2020年11月20日金曜日

調子がいいが・・・ホントかな?

 一昨日(11/18)に山へ行った。帰ってきたのは6時前。暑い頃なら、まずひと風呂浴びてってことになるが、今節、汗ばむこともなかったから、大相撲の最後の取り組みを観て、すぐ夕食にかかる。口を開けた日本酒の四合瓶が冷蔵庫にあった。いつもなら備前焼のお猪口をつかうのだが、ふと手に持ったのは、口の大きく開いたハーフグラス。それにとことこと注いで、くいっと口に含む。じんわりと味蕾に行きわたり、やわらかい刺激がしみ込み、その行き止まりのところで喉越しとなって、食道へとやや残る冷たさが通ってゆく。うまい。これは調子がいい。山歩きした後の、喉の渇きも幾分影響しているかもしれないが、いつもの倍くらい飲んだ。

 以前にも書いたが、お酒が飲めるかどうかが、いつしか体調のバロメータになった。呑みたいと思わないときが、ときどきある。そういうときは口にしなくなった。なんだか習慣性の飲酒というのが、つまらなくなったのだ。でも、口に含んで、うまいなあと思えるときは、飲む。三杯目になって、うまさが変わってくるようになると、止める。その制動が、いとも簡単に利くようになった。何だ、気の持ちようではないか。山へ行く前の二日間は、そういうわけで晩酌をしなかった。それもあったかもしれないが、美味しかった。

 そして昨日、太ももに筋肉痛が現れた。珍しい。以前は、二日三日後になって筋肉痛になっていたのに、古稀を過ぎてからは、それも現れなくなった。どんよりとした疲れが残り、歯が痛んだり、気管支炎になって咳き込んだりしたものだ。その回復期に出るという筋肉痛が出てきた。今朝起きるとき、さらにそれが露わになり、嬉しくなった。

 でも半信半疑ではある。歳をとると着実に力が落ちてくる。日ごろ鍛えるということをしない。山の鍛錬は、山を歩くしかないとかたくなに思い込んでいるから、週1の山行をできるだけ行くようにしてきた。今は山へ同行してくれる友人が数人いるから、その人たちと相談して、山は私が選び、彼らが実施日を策定して、おおむね愁1のペースで足を運んでいる。私より若い彼らは、しかし、ここ10年ほどの間に山へ向かうようになった。だから今、面白くなりかけていて、身体もだんだん力がついてきている。それに比して私は、ゆっくりと力が低落している。そのバランスが、目下は、うまく取れているというわけだ。

 だから、調子がよくなったわけはない、と思う。お酒のバロメータが調子いいからと言って、容易に信じたりはしない。どこかでホントかな? と訝りながら、結論的な判断は、つねに保留している。

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