2021年2月24日水曜日

オープン・ガバメントという希望

 コロナウィルス対策で見事な対応をしている台湾は、面積でいうと九州より少し広いくらいの大きさ。人口は東京都の人口より1000万人多い、2300万人余。人口密度は東京の10分の1くらいというコンパクトな国である。

 目下、「中国の一部」という中国政府のタテマエによって、国際的に孤立を強いられている。WHOからも締め出されているにもかかわらず、コロナウィルス対応を、世界に先んじて実施し、着実に成果を上げている。その台湾で、35歳のIT大臣が誕生したというニュースが流れて2年。その方を紹介する本が、去年、出版された。

 アイリス・チュウ、鄭仲嵐『Au オードリー・タン――天才IT相7つの顔』(文藝春秋、2020年)は新鮮な響きを持っていた。35歳のIT相として評判が立った「唐鳳/オードリー・タン/Au」、学歴は中卒である。台湾の名門高校から「招聘」されたのに、高校にはいかないと決めた。ジャーナリストの父、科学者の母に育てられ、台湾の学校では陰湿なイジメに合い苦労するが、親について行きドイツの中学校に通う。彼の優れた才能が評価されて台湾の高名な高校に「招聘」される。だが彼は自らが育ったコミュニティを視界に入れている。台湾の学校を変えようと決意して、単身、台湾へ帰国。高校へ行くことをやめ、ITを通じてネットワークを駆使し、才能あふれる人たちとの関係を構築する。

 同時に、社会問題をITを通じて解きほぐしコミュニケーション・ネットワークを築き、人々の知恵を結集するシステムをつくりあげる。天才というにふさわしい活動場面を、十代の時から次々とかたちづくり、社会的存在として台湾ばかりか世界的に知られるようになっていく。なるほど、彼ならば学歴無用と言っても何の不思議もないとよくわかる。

 と同時に、彼が身の裡に感じる(世間との)「違和感」を突き止めていくと自分は「女」だと思い当たる。それをカミングアウトすることによって、「この人」(彼/彼女)自身の実存的安定は確保され、いっそう才能を社会的に役立てていく場面に身を置く。

 台湾の大きな出来事であった2014年の「ひまわり学生運動」にもかかわって、学生たちの活動が収斂して政策的に提言していけるようなシステムを整えることをしている。それが、知る人ぞ知るかたちで周知されて、蔡英文政権でIT相に任ぜられたのであった。新鮮な響きをもたらしたのは、この人の振る舞いである。

 IT相って何をするのか。任されている仕事は、「オープン・ガバメント、ソーシアル・エンタープライズ、青年コミュニティ」とされている。「オープン・ガバメント」についてこの人は、こう説明する。

《データの透明性を確保し、一般の人々の参与を促し、政策をトレース可能とし、各人を対話に導く》

 と。この短いコメントを見ただけで、日本の政治がここ十年近くのあいだぬらりくらりとことを隠蔽し、行政組織から社会展開まで誤魔化しを続けてきたことに、思い当たる。

 苦情を訴える市民がいた場合、その市民を招いて、問題を一緒に洗い出す「協働会議」を開く。言葉のやりとりがクリエイティブに行われるように、AUは取り計らい、協働するメンバーにもそのような技法とITのシステムを使えるように整える。政府の各担当部門は、その専門性を生かして参加者の一角を担う。

 この人自身は、なにがしかの政策を価値的に打ち建てたいと願っているわけではない。人々が共同して政治に参画し、手を携えて提言をし、修正を施し、身をもって仕事をする「かんけい」を構築したいと考えている。つまり、「民主的な社会への移行と深化」こそがこの人の願いであって、そのためにはITソフトも自由利用できる設定にして、誰かれ構わず算入して修正を加え、使い勝手が良いように改編していくことも推奨している。面白い。

 そもそも、上記に引用したIT相の仕事の説明だけでも、現下の日本の政府の問題点を、根底的に指摘している。つまり、このようなことを実践する若い人を登用する現政権の前向きの姿勢こそ、情報化社会がもたらす最良の「民主主義」である。そういう意味で、蔡英文政権が取り組んだコロナウィルス対策が功を奏したのは、十分に説得力がある。大陸中国の(香港やウィグル族や台湾への)強圧的な脅迫と締め付けが、人々の結集を後押しをしているのも、面白い現実だ。

 気に入ったのはこの人・Auが、「道家思想や保守的な無政府主義を信条としている」と公言していること。台湾は自由であると宣言しているのだ。その上での「オープン・ガバメント」。つまり、新しい時代の「民主主義」のかたち、「くにのかたち」を示している。聞いているだけでワクワクする。魅了される。

 30代という若い人たちが自ら政策や社会インフラのを整える方策について提言し、修正を施し、自分たちの力で切り回していくかたちにこそ、市民参加の新しいコミュニティの連帯が育まれていく。そのような希望を託すに値する試みが、すでに台湾でスタートしているのだ。

 日本の1/5ほどの規模の人口だが、日本を大きく5つのブロックに分けて考えてもいい。あるいは、全国区で、5つの自治的な関係を構築する道を考えるのでもいい。出遅れたIT化を推し進め、市民参加の自由な共同社会を再構築しようではないか。そんな檄が、若い人たちに届けばいいなと、思った。

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