2019年12月23日月曜日

「学校の変容」は、どうモンダイになるのか(1)教師の専門性


 さて前回までにとりあげたkさんの背景説明につづいて「学校の変容を巡って」と見出しを付け、《私(kさん)が一教師であった七年前と比べてみても……以下のような変化がある》と5項目を挙げています。

専門家の専門性や権威が疑われる
当事者主権の考え方が、ますます強まる
ベテランが否定され、ベテランは若手に学べと指導される
生徒は、教師をコントロールしようとし、教師は生徒に合わせざるを得ない
管理職の力や教育行政の力が強まっている時代

 一つひとつの項目について、私の感想を述べていきますが、①~⑤は、どれも、いつの時代にもモンダイになったことだと思います。ただ、それがどうモンダイなのかが、kさんの記述ではあまりはっきりしません。


 ①の専門性を「教師の専門性」とか「教師の権威」のことだとしたら、もうとっくの昔から疑われていました。私が高校生の頃にも、すでに教師ばかりか大人に対する疑いの目はかなりきつかったろうと、想い起します。むろん戦争をしてしまった大人たちという立場が教師の側にはありました。教師のなかでも戦後の新制大学を卒業した若手は(さほど戦争責任を感じなかったのかどうかはわかりませんが)元気が良く、その上の年配教師たちはごく控えめでした。ただ年配の彼らは、言葉ではなく振る舞いで圧倒的に「おとな」の気配を漂わせ、高校生ごときが文句をつける隙もなかったように記憶しています。その頃の教師と生徒の共通の基盤は「教養」だったと、のちに私は振り返っています。

 私が定時制高校の教師をつとめた1960年代の後半は、田舎の中学卒業の「金の卵」ともてはやされて集団就職してきていた生徒たちが、教室に溢れていました。彼らは都会地に出て就職することでかろうじて高校へ通うことができたのです。向学心も旺盛、定時制を卒業してから四年制大学へ進学する子たちもかなりの数いました。わりと時間を自在に使える定時制の教師という仕事は、大学院に通う教師たちにも好都合でした。この教師たちの「権威」である知的能力と生徒たちの向学心の目指す所にある「教養」とが一致していたことも、この時代の教師たちにとっては幸いであったろうと思います。

 「末は博士か大臣か」というのが世間共通の「権威」であった時代は、とうの昔に消えていました。でも大正教養主義と私は呼んでいますが、私の親の世代が身に付けた「教養的」向学心が、いつ知らず子どもである私の内部に「権威」的な色彩をもち、本を読むこととか、古文や漢文を読みこなすことはできなくちゃならないと素直に受け入れていたのですから、以心伝心ではあったのですね。意識の上では、そういう親世代をこき下ろしながら、でも彼らから伝えられた「教養」を求めていくというねじれた学生時代が、私たちの手にしていたものです。当然その学習の過程で、疑問を持ち、学説や方法論を否定するような方向も、胚胎します。それはでも、学問世界では、当たり前のことではありませんか。

 とすると、「専門性を否定する」と現場教師がいうのは、自らの専門性が生徒や親によって否定されるということでしょうか。恥ずかしながら私は、教師を専門職だと思ったことがありません。学問的な専門的知識ということを(上述の幸いな時代であってさえも)教室現場で駆動したことがないからです。長く定時制高校の教師であったこともあって、私が大学で学び身に付けた専門的知識もそれ自体は神棚に祀られたまんま、出番はありません。

 ただ、1973年の秋のオイルショック以降、金の卵はゼロになったこと、にもかかわらず首都圏への人口集中と高校進学率が上昇したために、全日制をあぶれた子どもたちが大量に定時制に押し寄せたことがあって、たちまち定時制高校の様相が変わってしまいました。向学心に燃えた生徒たちと大学院で学問を続ける教師たちの蜜月は終わりを迎え、乱暴な振る舞いの生徒や学力のおぼつかない生徒たちがたくさん押し寄せてきました。教師と生徒のあいだの「文化的な齟齬からくるトラブル」が頻発しました。そうした状況の中での教師の権威とは、生活指導、生徒指導において力を発揮することでした。でも教師も、保護者も、むろん生徒も、そんなことを教師の専門性とは思ってもいませんよね。

 知的力量における専門性は、学問的に身に付けたものをひとまず暮らしのなかに沈め、腑に落ちたことを噛み砕いて、生徒の置かれている状況にぶつけるように吐き出してはじめて、彼らの耳に届く。別様に謂えば、一週間の仕事を終えて通ってくる土曜日の4時間目の授業であっても、眠らずに耳を傾けさせる授業とでもいおうか。そういうことを私は、何年かののちに身に着けていったように思います。その知的力量は専門的なことかというと、私の身体感覚からすると、そうは感じられませんでした。学問的専門性と思ってきたことが、むしろ中空に浮いた形而上的思弁に思われ、身に付けてきたそれらをあらためて市民の暮らしにおきなおして一つひとつ吟味しながら、再検証するというふうな何年かを、定時制高校の教師をしながら行ってきたものです。そういう意味で、私という教師が、生徒に対して何がしかの「権威」をもって接していたところがあるとすれば、生徒が胸中に抱く「大学卒」とか「難しい本を読んでいる」という一般的な「権威」に支えられているか、日ごろ接するに自分たちと違う発想をし、違った思考展開をして、なおかつそれが新鮮、かつ、適度に説得的だと思えるなどの「文化的・人間的力量」などであったといいましょうか。

