2020年6月29日月曜日

深山幽谷の気配を湛える石裂山


 今日は梅雨の晴れ間。車で栃木県へ向かった。来週の山の下見。何十年か前に登ったことはあるが、細かいことは全部忘れている。新鹿沼駅から人様を乗せて登山口に向かうのに、うろうろするわけにはいかないと思って、行ってみた。

 いや行って良かった。naviに目的地を入れて着いたところは、とんでもない所であった。登山口の加蘇山神社を入力すると、ものの見事に栃木県鹿沼市云々と出た。走るにつれ、えっ、ちょっと違うんじゃないの? と思う。新鹿沼駅からわりとまっすぐな道を奥まで詰めたら目的地と思っていたからだ。ははあ、旧道を辿ってるなと思った。
「目的地に着きました。案内を終了します」とnaviはのたまう。加蘇山神社の大杉という表示があるものの、駐車場はない。トイレもない。登山口の駐車場から奥へ入ると、加蘇山神社の駐車場だったはずなのに、これは違うじゃないか。上から「鹿沼駅」行のバスが降りてきて通過してゆく。地元の人の姿はみえない。登山口はもっと上かなと思って、奥へ車で上がる。ひとりお年寄りが庭の手入れをしているので、車を降りて訊ねた。
 
 神社のところから登山口はあるよ。だがね、去年の台風で道がずいぶんやられてね、どうしているか、わからない(と応える)。
 いえね、登山口には駐車場があって、トイレもあるとガイドブックにはあったんですがね。
 ああ、それはこの山の向こう側だね(と言って、神社裏の山を指す)。
 石裂山ですね。
 そう、でもこっちはね、難しい字を書くんだよ。「石」じゃなくて「尾」なんだよ。
 
 指さす山がオザク山だという。国土地理院地図には「尾鑿山」とある。鑿はうがつ。「石裂山」の「おざく」も特異だが、こちらの「うがつ」方もなかなかのものだ。
 山の向こう側の住所を聞いて、naviに入れ、山すそをぐるりと回り込む。15km下って、3kmほど走り、14kmさかのぼる。それだけで深山に踏み込んでいると思う。
 ところが途中でnaviが太い道路を左折せよという。左折して奥へすすむと、トンネル工事をしている。その先は行きどまり。「工事関係者以外は立入禁止」とあり、ロープを張っている。参ったね。工事事務所のプレハブの前で、何人かが打ち合わせをしている。割り込んで、訊ねる。
  太い道路をそのまま行くと旧道に合流している、という。大掛かりな道路工事をしているのだ。礼を言って元の道に戻る。想定通りに加蘇山神社があり、その脇にトイレも設けてある。車は境内に止めるのだろうか。私は、脇の道を奥へとすすむ。ところどころに穴の開いた、傷んだ細い道を1kmほど走ると、加蘇山神社があり、車が二台止まっている。当初の予定より1時間半ほど遅れている。
 
 並んで車を止めて気が付いた。一台は私の山の会の人のものではないか。ナンバーも間違いない。とするとご夫婦で週1登山をしているトレーニングに、来週のこのルートを選んだのか。いつも先頭を歩いてもらっているから、チーフ・リーダーという気になったと思われる。何時にここを出発したかわからないが、今から後を追っても追いつくのはムツカシイかもしれない。となると逆コースを歩けば、どこかで出逢う。そうだそうしようと、来週のルートの逆へ踏み込んだ。
 
 山は昨日までの雨を吸い込んでいる。岩も濡れている。ルートの表示はない。踏み跡を見て辿る。マタタビが花を咲かせて葉を白くして日差しを浴びている。岩のところも、よく踏まれたところを見つける。気を許すと転落しそうなところが随所にある。「転落注意」「滑落注意」と掲示板が立ててある。スマホの地図はgeographica。事前に打ったポイントを通過したかどうかがわかる。5分ごとに時刻を告げる。歩いている標高も百メートルごとに声に出して訴える。はじめこれをうるさいと思っていた。一人で黙々と歩くときにはちょっとした掛け声に思えて、ふむふむと頷いている。
 上から年寄りが降りてくる。地元の人だそうだ。田中澄江の「花の百名山」にも入っているのに、今年は花が少ないとぼやく。
 どこから?
 浦和から。
 さっき、越谷からの人とすれ違ったよ。バスで来たんだって。
 あっ、あなたは白のバンの人?
 そう。気を付けて。
 標高800メートルで稜線に上がる。岩場には古いロープがつけてある。月山に着く。11時11分。山頂の表示はしっかりとある。
 
