2020年11月5日木曜日

冬に入った山――王岳

 一昨日(11/3)からテントをもって、御坂山塊の王岳へ富士山を観に行った。キャンプ場は西湖西キャンプ場テント村。根場集落の入口にある。西湖を周回する主要道からわずか百メートルほど奥まっただけなのに、静かでひっそりしている。北側を閉ざすようにそびえる御坂の山肌を明るく陽ざしが照らし、山すそまで紅葉が迫ってきて、秋深しの思いを醸し出している。西湖を隔てて、富士山が傾く陽光を浴び、今朝ほどまで降った雪を八合目ほどにかぶって輝く。

 富士山をみたkwrさんは、「いいねえ」と感に堪えない声を出す。湖畔の空き地や駐車場にはカメラを構えた観光客がずらりと並んで紅葉と湖と富士山を収めている。

 樹林の中のテント村は、私たちのほかは、バイクツーリストのソロテント一つ。50メートルも離れた片隅に陣取って、焚火をしていた。電話を受けてやって来た管理人のオジサンは、夜は事務所に泊まっていたようだから、それなりに責任を果たしていたのであろう。トイレの壁に「今シーズンをもって当キャンプ場を閉鎖します。長い間のご愛顧有難うございました。」と張り紙をしてあった。コロナでキャンプが評判になっているとはいえ、近場に旅館やホテル・民宿がたくさんあっては、思うように利用者が増えないのであろう。「シャワートイレなんて、せっかく設備投資したのに回収できたのかね」とkwrさんは心配している。

 テントを張り、例によってプチ宴会をはじめる。私とkwmさんは五一の今年産の白ワイン、kwrさんは日本酒を聞し召す。kwrさんがつけた焚火が暖かく、標高900mの冷え込みにありがたい。厚揚げとひき肉のそぼろ和えをおつまみにして、おしゃべりに興じる。家のカミサンは、山なのか宴会なのか、どちらが楽しみなのと嗤っているが、う~ん、どっちもという気分か。

 陽の落ちるのが早い。焚火の薪が炭に変わるころ、湯を沸かし、夕食の準備にかかる。5時には夕食となり、5時半には、もう周りは夜の闇。6時ころには就寝態勢に入る。

 夜中に風が強く吹いた。私のテントのフライシート代わりにしたブルーシートが、吹き飛ばされるのを感じたが、雨が落ちるはずもないし、ペグで止めてあるからどこかへ飛んでいくわけでもなかろう。9時半頃に起きたとき手直ししたが、また飛ばされたようだった。翌日家に帰ってみると、東京に木枯らし1号が吹いたとニュースになっていたから、たぶんそれと同じ北風が御坂山塊から吹き下ろしてきたのだろう。降り積もる枯葉に雨の落ちるような音がする。テントにはその音がない。朝になって分かるが、風に吹かれてクヌギのどんぐりが落ちていたのだった。

 冷えた。日付が変わったころ、ちょっと震えて目が覚めた。羽毛服を着こんでまた寝袋に潜り込んだ。4時ころ外が明るい。もう起きる時間かと思って目を覚ました。外へ出てみると、19日の月が煌々と輝いている。見上げるとオリオンが中天に光を放っている。このまま起きていようかと思ったが、ま、急ぐわけではない。もう一度寝袋に入る。ルルルと小さく低い目覚ましの音がどこかからする。5時だ。

 山登りの服装に着替え、防寒をしてテントの外へ出る。外気温は、0・6℃。kwrさんはもう、焚火の準備を始めている。ガスのコンロでは、この寒さで火力が弱い。焚火の火でお湯を沸かし、レトルトのおかゆを温め、沸いたお湯で豚汁をつくる。手早く簡単にできるテントの朝食を考えるのも、結構楽しいものだと思いはじめている自分に、ちょっと驚く。これは、ここ4カ月ほどの間に、kw夫妻と何回もテント泊を重ねてきた効果である。山登りは止めても、キャンプを楽しむという人生もあるなと、面白さの領域が広がってきたとも言える。

 朝日の陽ざしが、今日歩く予定のテント場北側の山嶺を赤く染める。よし行こうぜという気分が湧き起る。


(二日目11/4) 

