なぜか私が稲刈りをしている。すぐ向こうで婆さんが鎌を持っている。あれ? 息子夫婦は、どこをやっとんじゃろ。彼らがやるんじゃなかったかな。
えっ? そういえば、いつから私は百姓をやっとったんじゃろ。稲刈りなんか子どもの頃みただけじゃなかったかな。それにしても、鎌の振るい方を知っとるのは不思議なものだな。
う~ん、腰に来る。よっと、勢いをつけて腰を伸ばす。いい日差しだ。山の緑はますます濃くなっている。柿がたわわっていうか、枝が折れそうなほど実をつけている。去年と違って今年は豊作じゃ。猿が出たと誰か言うてたな。ちょうど熟そうかというほどの時期をしっちょるのかな猿めは。そん頃になるとちゃんと出て、もっていく。
月初めには雨が多くて田圃の水捌けが悪かった。もう稲は稔って頭を垂れ取るのに、これじゃあトラクタは使えんねえと嫁が言いよった。なんならワシがやるで、と嫁は元気がいい。息子は大腸検査でポリープがあったとか言って、昨日まで入院しちょった。「悪性じゃないって、心配なし」といたわれたと帰ってきて言うちょったが、1週間入院しちょったせいか、青なり瓢箪みたいな顔をしてたなあ。
あれっ? 婆さんはどこへ行ったやろう。姿が見えんな。わしもひと休みしようか。あれ? わしっていうとるな私は。いつからそういう言葉をつかうようになったろう。う~ん、と腰を伸ばす。ぴりぴりと腰の辺りにひびが入ったみたいに痛みの予感のようなものが走る。用心せな、あかんな。
ふと五十年以上も前の友人の話が思い浮かぶ。あれは車の免許をとったころだったろうか。
「人はな、身の回り50センチで暮らしていけるようになるんだ、と」
車の運転設計のことじゃったろうか。そういう夢のような社会になるということじゃったろうか。五十年経って、そうなったような気もする。
道に上がる。家の方へ歩いて行く。あれれ? どこだったかなあ、わからないぞ。
えっ? 逆の方だったかなあ。道からちょっと小さい坂を上がると車庫があったはず。だけど、小さい坂道はいくつもある。だが、我が家ではない。
こっちの道だったかな。こんなに坂、登ったかな? そんなはずはない。
おおっ、こっちは車で通ったことがあったな。ああ、この道はひろさん家へ行くときに通るんじゃ。あれ? わしはひろさんに何の用があったんかな。なんでここに来とんのか、忘れたぞ。まいったなあ。引き返そう。
おや? この分岐はどっちへ行ったろうか。
わしはどこへ行くんだったんじゃろ? わからんぞ。こりゃあ困った。
困ることはないじゃろ。散歩しよったんじゃない? だったら、どこへ行こうってことはないんだから、困らんでいいよ。
そうだ。そうだよね、やっぱり家へ帰ろう。ええっと。どっちだっけ。
右へ下っていったら、わかるかな。あれ? 何で家がわからないんだろう。
お茶堂があった。ひと休みして行こうか。
腰掛けてボンヤリしていたら、向こうから来た人が声をかけてきた。
「あんたこんなとこで、なにしよんなら」
えっ、と聞き覚えのある声に目を上げて顔を見ると、おふくろが話しかけてくる。
「ひと休みしよんじゃ」
と応えて、あれ? おふくろはもう8年も前に鬼籍に入ったんじゃなかったかな。こんなところで会えるとは思ってもいなかったぞ。
ここはどこだ? そう考えはじめて、これが夢だとわかった。
三途の川縁まで行ったのだろうか。
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