2022年11月24日木曜日

不可思議と畏敬の思い

 本を読んでいてある記述に遭遇し、2年もご無沙汰している友人に手紙を書こうと思いました。その文面を記します。

K****さま

 如何お過ごしですか。コロナにめげず、順調に齢を重ねていらっしゃいますか。

 ひょんなことから、十四面体によってわが身が護られていることを知り、お便りするします。いや、それだけのことなのですが・・・。

 スコットランドの数学者であり、物理学者でもあったケルビン卿ウィリアム・トムソンは(絶対零度の導入などに貢献したことで有名ですが)、後年の彼は完璧な泡の構造を求める研究に取り組み、1887年に次のような新しい問いを立てたそうです。

《ある空間を体積が等しい立体の集合によって満たし、立体同士が接している境界の面積が最少になるとき、その立体はどのような多面体になるか》

 ケルビン卿は最適解を求めて計算をすすめ、最終的に十四面体という答えに達し、これを組み合わせると蜂の巣のような美しい構造になることを示した、というのです。

 当時彼の研究は、「まるで泡みたいな研究だ」とずいぶんと揶揄われたようです。

 これはしかし、百年にわたって誰にも注目されず、自然界との関わりも薄いと考えられてきた。ところが2016年に日本とイギリスの研究グループが特殊な顕微鏡を用いて人間の表皮を観察し、皮膚の一番表側の層に出て来る前の死んだ細胞・ケラチノサイトが表皮の一つ下の層・顆粒層に押し上げられたときに、この多面体の形をとることが発見された。

 ということが、皮膚の研究者・モンティ・ライマン『皮膚、人間のすべてを語る』(みすず書房、2022年)に紹介されていました。

 おおよそ世間離れした正多面体がどこまでコンピュータ・グラフィックで描けるかというあなたの試みが、五角120面体にまで達した、それがどういうことを意味するのか、言葉が見つからず絶句したことを思い出します。

 あなたのそれよりも遙かに少ない、わずか十四面体として、自然界で作り出されていたこと。それも皮膚という、わが身の、まさしく灯台もと暗しの足下で、それも最も身近で、日々目にし、触れ(私はそこに「こころ」が宿されているとみ)ている皮膚の表面で、そのような精妙な神業が営まれていたことを知って、驚くと同時に、畏れ多いことに触れたように思っています。

 奇しくも、あなたの多面体のデザイン画を北浦和公園でみて、言葉を失ったことを思い出し、あらためてあなたの営みがそういう神の領域に迫っていたことだと思いあたり、お便りを差し上げようと思った次第です。

                                      *

 実は私は、「こころ」が皮膚表面にあると考えてきました。皮膚というのは「眼耳鼻舌身」と指摘される五官の中の「身/皮膚/触覚」と考えられていますが、実はそれらの五感官が受けとった刺激はすべて「身」で以て総合され、外界と自分との関係として感知されています。その関係を感知するセンサーを、私は第六感・「こころ」と表現していると考えています。「身」と「こころ」を同じもののようにいっていますが、「心身一如」という意味で、ひとつのこととみなしていると受けとって下さい。

 さて、北浦和公園では、あなたの関心は正多面体に対する美意識に源があると思っていました。ゲームのようなコトとも言えましょうか。それに向き合っている時には、他のことを忘れ、まさしく忘我の境地、瞑想の域にいると思え、羨ましく思っていました。

 この皮膚表面に現れる十四面体の体の不可思議な働きは、「身」「こころ」の精妙な働きに相当するくらい、見事なわざ。ホモ・サピエンスのおおよそ十万年、人類史の八百万年を遙かに超えて、35億年の生命体の歩んだ過程を綿々と受け継いできた結果だと、あらためて思っている次第です。同時に、身体という自然の造形に数理的な作用が働いていることを不可思議に感じるとともに、畏敬の思いを更に深めています。

 その最末端にいるワタシという、ほとんど宇宙次元でいえば、ゴミどころかウィルスにも当たらないほどのケチな存在にも、それがしっかりと受け継がれ、埋め込まれている。そう思うと、涙が出るほどの感動を覚えます。と同時に、生命体の99.9%は死に絶えてきたという生命史の研究と重ねると、本当に様々な偶然に、子細をたどれば、それに十層倍する幸運に恵まれてここまで来たのだと思わないではいられません。

 先月、とうとう満80歳になりました。着実につかい尽くした身の、経年劣化を覚えながら、相変わらずよしなしごとを書き付けて過ごしています。

 もう二年もご無沙汰をしています。相変わらずコロナも勢い盛んですね。

 気をつけて元気にお過ごし下さい。   2022/11/23 F***

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