 中学や小学校で、教師に対する親の吟味が厳しくなったと言われた時期があります。1970年代の後半です。大学卒の親が多くなったこともあるでしょう。また学校が将来進路の決定に何ほどかの影響を及ぼすと考えられるようになったせいかもしれません。それはしかし、教師のどのような専門性が疑われているのでしょう。またその「権威」が揺らいでいるとしたら、どのような要因がそれを揺さぶっているのでしょう。そのように子細に、場面と事柄とをわけてモンダイにしないと、ただ親や生徒が教師をバカにしはじめたと言っているだけになりませんか。

 kさんは医師のインフォームド・コンセントを形成しなければならなくなったことを、「専門性が疑われる」事例として挙げていますが、そうでしょうか。むしろ、患者の「自己責任」という観点が強まり、医師はインフォームド・コンセントを行うことで責任を解除されているのですから、専門性が疑われているわけではありません。むしろモンダイにするとしたら、患者であれ生徒であれ、当事者の(ある状況において選択・同意したという)自己責任がなぜ問われるようになったのか、それは妥当なのかどうかと(患者や生徒の立ち位置から)問う方が、学校現場の事態をとらえるうえでは、必要なのではないかと、私には思えます。

 kさんは他に食品科学者が「食の安全性」について市民たちと合意しなければならなくなったという事例も上げていますが、これも、消費者主権が社会的に浸透し始めたことと深く関係しています。科学的な証左(エビデンス)に照らし合わせて謂うと、消費者の責任で選択して判断してもらうためには、その前段で、科学的証左を消費者が納得できることが必要になります。そのための、いわば科学の社会化過程が「安全性の合意」です。そう考えると、専門性に疑問を呈するようになったと否定的にとらえるどころか、大いに疑問を提出して科学的エビデンスとつばぜり合いを演じてもらった方が、社会的な文化の共有としては意味が大きいとさえ、私は思います。

 kさんは上記の二事例を挙げたのちに、《学校や教師の専門性や権威が疑われ、だから学校は、子どもや親や世間の人々の「ニーズ」に耳を傾けて、指導の中身について、彼らと一緒に「合意形成」をしていかなければならなくなっています》と記しています。

 どなたがいっていたことか覚えていませんが、「学校や教育に関してだけは、誰もが経験者であり当事者であるから、どこからでも切り込めるし、どのようにでもモノが言える。だから、口を挟む人は、それぞれ自分がどのような立ち位置から、どのような状況を想定して、口を挟んでいるかをその都度限定的にしておかねば、議論にならない」ということがいえます。
 
《子どもや親や世間の人々の「ニーズ」に耳を傾ける》ということも、どこが不都合なのかと、いま引退した平場にいて私は、率直に思います。何もかも全部お預けしますというほど信頼性の高い学校というのは、よほど文化的にも磨き上げられたシステムを伝統的に作り上げてきている学校だけしか、考えられません。そこそこ保護者や生徒の期待を裏切らない進学校が、そのような学校ではないでしょうかね。「ニーズ」に耳を傾ける必要があるのは、親や生徒の期待にそぐわない学校、生徒指導や生活指導で四苦八苦している学校に違いありません。すでに先ほど述べたようなこと、教師の生徒指導や生活指導における専門性など、教育関係者も保護者も生徒も、はなから認めていないのです。教師だって、それが自分の専門性だとは、思っていないのではないでしょうか。たぶん、知的なことに関しては、親も世間も生徒も口出しはしていないと思いますよ。だって、それをやると、教職の専門性の本体に喧嘩を売るわけですから、よほど親の方が知的にも文化的にも生活的にも力量において上に立っていなければなりません。

 kさんは《指導の中身について、彼らと一緒に「合意形成」をしていかなければならなくな》いとぼやいていますが、例えば生徒にひとつの処置処分を下すとき、その処置処分を受ける当事者が受け入れを納得していなければ成立しないのは、いつだってそうでした。それともkさんは「学校の処置処分、指導に口を挟むな」とでも、言いたいのでしょうか。やはり、具体的なことについて、限定的に取り上げるか、一般論として俎上に載せるなら、もっと子細に踏み込んできめ細やかに取り上げて、論の展開が道筋を拓いて行けるように考える必要があると、思いました。

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