2020年10月15日木曜日

満点の紅葉……白砂山・野反湖西岸縦走(2)精一杯の白砂山

 二日目(10/13火)朝5時10分ほど前に目が覚めた。少し雨がテントに落ちかかっている。昔は「朝の雨と女の腕まくり」という山男たちの言い習わしがあった。その心は「恐くない」という意味であったが、近ごろは逆に、「恐ろしい」ことかもしれない。今日の雨は、どっちだろう。予報では「晴れ」のはず。

 流しのところでお湯を沸かす。ヨーグルトとバナナに暖かいカップ素麺を食べる。テントはそのままにしておく。kwrさんは、食べ物と着るものを車に入れておくという。用心深いなあ。ま、いろんな人が出入りするから用心に越したことはない。リアカーに積み込んで車まで曳いてゆく。雨具のズボンも身につけて、車の一台でバス停わきの駐車場まで行き、そこから歩き始める。6時40分。

 少し上ってすぐに、標高50メートルほど下り、ハンノキ沢を渡る。水量が多い。板の橋が二枚かかっているが、沢の半ばまで。あとは水をかぶっている石を伝って渡る。ストックがあるからkwrさんもkwmさんも難なくわたる。写真を撮っていた私の前に、単独行の男性が渡ろうとしている。「どうぞ」というが、私に先に渡れと言っているようだ。彼はストックを持っていない。私の渡るのをみて、渡ろうと算段しているのだろう。ではではと、先行する。

 落ち葉の散り敷いたルートを登る。先頭を歩くkwrさんもkwmさんも足元を見ているが、彼らを見上げる私からすると、見事に色づいた紅葉に溶け込むようにみえる。標高1665mの地蔵峠をいつ通過したのかわからなかった。スマホのGPS現在地をみると、地蔵山1802mのすぐそばに来ている。地蔵山の標識はない。7時46分。だいたい出発してから1時間。私がコースタイム男と呼ぶkwrさんは、マイペースで上ったり下ったりするのが、見事のコースタイムに近い。狂っても5分前後。

 モミだろうかシラビソだろうか、針葉樹の木立の足元にはクマザサが生い茂る。それらの木々の間に、落葉広葉樹のダケカンバやカエデやブナやコシアブラの黄色や赤が映える。相変わらず霧がかかる。踏み跡はしっかりとしていて、歩きやすい。そうだ、15年程前に皇太子が白砂山に登ったとどこかに記してあった。ロイヤルルードってわけだ。

 堂岩山2051mに着いたのは9時3分。2時間23分で来ている。途中で追い越した男女3人の一組がやってきた。静岡の伊豆からきたそうだ。団塊の世代二と人と少し若い女の人一人。尻焼温泉に泊まっていたらしい。テント泊も悪くないよとkwrさんが話すと、「上げ膳据え膳でなきゃイヤ」と、女の人が言う。なるほど女性にとっては、そうだろうなあと思う。「白砂山まではここから1時間5分かな」と伊豆の男性が言う。そうだったかなと疑問符が浮かびかけるが、何しろこちらにはコースタイム男がいる。そう思って地図に目をやることもしなかった。あとで考えると、それがkwrさんに影響したのではないかと、私は推察した。

 堂岩山を出てから、アップダウンが大きな、標高1900m~2050mの稜線上を、背の高いザサ原を縫うように白砂山へ向かう。稜線上からはクマザサの緑の原にのところどころに赤や黄色の紅葉が点在し、腹の辺縁を黄色のダケカンバだろうか林が飾っていて、目を奪う。おっ、シャクナゲの小さな白い花が一輪だけ咲いている。狂い咲きだが、けなげな感じがする。一段と高いピーク2041mに「猟師の頭」と名がついている。下の原が一望でき、晴れていればほんのちょっとした岩登りもある。白砂山と野反湖の間にある八間山との間の谷間が一目に収まる。私はマタギの狩りのやり方を想い起していた。狩りのために山に入ったマタギは、頭が見晴らしのいいところにいて、左右に配置した撃ち手と追い手に指示を出して、獲物をしとめる。「猟師の頭」とは、それの謂いか。

