2021年12月3日金曜日

時間は存在しない(1)エネルギーに関するコペルニクス的転回

 カルロ・ロヴェッリの『時間は存在しない』(NHK出版、2019年)を、久々に興奮して読んだ。この著者はイタリア生まれの理論物理学者。

 三部に分かれている。

 第一部では、現代物理学が時間について知り得たことを手短に紹介する。それはちょうど天動説が間違いであったと気づくように、時間の概念が崩壊していく過程でもある。

 第二部は、その結果残されたものについて述べる。《……本質だけが残された世界は美しくも不毛で、曇りなくも薄気味悪く輝いている。わたしが取り組んでいる量子重力理論と呼ばれる物理学は、この極端で美しい風景、時間のない世界を理解し、筋の通った意味を与えようとする試みなのだ。》と自分の立ち位置を見据えて述べている。

 第三部を《もっとも難しく、それでいていちばん生き生きしており、わたしたち自身と深く関わっている」と前置きして、「第一部でこの基本的原理を追い求める家に失われた「時間」へと立ち戻る機関の旅》と概説し、《ちょうど探偵小説のように,今度は時間を生み出す張本人を探ってゆく》と予告する。たしかに物理学に関わる部分は「難しい」が、むしろ第一部第二部と異なり、ハラハラしながら一気に読み進めていった。

 この著者は「もしみなさんについてきてくださる気持ちがおありなら、時間に関する現在の地の到達点と思われるところへ……おつれしよう」と、控えめに開会宣言をしている所が、肝。つまりこの方は、私たち庶民大衆が崩壊している「時間」に対する観念を、物理学の方から解きほぐして、私たちの日常感覚に見事に連接している。著者が「難しい」というのは(たぶん)物理学のことではなく、哲学的な分野の頃に踏み込んでいるからではないか。私たちの日常感覚をコペルニクス的に展開させる。まさに「生き生きしている」記述だ。

《世界を動かしているのはエネルギー資源ではなく、低いエントロピーの資源なのだ。低いエントロピーがなければ、エネルギーは薄まって一様な熱となり、この世界は熱平衡状態になって眠りにつく。もはや過去と未来の区別はなく、何も起こらなくなる》

 この転換に作用している物理学的知見とは、「熱力学の第二法則」(本書に唯一登場する数式、ΔS≧0。エネルギーは不変だが、エントロピーは増大する。その方向は逆向きにできない)であるという。とすると太陽が低いエントロピーの源泉となる。そこから放出される(エントロピーの低い)熱い光子が1個地球に届くと地球から(エントロピーの高い)冷たい光子が10個放出される。太陽からの低いエントロピーが熱エネルギーに変わり、動植物を育て動かし、諸種の人工的構築物に変わり、地上の生命体の活動となって現れる。

 では太陽のエントロピーの源泉は何かと問うていくと、ついにはビッグバンへと向かうことになる。つまり、そこから逆算して考えてくると、「低いエントロピー資源が世界を動かしている」認識に至るというわけだ。

 光合成は熱エネルギーをエントロピーに変えて溜め込む作用。動物はそれを食べてエントロピーを得ている。「餌から低いエントロピーを得ているだけのことで、生命は宇宙の他の部分同様、自己組織化された無秩序なのである」。

《宇宙自体が、閉じたり開いたりする部分同士の相互作用を通じて少しずつ自分をかき混ぜる宇宙の広大な領域が、秩序だった配置に閉じ込められたままになっているが、やがてあちこちで新たな回路が開き、そこから無秩序が広がる》

 コロナウィルスとヒトとの「かんけい」も、その一つと考えると、「すべての出来事を生じさせているのは、このどこまでも増大するエントロピーの踊り、宇宙の始まりの低いエントロピーを糧とする踊りであって、これこそがシヴァ神の真の踊りなのである」。

  ちょっと丁寧に追っていきたい。(つづく)

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