2019年11月22日金曜日
茫茫たる藝藝(1)世のシタッパ
「無暗に芸芸と伸さばっていた枝葉も容姿よく調えられ見違えるような風情と相成る。」と、庭木の手入れを活写するのは、「ささらほうさら」の講師・msokさん。《「小説」執筆中間報告》の、作品中の描写。
「芸芸って何?」
「そうなんだよね、芸ってのはもともと藝って書くんだけど、茫茫と草木が生える様を表している」
「……」
「その藝が、どうして藝術の意に転じたのかは、わかりません」
「藝術って、日常の規範から茫茫と逸脱して、わけがわからないことから生まれてくるってこと?」
「……」
この芸芸の筆者msokさんはエクリチュールの人として生きてきた。モノを書かせたら職人芸。若いころ、中森明夫に「エクリチュールの剰余」と絶賛されたのは、『下級教員宣言』(現代書館、1973年)の一節(初出は『異議あり!』1972年4月)。「シタッパであるからには、モハンもクソもあらへんのや。徹底的に低俗で行くべきだと思う」と前振りして、「上級教員擁護権力下級教員打倒巨人」と八言絶句の対句を23項にわたって展開し、ガリ切りの紙面を埋め尽くした御仁である。
あれから47年と半年。三十路の手前で「下級教員」からも脱藩し、低俗市井の人として生きつづけて46年とちょっとばかしの後期高齢者。「一生にたった一本でもいいから小説というものを書いてみたい」と時代小説に手を染めたのは2年前。この間一度、この「小説」なるものを披歴したが、こころするところがあってそれを全部チャラにし、あらためて書き直して、いま(400字詰め原稿用紙で)626枚に達しているが、オチ着きどころはまだまだ先の様子。このたびの「中間報告」と相成った。
「まえがき」と「あとがき」を別にして全部で13項目の「報告」と、「小説」の一部、400字詰め原稿用紙120枚ほどをお披露目。その「報告」の突っ込みどころは、満載。msokさんの人品骨柄から胸中脳内の思念感性に至るまで、誘い込まれて踏み込むと同世代のヒトがどう生きてきたかを諄々と感じさせる人生航路に入ってしまう。
そも、この「中間報告」をする前に、この「ささらほうさら」のために用意していたのは別の「講釈」。「詩に曲をつけることについて」はたまた逆に「曲につけられた詩の方ではどう思っているか」を準備していた。だが、先月の「ささらほうさら」のnkjさんの「お題」の展開が意想外のものであったため、衝撃を受け、「どうも文の内容がクソリアリズムで、文体もいつもの♭や♯がついた諧調なれにしあれば、nkjさんの中島みゆきの詞と歌に誘われ綴られた、言わば‘W中島世界’の余韻を毀ち難ねないと判断し、急遽それは没にすることにし……」といきさつを記す。
じつはこのmsokさんは、大のクラシックファン。モーツアルトに関しては一家言も二家言も持ち、日々スカパーのクラシックを大枚はたいて耳にしている方だから、nkjさんのクリエイティヴィティに接して、このままの「講釈」ではマケテシマウ、見る影もなくなると思ったに違いない。
いいねえ、こういう他人様の影響が及ぶってのを間近に見るのは。古稀をとっくに過ぎた年寄り同士が切磋琢磨の鍔迫り合いをしている気配は、見ているものにも大いなる刺激になる。
「ささらほうさら」も捨てたものではない。
さて、B4版4枚にびっしりと書き込まれたmsokさんの「中間報告」の行間にふつふつと溢れる「藝藝」が、私の関心を刺激して落ち着かせない。まさに他人は鏡。msokさんという方の身に着けてきた「藝藝:モヅク」が、私の深く考えもせずやり過ごしてきたことにさかもげをつくる。それは、ひょっとしてこれってオモシロイかも、と気持ちを惹き、なぜそう感じたかに気持ちが傾く。
そう、こういう味わいが「ささらほうさら」の面白いところだ。このあと、思い浮かぶごとに気を止めて、立ち止まってみようと思っている。それが「茫茫たる藝藝」であることは間違いないが、「藝術」にいたるかどうかなんて興味も関心もない。世の中のシタッパであることだけは、しっかりと承知している。
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