2021年11月3日水曜日

呼吸する平凡な島の町

 第一印象が「平凡な島の町」であった。平凡なというのは、悪口ではない。離島であるとか、人口減少とか、何かに付けて希少種、または絶滅危惧地域的にイメージが作られて限界集落などと呼ぶ。だが、全くそういう悲壮感を感じなかった。日本列島(後でバスガイドはメインランドと呼んでいた本州)の港町の風景があったし、人々が「チャーター便」を下にも置かないもてなしをするという風情でもない。無論、関係者が色々と気遣いをして、それなりの「歓迎」ムードを醸し出そうとしていることはわかるが、ツアーの参加者も、迎える方も淡々と応接している。観光客慣れしているといえば言えなくもないが、それも平凡な町と変わらない。そういう好感をもった。隠岐の島を訪ねた。

 隠岐の島という島がないということにも気付かされた。隠岐諸島という180余の島。大きいのは4つ。隠岐の島町があるのは島後、これは「どうご」と呼ぶ。すぐ南にある西ノ島と中ノ島、知夫里島は、まとめて島前、「どうぜん」という。出雲に近いかどうかで前後が名付けられたのか。島ごとに町村が別れている。一番大きい島後の人口は約2万人。島前は3島併せて7千人弱という。

 知っていたのは「島留学」。島根県立隠岐島前高校が「全国区で生徒募集」というキャンペーンを張ったこと。若い層の人口減少に対処しようと募集したところ、大勢の応募が有り島が活気づいたと、どこからのTVが特集していた。今回はしかし、その高校がある中ノ島の海士町には行かなかった。島後と島前の西ノ島だけ。ゆうゆうと漁業によって暮らし、本土との交易も太いパイプを持ち、人口の4割はIターンと(バスガイドが)いうほど島の魅力にとりつかれた人々が寄り集まっている。島後にも高校が2校あるというほど若い。たとえばトカラ列島に感じたような限界寸前の気配は微塵もなかった。

 一度は訪ねてみたいと思っていた島根県の隠岐の島に、わずか1時間半でいけるとあって、ツアーに応募した。羽田からの直行便。JALとクラブツーリズムが組んで企画したチャーター便だということは空港で知った。もしこれの評判が良ければ、季節運行でもいいから、続けていこうという試験飛行。百数十人が搭乗する中型ジェット。松江や出雲を経由する定期便はあったが、羽田から直行というのを売りにして企画したらしい。なんだ私も、けっこう俗に染まっているじゃないか。

 じゃあ、ふだんはどこから? 伊丹空港と出雲空港との間に定期航空便がある。フェリー便は境湊港と七類港との間に3隻が往来している。羽田からの直行便に寄せる期待は大きいのだろうが、過大には見積もっていないと言えようか。

 2泊3日。面白かった。島が呼吸していると感じた。島の暮らしが、まるで人が生きる営みのように、外とのやりとりによって息づき、それをエネルギーにして裡側の蓄えを確かめ豊かにし、自らの存在感を慥かなものとしている。神秘学ならば、大気のエネルギーを取り入れ細胞の隅々まで行き渡らせて自らのものとする、そういう循環のくりかえし、と。そういう文化の感触がしっかりと保たれている。

 ジオパークとカタカナ文字で再認識を促す600万年前の島の形成、観光案内は異形の景観ばかりを見せたがるが、漁師の1人が「島後に大地震が来て揺れても島前の西ノ島は乗ってるプレートが違うから揺れない」と、むしろ朝鮮半島や中国大陸との同一性をポロリと漏らす。そちらの方にジオパークのすごさを感じる面白さがあった。

 あるいは、小野篁や後鳥羽上皇、後醍醐天皇の島流しがもたらした京の文化。それをいつしかアイデンティティのように感じて、玉若酢尊神社の造りが、伊勢神社、出雲大社、諏訪大社の様式の良いとこ取りをした「まぜごはん」だと自慢げに話す面白さ。あるいは奈良町時代に伝わったインド、支那、朝鮮などの天平文化が「蓮華会舞」に残ると歌い踊ってみせる、国分寺を語るガイド。明治維新の廃仏毀釈の乱暴さを、「目に余るものがあった」と非難する口ぶりのおかしさ。まさしく、歴史が積み重なり今に伝わる息づかいを残していると。

 あるいはまた、江戸時代の北前船の往来で立ち寄る船が、多いときは120艘に及んだと話す。交易船の運ぶ品々が取り交わされ、またここから運ばれていったこと。それがもたらす暮らしの息づかい。新潟から伝わった民謡が形を変えて今に残ると演じてみせる。

 まさしく島の町が、人の行き来を含めて呼吸していると実感させる。

 今や都会地では、古びたものはどんどん棄てられ、新規更新こそが日頃の営みの目標のように扱われているが、島ではそうではない。古びたものが、暮らしの安定感をもたらす重しとなり、重心は低い。つまり、暮らしそのものが、営みの基本形をしっかりと残して引き継がれて今に至っている。そういう感触に身を浸してきた三日間であった。

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