 そこから先、1950mほどに降ってから190mほどを登り返して白砂山の山頂に至るところが、岩の乗越があり、急斜面の上りとなる。ササをかき分けるような上りに、さすがのkwrさんも一息つく。後から来た件の伊豆の三人組が、追い越して先行する。あとで思ったのだが、山頂まで1時間5分という堂岩山でのやりとりが、kwrさんにプレッシャーをかけていたのではないか。だがじつは私が事前に地図に記入したのをみると、堂岩山から白砂山までのコースタイムは1時間半となっている。堂岩山を出たのは9時15分だから、厳密には(休憩タイムをふくめて)1時間29分で歩いたことになる。まさにコースタイム男。そのペースにもくもくとつきあったkwmさんが少し調子を崩したのかもしれない、と思った。山頂部でお昼を兼ねてゆっくりと時を過ごし、40分も長居をしてしまった。ときどき雲が取れ、榛名山が見えた。賑やかに屋並がみえるのは中之条の町であろうか。

 白砂山への稜線上では、5人の戻ってくる人たちにあった。最初の30代の単独行の女性は6時にキャンプ場バス停を出たそうだ。早い。「待ってても(霧が)晴れないから」という。50代女性の単独行者は伊豆の三人組と同じころに出発したそうだ。一人だけ私たちを追い越した単独行の年配者もいたが、ほかの男3人をふくめて、今日出逢ったのは9人。結構人気がある山だと思った。

 北からの風を受けるとひやりとするほど、冷え込む。北側から南側へ、雲が山嶺を越えて流れ込んでいる。もう少しうまく見えれば、雲の滝になるのだろうが、見晴らしがよくない。台風の連れてきた南風と北からの風がぶつかって、雲となり、霧となり、あるいは今朝がたの雨となっているのかもしれない。天気の変わり目が少し予報よりズレたように思えた。

 帰りに八間山へ寄ろうかと、昨日kwrさんが話していたが、そちらを回ると40分ほど時間がかかる。下山には緩やかな良い道だろうと踏んだが、暗くなっては足元が危うくなる。疲れも溜まるから、計算通りに歩けるとは限らない。やはり当初の予定通り、往復とすることにして、下山にかかる。とはいえ、アップダウンは来たときと同じだけ繰り返す。kwrさんの事前調べでは、累積標高差が1000mを越えるという。だが帰りもkwrさんのペースは、kwmさんを気遣いながらも落ちることなく、コースタイムでポイント、ポイントを通過する。登るときにみていた景色とまた違った味わいがある。ダケカンバの林は葉が落ちて、冬枯れに近づいていた。

 陽ざしが出て、明るい紅葉の色合いにドキッとするほど驚きを感じる。見下ろす山体も、逆光にキラキラ光る笹原の緑に黄色や赤の彩が戯れ、まるで箱庭の秋を演出しているようであった。上部の雲はとれず、足元のシャクナゲとハイマツとが岩を取り囲んでつづき、晴れていれば絶品の紅葉だなと言葉を交わしながら、すすむ。kwmさんも遅れずについてくる。樹林帯に入ってからも、山は黄色とちりばめた朱色に包まれ、秋を迎えた実りのときを湛えているようだ。まさに満点の紅葉、真っ盛りの秋であった。

 こうして往きと帰り、二度紅葉を愉しみ、キャンプ場に降り立ったのは3時15分。出発してから8時間35分の行動時間。山頂の休憩40分余を引けば、7時間55分。まるではかったようなコースタイムであった。


 まずシャワーを浴びよう。200円でコインを買い、10分間のお湯のサービスを浴びる。体が温まり、それだけで疲れがどこかへ行ってしまう。テント場へリアカーで荷を持ち込み、椅子と食卓をセッティングし、まずkwさんが用意してくれていたビールで、下山の乾杯。4時半。kwrさんは早速、火を熾す。冷え込みと暗くなる気配が、この焚火で一挙に過ごしやすい下山祝いに変わる。

 「遅くなるから夕食にしようや」とkwrさんが言い、おつまみ代わりに夕食を食べることにして、kw夫妻は日本酒、私は焼酎のお湯割りを片手に、焚き火の片隅でお湯を沸かして、夕食に取りかかる。こうして6時半ころまで、また今日も宴会を愉しんだ。

 明日の野反湖西岸の縦走は、どうしよう。身体が回復していればと条件を付けていたkwrさんも、あなたに任せるよと私に丸投げにした。じゃあ明日、霧が出ず、晴れていれば歩こう。目が覚めて、雨や雲の中であったら、帰ろうと言って運を天に任せてテントに入った。

 ところが、最初に記したように、夜中に雨が落ちてきて、結構な降りになった。こりゃあダメかなと思っていたが、6時前、起きてみると、厚い雲が空を覆っているものの、隙間からは青空が見える。霧は出ていない。これは天気が良くなる。登らずべからずとなって、第3日目を迎えるのでした。

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