BLACK LIVES MATTERというHUMAN SOCIAL-SYSTEM-VIOLENCE MATTER

　ミネアポリスで起こったジョージ・フロイトさん殺害事件が全米に広がりをみせている。「BLACK LIVES MATTER」という抗議の言葉が「人種差別」への抗議と解説されると、ちょっと違うんじゃないかと違和感が胸中に残る。
「キング牧師へのテロ抗議デモ以来の広まり」とメディアは伝えているが、それでは「黒人モンダイ」に限定しすぎる感じがする。今回のそれは、「人種差別」というよりは「わが命のモンダイ」と響く。
　コロナウィルスの渦中にいることが、そういう響きを湛えていると思われる。

　では「BLACK LIVES MATTER」といわないで「HUMAN LIVES MATTER」といえばいいかというと、今これをそのように表現するのは、「モンダイ」を拡散させ、焦点をぼかしてしまう。つまり象徴を捨象することによって、本質を外してしまう。
「黒人差別」と名づけると、黒人（有色人種）と白人の間に横たわる「差別意識」のモンダイと受け取られる。だが、ジョージ・フロイトさん殺害の動画を見ると、膝で首を抑えている警察官はまるで大きな獣を確保しているように得意然としている。膝の下で、「息ができない、殺す気か」と叫ぶフロイトさんの声が意味を持たない呻き声のように警察官の耳を素通りしているのか、坦々と職務を遂行している姿である。
　
　私はとっさに、ドン・ウィンズロウの「犬の力」を想い起した。ほぼ一年前の2019-6-3「職務遂行の力から解き放ちたまえ」と題して、ドン・ウィンズロウ『犬の力（上）（下）』（角川文庫、2005年）を読んだ感想を記している。活劇物。
「でも通快といかないのは、この作者、正邪を明確にしないから……取り締まる側も対抗する側も、有無を言わせぬ金と暴力の支配が大手を振ってまかり通り、謀略と密告、力による制圧と報復が交錯する……庶民は屈辱に打ちひしがれて虫のようにあしらわれる」
　と、おおよそ日本では考えられない西部劇的価値観と読み取り、
「アメリカでまた銃乱射事件が起こったと今日の新聞にも報道がなされている。文化として「暴力」がどう受け入れられ、どう排除されてきたか」
　とモンダイを浮かび上がらせて宙づりにしている。ただ、末尾で、挟まれた詩編を「まるで贖罪のように」と評して引用している。

    わが魂を剣から解き放ちたまえ
    わが愛を犬の力から解き放ちたまえ

「BLACK LIVES MATTER」とは文字通り「犬の力」によって「庶民は屈辱に打ちひしがれて虫のようにあしらわれる」ことなのだ。それを象徴することが「黒人」に向けて発動された。その象徴性が「HUMAN LIVES MATTER」であるコロナウィルス禍に介在されて響き渡り、全米の、あるいはその他の世界の「抗議デモ」になっている。
　何に対する「抗議」なのか。「人種差別」ではない。「犬の力」によって「虫のようにあしらわれること」に対する「抗議」である。「犬の力」とは社会システムの独占する「暴力」による「職務遂行」のことだ。警察や軍隊は（社会学用語で）暴力装置と呼ばれてきた。国家が独占する暴力が人々を虫のようにあしらうとは、社会システムが暴力的統治として人民に対立していることを意味している。民主主義と呼ぶのが何に由来するのかさえ疑わせる事態なのだ。
　
　キング牧師のときと違って、今回の抗議デモが落ち着き先を見通せないのは、トランプ大統領が「犬の力」しか目に入れていないからだ。キング牧師のときは、アメリカ政府が黒人差別に取り組む施策に積極的に取り組むことによって収束へ向かった。今回はトランプ自身の振る舞いによって一層困難な局面を招き寄せている。幸いなことに（と私は思うが）アメリカ政府部内が分裂している。
　いまの対立構図の行きつく先をわかりやすく描くなら「革命」しかない。非暴力主義による統治革命。もっと平易に言えば、暴力装置を排除して秩序が保たれていく社会革命。そうみることによって、香港のモンダイとも、台湾のモンダイとも、ウィグル自治区のモンダイとも、世界のありとあらゆるところの暴力統治のモンダイとつながってくる。
　トランプを追放することが、ジョージ・フロイトさんの殺害に見合う落ち着きどころに（トランプ自身が）してしまったのだ。騒乱に対するに暴力装置をもってすることは、結局対処療法に過ぎないと教えている。
　コロナウィルスが果たして、いつ、どこに落ち着くか見通せないように、「BLACK LIVES MATTER」もまた、何処に落ち着くか見通せない。財務大臣のように、「民度が違う」と言ってもらいたくないな。あなた自身の「革命」が問われているのだから。