 当初の予定を変えて、下山口から逆のコースをとるようにした。その方が、車を下山口においてくるよりも早く歩き始めることができる。登山口近くの精進湖畔に車を置いて出発した。6時50分。一週間前に三方分山を経めぐったときにも歩いたルートを辿る。一週間でトリカブトの花がすっかりしぼんでいる。当初天気の良くなかった先週に比べ、今週は天気が良いから、出発が3時間も早いのに、先週と同じような明るさに恵まれている。空は青い。すぐにアラカンの男二人連れに道を譲る。彼らは私たちが先週歩いたコースをパノラマ台まで辿るという。私たちは王岳ですよと応じると、「王岳の最後の上りはきついですよね」と返ってきた。地元の方のようだ。

 50分で女坂峠に着く。右へ「五湖山3km→」と表示がある。「五湖山まで40分だけど、3キロのあっちゃあ、ちょっと(コースタイムの)時間が短いんじゃないか」とkwrさん。そのあたりの時間は、二つ三つポイントを合わせると大体うまく合ってるというのが、このところの行程管理をしていて感じること。ま、ま、その程度でみていましょうと言いながら、次を目指す。

 棘のある灌木が邪魔をして、歩きにくい。10分ほどで見晴らしの良い地点に出る。雲一つない青空に聳える富士山の左側に朝陽がまぶしい。精進湖が箱庭の中にあるように眼下にみえる。

 その先は岩を越える下り道。背の低い木々の枝をくぐり、手で払いのけてすすむ。小刻みなアップダウンをくり返しながら高度を上げていく。急な傾斜を上りながら一息ついてときどき振り返ってみると、南西の方面の稜線の向こうに、真っ白な峰が見えてくる。あれは? とkwrさんが訊く。北岳じゃないかな、手前は鳳凰三山だよと黒々とした山塊に言葉を添える。じゃあ、あの街並みは甲府かな、ずいぶんと大きい町だねとkwrさん。そうだね、甲府盆地が広がってるんだね。見事に名山に囲まれた町ってわけだ、山梨の中心部は。高度を上げると、樹木のあいだから見えた南アルプスは、徐々に広がり、間ノ岳、農鳥岳から、塩見岳、荒川岳や荒石岳、聖岳といった南アルプスの3000メートル峰がたっぷりと雪をかぶって白い峰を屹立させている。「ここからなら撮れるよ」とkwrさんは立ち止まってkwmさんに写真を撮ってくれと催促している。木が邪魔をして私のカメラでは、遠方に焦点が合わない。

 キクの仲間が花をつけている。リンドウも、まだ咲いてる。これってセンブリですかとkwmさんが訊く。先週みたのは白い花。葉っぱの形を問われても、私にはわからないが、楚々とした小ささだけは印象に残っている。木々はもう冬枯れの気配。葉は、もうすっかり落ちて、足元に散り敷く。五湖山着、8時28分。46分、コースタイムより6分多いが、大した違いじゃない。次の横沢の頭までが1時間5分とあるから、それと合わせてどれくらい時間を食ってるかで、歩行速度をみた方が良いと話す。右手の遠方には、葉の落ちた木々の間に必ず富士山が照り輝いている。ルートはよく踏まれていて明るい。ただ、灌木の枝がかぶさるように歩行を妨げる。前方に甲のようにとんがった王岳が見える。あそこまではまだ2時間近くかかる。

 時間がすすむにつれ富士山の見え方が変わる。陽が高く上がると南東側の稜線沿いに雪煙の上がっているのが見える。風が強いのだ。そう言えば、稜線沿いに登ってからは北風を受ける。それが冷たい。私は羽毛服を着ていたのだが、脱ぐと寒い。来ていると汗ばむ。前を空けて冷たい風を受ける。手袋の片手を車においてきてしまったか。手が冷たい。ちょうどカメラを持つ方の手だから、いつも手袋なんかしたことがないが、今日はあったほうがいいと思う。鳥の声にみあげるとマユミがピンクの実をたわわにつけている。

 横沢の頭は9時37分。五湖山から1時間7分。ほぼコースタイム。山名表示がホントに小さいビニールテープにマジックペンで書きつけられて、木に巻かれている。えっ、こんなところという驚きがある。YAMAPなどの地図ではしっかりと山名とそこまでのコースタイムが記入されているのに、山は粗末な扱いだ。kwrさんも疲れた気配をみせない。やはり天気だ、と思う。ここからのルートには、ササが多い。背の高さが2メートル超えて、ルートに倒れ掛かっている。かき分けながらすすむ。朝出逢った登山者が言っていたように、王岳の上りは急傾斜だ。外形をみたらその通りだが、まさか直登するのではあるまいと、思っていた。だがほぼ直登に近い上り。しかもササに覆われて滑りやすい。kwrさんは「ここはササをつかんでね」と後に続くkwmさんに声を掛けながら登っている。大きな岩を乗っ越そうとしている。私は、下の斜面を這いのぼる。空が見えた。もうすぐだ。

