2020年6月11日木曜日

『時雨譜』――わが身との御対面


 菅原貞夫『時雨譜』(砂小屋書房、2020年)を4月に頂戴した。オシャレな歌集である。だが私は、もっぱら制作途上の「古稀の構造色」にかかりっきりで、手に取って読むことができなかった。やっと「古稀の構造色」が出来し、菅原氏にはお返しのようにお送りしたが、制作由来は記したものの、歌集恵贈への御礼は記していなかった。やっと、以下のような返信をした次第。

 
  歌集を届けたら冊子が帰ってきたのには、驚かれたことでしょう。これではまるで、果たし状ですよね。そうなった事情、ご賢察ください。
 六日の菖蒲十日の菊。やっと『時雨譜』を手に取ることができています。
   人類史みながら辿る古稀の道「戦後に生まれ戦前に死ぬ」
 古稀を挟む貴兄の構造色が味わい深さを湛え、面白く読みすすめています。誕生はわずか四年しか違わないのに、「戦中生まれ」と「戦後生まれ」が世代の違いを見せつけるようです。「火影の闇」の十首は、あなたと座を共にした日々を思い起こさせ傷ましさを感じないではいられませんでした。ただあなたと私は向き合い方が逆だったのかと思料しています。
   生活とふ侮りがたき存在がわが愛しむべき時を奪えり
 市井の民というか凡俗の輩と遠いところにいると思い違いをしていた若き私は、愛しむべきことは暮らしであり、もっぱら生活に欠けるわが身を痛切に感じることが多く、それが時を奪えりと思ったことはありません。ようやく自分の輪郭を描くことが「人類史」を辿ることと同じと実感するようになって、地に足がついた感触を心裡に持つことができたようです。
   天離る伊奈の縄手に彳みて北時雨にも動かざる鷺
 見沼田んぼを散策しながら、貴兄の歌をゆっくり転がします。ありがとうございました。
 
 歌集というのは、傍らに置いて気になるごとに手に取って目を通す。ひとつ二つ読み取っては、胸中に転がして、広がりや深まりを味わう。批評はしない。「心の闇をみせまつらばや」というのを聞き届けることができるか。もっぱらわが身との御対面である。

0 件のコメント:

コメントを投稿