 そのさきの道筋は、岩山らしからぬ、樹林の中。15分で西剣が峰と石裂山の分岐に出る。石裂山はすぐ先の突起。越谷の人がいる。もう一人は、岩槻の人だってと越谷の人がいう。この方は四十代か。どちらから? えっ、浦和です。なんだ、みんな埼玉じゃない。県境を越えてもよくなったんで、来たんですね。奥宮から登ってくる夫婦ものをみませんでしたか? ああ、後で声が聞こえてましたね、と岩槻の人。ではではと分かれる。
 
 ここからがハシゴとクサリと岩を伝う上り下りだ。長い何脚ものハシゴの途中で、上から人が来る。脇のガレ場に立って彼とすれ違う。後ろから二人きますよ、という。ハシゴを上っていると、あっ、***さんだと私の名を呼ぶ声が聞こえる。今週は今日だけが晴れだから、来ているかと思ってたと、山の会のkwmさん。kwrさんが時計を見て、「お昼食べた?」と訊く。いや。一緒に食べよう。と脇の展望台の方へ向かう。11時45分。途中で道に迷ったと話す。そうか、それで遅かったんだと思った。逆ルートを歩いていてよかった。ちょうどお昼タイムに出逢うなんて、謀ったみたいだね。
 陽ざしはあるのに暑くない。もちろん寒くもない。食べていると、越谷の人がきて、まもなく79歳だという。元気ですね。いつも奥宮から登るんですが、今日は月山の方から回ってるとも話す。彼も少し離れたところで、お昼にする。
 
 下山したら、無事降りてくるまで待ってるよと告げて、私は奥宮の方へ、kwr夫妻は石裂山の方へ向かう。展望台の先に東剣が峰がある。この三つと月山とが石裂山の四峰になる。剣と名づけるだけあって、岩を辿って登り下る。鎖やロープがついている。木をつかみ、後ろ向きになり、岩に足を置いてすすむ。大きな岩場に来る。太く長いクサリが何本もつけられている。どれをつかんで、何処に足を置いて下るか。濡れて滑りやすい。後で聞いたが、ここを下から来たとき、通り過ぎてさらに先へ上り道を探し、間違えたらしい。
 
 奥宮が崖の上の方にある。そこまで十数メートルのハシゴがかかっている。ルートは素通りすればいいのだが、上ってみる。上は滴り落ちる水で岩が濡れている。しずくを受けながら岩をつかんで上り、奥宮の前に立つ。下の方に越谷の人が来て、休んでいる。ハシゴを下りて、先へ向かう。木をつかんで降りるようになる。土が滑りやすい。東屋がある。そこからは沢を下る。ここも踏み跡を探して下降する。大きなカツラの大木がある。由緒書きも立て札にしてあるが、暗くてよくわからない。
 
 休憩所に、月山ルートを下った岩槻の人がいた。? バスにはまだ時間があるから(と私の疑問を感じたように応える)。
 そこから15分くらいだったろうか。神社の駐車場に着く。14時20分。歩き始めてから3時間35分。お昼タイムを入れてほぼコースタイム。いい調子だ。50メートルくらい標高が高い所の加蘇山神社へ足を運ぶ。太い杉の木が何本も石段を囲む。山頂の境内脇には、一本の直径が1・5メートルほどある杉の木二本が下の方はくっ付いているように合わさり、その部分も苔むしてまるで直径が4メートルにもなるような大木がある。こりゃあすごい。
 kwr夫妻が戻ってきたのは14時55分。展望台からのペースはコースタイムだ。
 ではではと分かれて、4時前に帰ってきた。道を間違えたせいもあるが、鹿沼の奥がこんなに深いとは思いもよらなかった。石裂山は深山幽谷だと思った。

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