 10時25分、王岳山頂到着。出発してから3時間35分。富士山が目の前に大きな姿を見せている。陽ざしは真上から降り注ぐ。雪煙は変わらず消えていない。すでに一人休んでいる。ここでお昼にする。私たちの行く手から単独行者が二人、更に後から一人来る。私たちのあとを追うように、また一人と単独行者が上ってくる。結構人気の山なのだ。25分も長居をした。

 王岳からの下りもなかなかのものと思っていたが、すぐに緩やかになり、快適に歩く。やがて西湖が見えてくる。眼下の根場地区が大きな町になっているのが一望できる。西湖の間に足和田山と樹海をおいて広がる富士のすそ野は、いかにも広大。富士吉田町の広がりも見え、その向こうに山中湖の湖面が小さく見える。葉が落ちず、白く輝いている木があった。名前はわからないが、葉が寒さのために丸く閉じるようになって裏側の白さが日に輝いて見えるのだ。まるでウラジロノキのようだが、違う種類の木のようだ。そうだよね、葉っぱだって寒いよねと枯れ落ちない葉に同情する。

 次のポイントの「鍵掛山1589m」も、山名表示はトタン板の切れ端に書き付けたマジックペンが消えかかっていた。枯木の間にひと際色づいたリョウブの木があった。濃い赤茶色から陽を受けた黄色い茶色までグラデーションを取り混ぜて、ほら、まだ秋ですよと呼びかけているようであった。

 鍵掛峠に着く。11時55分。リンドウが小さくきれいな花を開いている。サルトリイバラの実がたくさんついた枝をkwmさんがもっている。アッ咲いていると思って手に取ってみたら、折れた枝だった。でも、何処に木があるんだろうと探している。まさか鳥が加えて持ってきて、食べ飽きたから放り出したなんてことは、ないか。行く手から声が聞こえる。そちらが、西湖根場集落への分岐だ。行くと高齢の二人連れ。鬼ガ岳へ行って、これから王岳へ行ってくるようだ。私たちに、えっ、もう下山? という顔をするから、精進湖から縦走してきたと告げる。

 ここからのルートは、9月に十二ガ岳に登った時の下山につかった。傾斜は急だが、ルートはジグザグに切ってあって歩きやすい。降りはじめる。12時。標高が低くなると、つぎつぎと紅葉が現れ、落ち葉は降り積もり、だんだん色鮮やかになる。kwrさんは快調に下る。kwmさんも負けずについていく。先ず根場につづく支稜線の西の谷側に降り立つように下るから、陽ざしが差し込み明るい。枯れた沢の上部に着くと、沢に沿って山体をトラバースする。徐々に水音が聞こえてくる。下の方に水の流れが目に入るようになると、砂防堤が現れ、向こうの稜線の山体が日陰をつくって暗いルートに入る。樹林が深くなる気配とともに導水管が現れて里に近づいた気配が漂う。わずか44分で林道に出た。ここからは小石のばらつく歩きにくい道がしばらく続き、10分ほどで根場の古民家群に出遭う。ススキの穂の向こうに松の木を従えた富士山が雲をたなびかせて、まるで絵のようだ。

 今日は、富士山のいろいろな姿を、時と所を変えて見つめ続けてきた。こういう至福の山歩きができたのは、やはり元気だから。

 根場の集落には、たくさんの観光客がやってきていた。この人たちも、紅葉と富士山を湖とともに堪能したに違いない。車を置いたテント場に着いたのは13時10分、行動時間は6時間20分。お昼を差し引くと、5時間55分。当初予定コースタイムの6時間半からしても、上々の歩き方であった。

 この後精進湖の車のところまで送ってもらい、そこで別れて私は直帰したのだが、鳴沢氷穴の先で道路工事が行われていて車線着せに規制にぶつかり、なんと30分以上も足止めを食らった。もう一度西湖へ戻ったkwmさんたちの方が(たぶん)先に帰着したのではないかと思う。いつもいつも、単純な計算ではいかないんですね。でも、4時少し過ぎに帰着。心地よい達成感に満たされて、あまり疲れを感じていませんが、疲れていないということではないのだと、いま自分に言い聞かせているところです。

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