヒカゲスミレ)、エイザンスミレ、マルバスミレを見つけ、ヒナスミレと思われるものを見つけたが、その葉の根形がくっきりと食い込んで丸くなっていないから同定できないという。そうか、こんな風に厳密に取り扱うから師匠としての権威を持っているんだと思う。また、アオイスミレの葉は見つけたが花が咲いていないのも、リストから除外している。案内する人の関心度合いを見極めて案内しているんだと、門前の小僧は奥行きの深さを感知して、黙ってついて歩いた。
こうして、4時間半ほどの散策をして、日影バス停から高尾駅までのバスに乗って帰ってきた。13800余歩、10㌔余、2時間40分の散策であった。座らないで立っていたという
のが歩行時間だ。こんなにゆっくり歩いたのは、久しぶり。でも歩いた距離に比して草臥れた。面白い世界の入り口をみた思いだ。やっぱり門前の小僧だね。
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