2021年1月16日土曜日

1月の「36会Seminar」開催中止に関するお知らせ

皆々さま

 寒中お見舞い申し上げます。併せて、新型コロナウィルス禍中、お見舞い申し上げます。

 Seminarを予定していた1月23日(土)が間近に迫っていますが、開催のお知らせをする言葉が出て来ません。

 開催のお知らせもしないで「中止」というのも、何だかなあと思いますね。それもこれも皆、コロナ禍のせいにしてお赦し下さい。

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 コロナウィルスが勢いを増していることは、日々の報道で、ひしひしと感じられます。たしかに「緊急事態」だと思います。

 では政府の「緊急事態宣言」がコロナウィルスのどこをどう抑えようと意図しているのかとなると、ピンときません。

 5人以上「会食」の人数が問題なのではなく、ウィルス感染の防備を整えているかどうかがモンダイなのだとか、人と会うのが役目なのだからとか、会食をした政治家たちは居直っています。

 8時以降の外出は「誤解」だそうです。昼夜を問わず外出するなという意図だそうですが、政府はそうは口にしません。なぜかメディアが言葉を補足しているのです。いかにも日本語の特性文化なのでしょうか、直に言わせるな、推察せよということのようです。

 若者中心に感染が広がっていることを政府は力説していません。コロナウィルスに感染した若者の「無症状」も面倒な「後遺症」をもたらすとメディアが広報をはじめていますが、政府はそうは言いません。対応策が後手であると思われないかと気を遣っているようにみえます。つまらないこだわりです。

 都知事が(感染拡大を抑えるには)「人の往来を止めることです」というのが唯一、そうだよなあと響きます。でも、日々の暮らしそのものの「密」度が高い首都圏では、ほんとうに街を封鎖するロックダウンでもして、外出を抑えてしまうのでなければ、「止める」ことなどできません。法改正をして施策に強制力を持たせようと政府与党は立案作業をしていますが、知事の強制権限に実効性をもたせるための「罰則」には言及するものの、強制を効果あらしめるための「財政保障」には触れていません。国家の強制力とは無理やり従わせることにほかなりません。それによって進路を誤った75年前の国家のトラウマを未だ引きずっているのだと傷ましく思います。知事の強制権限にしてから、「勧告」と名づけて「強制」とは表現できないのです。

 いずれにせよ私たち年寄りは、現状況に適応して自己防衛するしかありません。世の中の移ろいに、過ぎ越し日に積み重ねたわが身の無意識を見いだしつつ、せいぜいご近所の散歩程度を欠かさず、御身大切に、元気にお過ごしくださいますよう、お祈り申し上げます。

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 次回のSeminar予定は、3月27日(土)です。会場や時刻は、開催見通しが立ちましたら、お知らせします。

 はてさて、そのころまでに新型コロナウィルスの拡大は収まっているでしょうか。お楽しみに。

    2021年1月16日 36会Seminar事務局

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